親方と和食ランチ
夏樹はここのところ、日本料理の腕をどんどん上げていた。
私が試食をさせられていた頃は伊織のこともあって力みすぎ、かえって実力を出せていなかったようだ。力が抜けると、鞍馬くんが教えることを面白いように吸収していく。
もともと料理のセンスも抜群だしね。
そんなある日のこと。
「夏樹、和食ランチだけど、いちどすべて夏樹にまかせてみても良いかな?」
と、鞍馬くんが言い出した。ちょうどお店にクローズの札をかけていた夏樹は、
「え?全部っすか?」とちょっとびくりしたように言う。
「そうだよ」
きっぱりと言いきる鞍馬くんをまじまじと見つめていた夏樹だが、
「それは、シュウさんが俺にまかせても大丈夫だと思ったからッスよね」
「ああ」
鞍馬くんは何の迷いなもく、即、肯定した。
「それなら、やらせてもらいます」
そして、ちょっと考え込んでいたかと思うと、
「でも、ひとつだけわがままを言わせてもらってもいいっすか?」
「?何かな」
「この間からいくつか考えているメニューがあって、それはすごく冒険かもしれないんすけど、どうしても試したくて…」
「冒険?」
「はい、今のランチは俺だって舌をまくほど美味いんですけど、以前に由利香さんが試食してくれてた時に、思ったことがあるんすよね」
「なになに、聞き捨てならないわね」
試食と聞いてドキッとしたので思わず聞き返してしまう。
「いつだったか、お詫びにイタリアン作ったことがありましたよね。そんとき、由利香さんものすごく喜んでくれて、いくら美味しい和食でも、そればかりだと飽きてしまうんだなーって。だから中に一品、洋風のテイストを取り入れたものを入れてみようかと思ったんすよ」
「それでその洋風テイストを、すでに何品か思いついてるんだね」
「はい」
すると鞍馬くんはちょっと下を向いて、ものすごく嬉しそうな顔をした。
「どうしたの?」
「いえ、さすがは夏樹だなと。前向きで、挑戦的で」
夏樹はちょっと恥ずかしそうに、え?いやー、とか何とか言っている。
「夏樹は思うとおりにすればいいよ」
「てへっ、ありがとうございます!でね、由利香さん…」
と、にやっとしてわたしの方を見る。まさか、まさか!
「もう試食はイヤだからね!」
結局また試験台になってしまった…。
「だあー!疲れたー。なんで試食ってこんなに疲れるの…」
クローズ後の『はるぶすと』で、「ありあわせですみませんっすけどソースの味だけ」と食べた試食はとっても美味しかったのだけど。そのあとの夏樹が真剣すぎて、怖くて楽しめない。美味しいとしか言わない私に向かって、由利香さん語彙少なすぎ!とか偉そうに言うのよね。
そして私と鞍馬くんは、やっと納得した夏樹が後片付けを終えるのを、大テーブルで待ちながら話していた。
「すみません、夏樹はあの通りとどまることを知らないので、次は何が出て来るんだろうと楽しくて興味が尽きなくて。つい色んな事を許してしまうんですよね」
鞍馬くんはすまなさそうにしながらも、ほころぶ顔を隠さずに言った。
「いいのよ。鞍馬くんの自慢の息子ですもんね、夏樹は」
そう冗談交じりに言ってやると、鞍馬くんはため息をつきながら、
「由利香さん、いったい私をいくつだと思ってるんですか。由利香さんは前にも私をお父さんと間違われましたし…」
「え?三百歳でしょ?以前そう言ってはぐらかしたくせに。でも私、鞍馬くんをお父さんと間違えた事なんてないわよ、失礼ね」
三百歳と聞いた鞍馬くんは最初えっ?と言う顔をしたが、そのあとなぜかほっとしたような、ガッカリしたような複雑な表情をした。
「そうでしたか?私の思い違いですね、たぶん」
「あ、でも、夏樹ー」
私はカウンターの中で鼻歌など歌いながら皿洗いをしている夏樹に言った。
「なんすかー」
「腕をあげたわね」
ガチャ!っとお皿がぶつかる音がした。
「由利香さんどうしたんすか。俺をほめるなんて!」
「まーあ失礼な。素直に受け取ってよ。でさ、さっきのソースはいったいどういう食材に使うのかなーって、ちょっと気になっただけよ」
「あ、それはですね…」
私がそんなことを聞いてくるとは思わなかったらしいが、鞍馬くんにも聞いてもらいたかったようで、そのあと夏樹は熱心にソースと食材のことを話し出したのだった。
そんなことがあってしばらくたったある日。
カラーンとドアが開いて入って来たのは、
「親方、いらっしゃいませ」
私が最近、駄々っ子オヤジと心の中で呼んでいる坂之下さんだった。
「うむ」
なんだか硬い表情をした坂之下さんは、おもむろにカウンターに座るとオーダーした。
「あー、和食ランチを」
「えっ?いま和食ランチって…」
「ああ、そうだ。つべこべ言わずに用意してくれ」
「はい…」
私はなんだか訳がわからずに、カウンターの中にいた鞍馬くんに目配せした。鞍馬くんはなぜか落ち着いた様子で「かしこまりました」とうなずいたが、
「あやねちゃんですね?」
と、優しく笑って言った。
「う、うむ。何で知っているんだ」
「先日、道でばったりお会いしました。奥様とご一緒でしたが」
詳細はこういう事だ。
所用で出かけていた鞍馬くんにあやねちゃんが声をかけてきたそうだ。そこに坂之下さんの奥様もおられて、和食ランチの話が出た。奥様はグリーンゲイブルズの話も知っておられて「困った主人です」とか言っていたらしい。あやねちゃんはその時は何も言わずに聞いていたらしいが、きっと頭の良いあの子の事だから、お父さんが「やさしいくらまくん」を困らせていると思って進言してくれたのだろう。
「あやねのお婿さんになるかもしれないんだから、鞍馬くんを困らせないで、とか言われたよ。驚いたが嬉しくてな。鞍馬くん!やっとあやねの許嫁になってくれる気になったのかね?!」
「いえ、それはありませんが…」
「え、あ、そうか?でも、わしはいつでも大歓迎だよ。それはいいとして、和食だ和食」「わかりました。夏樹、和食ランチお願いします」
「はい」
鞍馬くんがそう言って夏樹に振ると、坂之下さんはちょっと怪訝な顔をした。
あ、そう言えば坂之下さんと夏樹ってなぜかすれ違いが多くて、ほとんど顔を合わせたことがなかったんだわ。
「彼が作るのかね、わしはてっきり鞍馬くんが作ってくれるのかと」
「はい、和食ランチは彼に任せてあります」
「こんな言い方は失礼かもしれないが、大丈夫なんだろうね」
「ものづくりをされる坂之下さんならおわかりでしょうが、彼は私が認めた腕の良い料理人です。どこへ出ても恥ずかしくないくらいに。坂之下工務店にも、すべてを任せられる職人さんがいらっしゃると思いますがそれと同じです」
それを聞いていた坂之下さんは深くうなずいて、そのあとは何も言わずにランチが出て来るのを待っていた。
夏樹の和食ランチは、この前の提案どおり洋風テイストを一品とり入れたものだ。坂之下さんは黙々と食べていたが、洋風の品をひとくち口に入れると、びっくりしたようにそれを見つめて、うーんとうなった。ええ?お気に召さなかったのかしら?なんだかドキドキしながら見守っていたが、食べ終えると満足げにお箸をおいた。
「いや、美味かった!」
私はホッと胸をなで下ろす。良かった、お気に召してくれたのね。
「さすがは鞍馬くんが認めるだけの事はある。特に、これ」
と、洋風の品が乗っていたお皿を指さして、
「和食だと思っていたら、なんと欧風の香りがするんだ。これこそ和風グリーンゲイブルズだ!アンもきっと美味しいと言うぞ!」
いつもながら坂之下さんユニークね。これぞ坂之下節?でも、ここで夏樹の洋風テイストが認められて、なんだか私まで嬉しくなってしまった。
「いや、きみはすごい!失礼だがお名前は?」
「あ、朝倉 夏樹といいます」
「朝倉くん?うーん…。鞍馬くんも良いと思っていたが君も捨てがたいな。どうかね、あやねの婿になる気はないか?」
「へっ?いや、いえいえ、俺なんてだめっすよー、やっぱりお婿さんと言えばシュウさんですよ、シュウさ・ん」
そう言って夏樹はへらへらしながらも鞍馬くんを手で示す。あらま、坂之下さんたら、浮気者ね。またあやねちゃんに怒られるわよ。でも、なんだかんだあったけど、駄々っ子オヤジ騒動もようやく集結したようだ。
坂之下さんは、また嵐を巻き起こして今日も突風のように帰って行った。




