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~秋~『はるぶすと』物語  作者: 縁ゆうこ
第3章 本日は『はるぶすと』にてちょっとした古都をお楽しみ下さい。
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わがまま親方と試食ジゴク

「わしは認めんぞー!ここでは洋食を楽しみたいんだ!」


 ドカーンと雷が落ちたような声がした。

 あらあら、坂之下さんずいぶんご立腹ね。まだごねていらっしゃるのかしら。


 京都から帰ってしばらくは(たった二日間お休みしただけなのに!)常連さんが待ってましたとばかり押しかけたので、いつもよりずいぶん忙しい日々が続いた。おかげで和食メニューの話はしばらくおあずけ。でも、鞍馬くんと夏樹にとってはそれが良かったようだ。丼物で行くか、あらためて違うものを考えるか。ディスカッションの時間が充分取れたので、二人が納得するものに出来たようだ。


 最終的に二人が出すことにしたのは、丼物ではなくて、和風のお弁当をイメージしたランチだ。京都のホテルで鞍馬くんに見せてもらった前菜をもう少しふくらませて、飽きないようにいろいろなお総菜を盛り合わせてある。面白いのは、主食がミニおにぎりになっていること。小振りな俵型の型抜きおにぎりを、六個が上限で好きな数だけ選べるようになっている。これだとご飯が多めだの少なめだの、小食の人も気を遣わずに注文できると考えたからだ。


 夏樹にとって、帰りの昼食にと持たせてくれた〈料亭紫水〉のお弁当は、本当に印象的だったらしい。皆が同じお弁当だったならそうでもないのだろうが、小食の私のためにと、ひとまわり小振りなお弁当箱に、同じものを少なめに、でも彩りよく見劣りしない盛りつけ方をしてくれていたからだ。

「ええ?!、由利香さんのもだいたい同じ物が入ってるんすか?」とか、「え、これとこれは違う物でしょ?え?おなじなの?色が違うじゃないっすか」とか、ひとつひとつ聞いてくるのでうるさいことこの上なかったのだが、さめるものでもないので、ちゃんと答えてやった。

「夏樹、そんなに質問攻めだと由利香さんが食べられないよ」と、鞍馬くんがあきれてたしなめるほどにね。


 そんな経緯があったので、今回は夏樹がどうしてもお弁当形式のランチを出したいと、ずいぶん熱心に鞍馬くんを説き伏せた?ようだ。いくら腕の良い料理人とはいえ、生粋の日本人ではない夏樹に、日本料理の微妙な味付けを覚えてもらうのはなかなか一筋縄ではいかないだろう。だから夏樹には丼物を覚えてもらって前菜は鞍馬くんが作る。そう考えていた鞍馬くんに難色を示されたものだから、最後には私に味見をしてもらいたいと泣きついてきた。


「由利香さんに試食してもらって、OKが出れば完璧でしょ?」

「えっ?私はダメ!だってちゃんとした料理人じゃないもの」

「でも、日本人です!わかるはずです、お願いしますよぉ」


 いつもへらへらしている人間が、真剣になるとなんだか断れない。仕方なくうなずくと、鞍馬くんに向かって「やったー!これなら良いですよね」と、確認をとっている。

「由利香さんは本当に良いのですね?」

「しょうがないじゃない。夏樹すごく本気だもん」ぷーっとふくれて言うと、

「それでは、由利香さんにも本気で試食に取り組んでいただきますよ」

と、にーっこり笑って鞍馬くんが言う。ええーっ?!    

「何それ!ちょっと待って」

「待ちません」


 このようにして、私の試食地獄が始まったのだ、なんちゃってね。

 地獄は大げさだけど、大変だったー。夏樹も私も。

 試食品がまずかったわけではない、いやむしろとっても美味しかったのだ、だからよけいにね。とにかく基本のダシをとるところから覚えなくてはならなかったのだから、夏樹の努力は大変なものだった。鞍馬くんもハンパなく厳しかったし。いや今回は怖かったし。その上二人とも妥協するってことを知らないのよ!もう。

 味見はひとつの料理につき三回、多くても五回まで、と言うのが私の常識なの!なのになのに、あの、ひとでなし二人組め!いったい一つの料理を何回私に食べさせたら気が済むのよ、と言うほど試食させられるのだ。


 お店が終わったあとは当然、日曜日は朝早く訪れて来た夏樹に、冗談じゃなく首根っこ捕まれて彼らの部屋に連れていかれ、夜までほとんど軟禁状態。

 おまけに会社に出勤する日まで、仕事からヘロヘロで帰って来ると、マンションの入り口で夏樹がにっこり笑って待っているのだ。なんでここまで~。あまりのすごさにそのうち雲隠れしてやる!と思った程。

 冗談はさておき、ほんとに食べ過ぎで身体をこわしたらどうしようと恐怖だったの。だから、途中からはすごく心苦しかったのだけど、のどごしを確認するもの以外は、ほんのちょっぴり口に入れて味わった後は、はき出して捨てさせてもらっていた。

 そして、一回ごとに夏樹が真剣な顔をして感想を聞いてくるのだ。でもね、わたしもそうそう違いがわかる訳じゃないし、だいいち回数が増えてくると、舌がバカになってくるのよね。


 ある日のこと、その日は特に数が多くて、私はそろそろ限界に来ていた。

「あーもうわかんない!わかんなくなってきた!何度目よこれ~」

「ああ、さすがに今日は品数が多すぎるようですね。夏樹、これくらいにしておこう」

 鞍馬くんがそう言ってくれたのに、夏樹は終わりたくないようだ。

「…もうひとつ試したいことがあるのに…」

 ギロッ!「…う、ううー」普段なら私のひとにらみで震え上がる夏樹が、こと料理になるとけなげに耐えてみせるのだ。

「あー、もう。じゃあほ・ん・と・う・に、あと一回だけよ」

「了解!だから由利香さん好きなんだよね~、ありがとう~」

 などと言っていたのに、あと一回が終わるとまた追加しようとして、今度は本気でキレた私にはたかれた。それでもまだ粘ろうとする夏樹に、

「夏樹、いいかげんにしなさい」

 鞍馬くんが珍しく夏樹に丁寧な言葉を使う。

「すみません」

 謝った夏樹はうつ向いて唇をかんでいたが、ぱっと顔を上げると、

「俺、伊織と同じくらいの歳なのに、伊織はあんなにガンバってるのにさ。なんだか情けなくて。伊織みたいに出来なくちゃダメじゃないかって、すごーくあせってしまって」


 え、伊織?それじゃあ夏樹がこだわってたのは〈料亭紫水〉じゃなくて伊織だったんだ。伊織へのライバル意識?それは良いことだけど。それを聞いていた鞍馬くんは、あ、という顔になって言った。

「冬里はずっと日本にいるから日本料理に精通していて当然だよ。それに冬里は私と同じくらいだよ、夏樹。あのとおり、やることが幼稚すぎてたまに私でも彼はいくつだったかな、と思うことがあるけどね」

「へ?伊織って俺くらいじゃ」

「ないよ」

 わあお!これには私もびっくりした。しゃべり口調やいたずら好きなところや、とにかく何につけても大胆で幼いから、鞍馬くんと同じくらいの歳だなんて思いもしなかった。ヘタしたら、夏樹より下に見えるわね。

「あ、アハハ…。シュウさんとおなじ…そりゃーすごくて当然…」

 夏樹はその場にへたり込んでしまった。

「最初に言えば良かったかな、悪いことをしたね、夏樹。だから、そんなに力まずに。でも、それにしてもいつもの夏樹らしくないね。人のことを気にするなんて」

「ええー、俺にも何でかわかんないんすけどね。伊織が京都にいたから気になったのかな。京都とか、日本料理とかっていう言葉にはなんか魔力でもあるんすかね」


 いやいやそれは違うと思うわ。きっと伊織よ、伊織の魔力だわ~。あの不思議なテンションに魅入られると、鞍馬くんでさえ本気お怒りモードになってたじゃない。そんなことは言えないので黙っていたが、これでようやく、本日の試食会から開放してもらえそうだ。

「じゃあ、今日はもうこれで終わりね?」

「はい、由利香さんにもご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした」

 ああ良かった。ホッとして伸びなどをしていると、ようやく復活した夏樹が立ち上がってペコンと頭を下げた。そして、

「由利香さん、すみませんでした。なんか俺…」

「いーのよ、恐るべしは伊織よね」

「そうっすよねーまさかシュウさんと同い年なんて!」

 私が言っているのはそこじゃないんだけど、ややこしくなるからあいまいに笑っておいた。そして、ここしばらくご無沙汰していた、すごく魅力的な提案をしてくれた。

「で、このお詫びと言っちゃなんなんすが、久しぶりにイタリアンかフレンチ作りますよ。まだ入りますかね?」

 えー!嬉しい! 試食は全部食べてるわけじゃないから、お腹はそんなに一杯じゃないのよね。ここんところ日本食ばっかりだったから、洋食食べたかったー。

「嬉しーい!じゃあね、じゃあ何にしようかな~」

 その日は夏樹におもいっきりわがままなイタリアンをオーダーして、ただでさえヘロヘロだったあいつをボロボロにしてやったのだ。


 とまあ、こんな複雑な経緯があったので無事に新メニューを出せたときは、とても感慨深かった。お客様の評判もすこぶる良好。そして和食を出すと、また客層が変わってきた。男性客が以前より増えたのだ。なのに、冒頭のように坂之下さんだけはなぜか抵抗し続けている。

「ねえ、親方。なんでそんなに反対するの?和食メニューが出てから殿方にはすごく喜んでいただいてるのよ」

「わしだって和食は大好きだ!」

「だったら何で?」

「むむ…」

 理由を聞くといつもだんまりになってしまう。もうー、坂之下さんのこと大好きだから、本当は喜んでもらいたいのよね。しかたがない、最後の手段、必殺あやねちゃん攻撃で行くか、とはらをくくったとき、

「わしにとって、ここはグリーンゲイブルズなんだ!」

 は?グリーンゲイブルズって、赤毛のアンに出て来る、マリラとマシュウそしてアンの家よね。なんでまた『はるぶすと』がそうなるのかしら。

「わしは若いときに赤毛のアンを読んで感動してな、鞍馬くんが喫茶店の内装を任せてくれたときに、グリーンゲイブルズをイメージした店を作ろうと思ったんだ」

 え、じゃあ…


「鞍馬くん、もしかして『はるぶすと』の内装って坂之下さんの趣味?」 

「趣味といいますか、私は明確なイメージを持っていた訳ではないので、坂之下さんのお好きなようにと言ってお任せしただけですが」

 それが趣味ってものよ。でも、そうかあ。『はるぶすと』が鞍馬くんのイメージとはちょっと違うなと思っていたんだけど、やっと謎が解けた。赤毛のアンなら明るくて可愛いはずだわ。

「でも、それがなんで和食反対とつながるの?」

「考えてもみてくれ、グリーンゲイブルズで和食を食べているアンなんて!ありえない、わしは絶対イヤだー」

 なんていう理由なの、もう。ここまでくるとただの駄々っ子オヤジよね。さて、これをどうやって納得させようかしら。うーん、とか、むむーとか頭をひねっていたのだけれど、全然良い考えが浮かんでこない。すると鞍馬くんが可笑しそうに言った。

「まあ、由利香さん、そんなに考え込まなくても。そのうち坂之下さんもわかってくれますよ。ゆっくり時間をかけて説得していきましょう、ね」

「ふん!わしは説得されんぞ」

 鞍馬くんと私は思わず顔を見合わせて、ふふっと笑ってしまった。坂之下さんのようにわかりやすくないけど、子どもみたいなのが京都にも一人いるわよね。鞍馬くんも同じ人物を想像したのだろう。ちょっと苦笑いになった。


 そう言えば新メニュー騒動で忘れていたけど、伊織が最後に言った言葉がよみがえる。おもいだせないこと…か。そんなことあったかしら。グルグルと考えていたのだけれど、結局その日はなにも浮かばないまま、ランチ時の煩雑さにまぎれてしまったのだった。



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