2日目 京都その4
「さすがに今日は夏樹の方が疲れたようですね」
あのあと、高台寺に行って、龍馬さんのお墓参りをして、円山公園から知恩院、とお決まりの行程を騒がしく歩き回ったあと、夕食は、伊織おすすめのカジュアルなフレンチレストランに連れて行ってもらい、またあのリムジンに乗ってホテルへ帰ってきた。
「いらっしゃいませ、あ、お帰りなさいませ」
ドアを開けたドアマンが驚いた様子で言う。そりやそうよね、徒歩で出かけたお客が、こんなリムジンでご帰還すれば、たいがい驚くわよね。でも、ドアマンが驚いたのはそこではなかったらしい。
最初に伊織、続いて鞍馬くんが降りて、その後に私の手を取って夏樹が降りる。夏樹は昨日からすっかり友達?になってしまったドアマンと、何やら楽しそうに話していたが、
「ご一緒にいる方、〈料亭紫水〉の当主ですよね、お知り合いなんですか?」
ドアマンがこっそり夏樹に聞いている。へえー、伊織って有名人なのね。
「うん、ていうか俺の師匠の知り合い。何で知ってるの?」
「それは紫水と言えば老舗ですから。え、じゃあ朝倉さんもどこかの料亭の?」
「まさかー、俺は喫茶店の料理人。こんど店で和食出すって事になって、ちょっと日本料理の勉強にね」
「おおー、朝倉さんは勉強熱心やなぁ。がんばって」
ドアマンは思わず京都弁になってしまっている。そうなのよね、夏樹の不思議なところは、あんなにイケメンなのに男の人からの受けも良いってこと。最初はみんな、ケッ、いい男じゃねえかー、と、嫉妬ともねたみともとれないような対応をするのだが、少し話をしていると、なぜか気持ちがほぐれてきて、いつのまにか昔からの友人のようになってしまうのだ。
「おおきにー」
と、覚えたてのイントネーションのおかしい京都弁を使って、夏樹はドアマンに吹き出されていた。
その後が大変だった。一緒に上がってきて部屋を覗いた伊織が、
「あー!中でつながってるー。しかもさ、ベッドひとつあまってるじゃない。いいなあ、僕もここに泊めてもらおうかなー」
などと言い出したので、行きのリムジンで、明日も仕事がありますのでお帰りはお早く、と、九条さんに念を押されていた私は、あわてて鞍馬くんにも協力してもらい、全力で阻止してお帰りいただいたのだ…。
そんなことを思い出していると、おもわず吹き出してしまった。
「ふふっ、そうね。夏樹よりぶっ飛んでる人っていたんだ。あ、ごめんなさい、大事な友達なのにね」
「いえ、本当のことですから。でも、根っこはあんなではないんですが…」
「わかってる」
お風呂から上がるなり、夏樹は崩れるようにバタンと寝入ってしまったらしい。珍しいと鞍馬くんは言うけど、厨房での夏樹は相当集中していたようだし。そのうえ、伊織にも振り回されたしね。
そのあとしばらくは、鞍馬くんが考案した新しい『はるぶすと』の、前菜メニューの絵や解説を見せてもらい、私が見た感想や意見を言って、話を煮詰めていく作業をしていた。
新メニュー考案の際、こういうスタイルをとるのは鞍馬くんが言い出したことだ。最初は私なんかが意見を言っても良いのかと思っていたけど、プロの意見だけでは思いつかないことを、シロウト、特に女性は言ってくれるのだそうだ。
「あ、もうこんな時間ですね、そろそろにしましょうか」
「ほんとだ」
時計を見ると、もう日付が変わってずいぶんたっている。明日はそんなに予定を詰めていなかったが、ごねる伊織に、
「じゃあ、明日は午前中に一つ仕事を終えて京都駅へ見送りに行くからね。絶対その前に帰らないでよ」
と、約束させられてしまったので、半日はどこかで時間をつぶさなければならない。まあ、朝起きてからゆっくり考えればいいか。私は大きなあくびをしながら部屋へ帰る。
「それじゃーおやすみ。明日はゆっくり起きようね」
「はい。おやすみなさい」
* * *
☆秋のひとり時間
秋は月を眺めるのが好きだ。特にここは京都にあるホテルの十四階。まわりをほとんど何にも邪魔されずに、下弦の月が綺麗に上っている。窓際に置かれたソファーにもたれて、ふと微笑みながら考える。冬里は全然変わっていなかったですね。最後に会ってから、たしか二百年ほど経っているにもかかわらず。
《なんでシュウがさ、百年人なんかと一緒に旅行してるのかって、最初は驚いたんだけどね~》
由利香を送り出して厨房を見学したあと、三人は料亭の奥まった一室にいた。
《それであんなことを?》
《うん、近づいたらちょっと他の人と波動が違うんだよねー由利香って。もっとよく確かめたくって思わずTrance Kissしちゃった》
百年人〈ひゃくねんびと〉と千年人〈せんねんびと〉。
秋と、夏樹、そして冬里も、千年人と便宜上秋たちが呼んでいるのだが、この地上に暮らしている大多数の人間とは寿命の単位が違う人々である。およそ千年。
《でも、ああそうかーって。何がそうなのかわからないんだけど、由利香なら大丈夫だって感じたよ》
《私もね、最初はいつものように、ただ少し記憶を利用させてもらうだけのつもりだったんだけど…気がつくと共同経営を持ち出していて。この人なら一緒にいても大丈夫だろうと思ってね。でも、由利香さんと私はどうも交叉しやすくて、少し気を抜くと、かなり深いところまで入り込んでしまうらしい》
《ああ、それで奈良のカフェで、由利香さんぼぉっとしてたんだ。ここへ来るときも、なんだか変だったし。あ、そう言えば奈良にも千年人がいるって、伊織は知ってた?》
《ぜーんぜん、でもね、百年人と夫婦になるって、よっぽどの覚悟がいるよね?あ、それとも突然その人個人への執着に目覚めたとか?でないと、ね。だって、ほとんどの百年人って、僕たちと違って強欲で、自分勝手で、そして残酷だもん》
千年人には、百年人には持ち得ない能力があるらしい。基本的な性質も違う、そして身体機能も…
《だいいち僕たちには生殖の機能がないもんね。百年人と夫婦になっても彼らの望むような子孫は残せないよ》
《彼女もそのことをずいぶん悩んでいたようだけどね。でもそれは、誰のせいでもないし、どうしようもないことだから。そのあと由利香さんにびしっと言われて、千年人のことはともかく、子どもが出来ないことは打ち明けただろうね》
《そうっすね、あのときの由利香さん。なんだかカッコ良かったすもんねー》
《ええー?、僕も見たかった~、由利香の独壇場!》
百年人と暮らしていても、いずれはそうとわからぬように消えなくてはならない。彼らの常識では、年をとらない、死なないのは、幽霊とか妖怪とからしいから。
では由利香はどうだろうと考えてしまったのだ。あのとき。夏樹が京都行きを提案したあのとき。冬里が由利香に興味を持つのは当然わかっていた。そして、それがいずれ自分たちのことを彼女に知らしめるようになるだろう事も。でもそれよりも、秋は千年人だと知って、あの由利香がどうするのだろうと言う興味の方を抑えられなかった。そしてそれが今回の京都行きを決定してしまったのだ。
「まあ、しかたありませんね」
秋はソファを降りると、はねとばした夏樹の布団を直してやってから、自分のベッドにもぐりこんでいった。
* * *




