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~秋~『はるぶすと』物語  作者: 縁ゆうこ
第2章 『はるぶすと』は本日よりしばらくお休みです。
12/28

2日目 京都その2


 清水寺を出たあと、門前の数ある土産物屋をひやかして、ところどころで配っている試食をつまみ、これまたところどころで配っているお茶やコーヒーでのどを潤して、三年坂へつづく道に降りていこうとした。そろそろお腹がすいてきたな。


 ちょうどそれを見計らったように鞍馬くんが、

「今日の昼食は、私の古い友人がやっている店を予約してあります」

と言った。あ、やっぱりね。

「もしかしたらと思っていたけど、鞍馬くん日本は初めてじゃないのね?」

「はい、いままでお知らせしなくて申し訳ありませんでした。ずいぶん昔ですが日本に住んでいたことがあります。今日行く店も、その頃の知り合いです」

 この間からの言動で、なんとなく日本の事を知っているような感じだったので、あまり驚くこともなかった。夏樹もそれとなくは知っていたようだ。

「少し距離がありますので、ここからタクシーを使います」


 そう言って三年坂の方へは行かず、そのまま少し大きな通りに出てタクシーを拾う。鞍馬くんは聞き慣れない地名を告げたが、運転手さんは心得て車を発車させた。

 どこをどう走っているのか、さっぱりわからないまま乗っていたが、案外すぐに目的地に着いてしまった。

「ここでよろしいか?」

「はい、ありがとうございます」

 タクシーを降りると、どうやら清水寺と同じくらいの標高にあるらしいそのあたりは、京都市内を木々の間から望める雰囲気の良い場所だった。

「ここから少し歩きますが」

と言って、鞍馬くんは先へ進んでいく。迷うことなく道をたどる鞍馬くんに、

「前に来たのはずいぶん昔なのよね?道を覚えてるの?」

と聞くと、

「ええ、と言いましょうか、京都の良い所は道がほとんど変わっていないところですね」

 少し微笑みながら歩いて行く。


 その後ろを歩いていたのだが、私は突然、なぜか鞍馬くんの歩くスピードが速くなっていくような錯覚にとらわれていった。早く追いつかなくちゃ!焦るのになかなか追いつけなくて、鞍馬くんの背中がかすんでいく。このままだと消えてしまうんじゃないかと、たまらなくなって私は「くらまくん!」と叫び、思わずその手首をつかんでいた。

「?」

 振り向いた鞍馬くんと、斜め後ろを歩いていた夏樹がびっくりしたようにこっちを見ている。

「あ…ご、ごめんなさい。なんだか私…」

「着きましたよ」

 強く握っていた手首をそっと離して、大丈夫、と言うように私の手を自分の手に包み込んで、鞍馬くんが言った。


「わあ」

「すげえ」

 夏樹と私はその店構えに驚いた。数寄屋造りと言うのか、日本家屋には詳しくないのでよくわからないが、ぴたりと閉まった木の門がとにかく大きい。ぐるりと廻らせた塀も、どこからどこまで続いているのかわからないくらい。

 と、音もなくすうっと門が開くと、中には砂利を敷き詰めた道が続いている。鞍馬くんは臆することなく入っていくのでつられて入る。あとを歩いて少し行くと、これまた広くて趣のある玄関があり、その前に人が立っているのが見えた。

 え、男の人よね?羽織袴を着けているもの。でも顔立ちがすごく綺麗で女の人のようだ。そして…その顔がいたずらっぽくニヤッとしたかと思うと、

「シューウ、久しぶり~」

 と言いながら近づいて、鞍馬くんに熱烈なHUGをしたのだった!


「!」

 私は声もなくただ突っ立って固まっていた。なに、この光景は。ここは日本よね、そしてその中でも最も日本らしい京都よね。

「伊織」

 鞍馬くんはなかなか離れようとしないその人を、無碍もなくぺっと引っぱがして、私たちに向き直りながら、

「由利香さん、夏樹。どうもお見苦しいところをお見せしました。こちら、料亭紫水しすいの当主で、紫水院しすいいん 伊織いおりと言います」

 そして、その人に、

「伊織、こちらが、」

と、言おうとするのをさえぎって、

「女の人のほうが由利香。男の人のほうが夏樹、だね。よろしく」

 ニッコリ笑いながら、手を差し出してきた。どうやら握手を求められているらしい。ホント外国みたいね、と、握手にこたえようと手を出したとたん、

「あ」鞍馬くんがしまった、というように声を出す。

「??」

 ぐいっと手を引っ張られ、ぎゅうーっと抱きしめられて、おまけに両頬にKissキス、きすの嵐。

 へろへろと後ずさる私の肩をとっさに支えて、鞍馬くんが言う。

「いおり!ふざけるのもいい加減に・・」

と言うそばから、今度は夏樹に飛びかかった。

「よろしくねー」

「ひ、ひゃい」

 さすがの夏樹も初対面にしてこの熱烈歓迎、には太刀打ちできない様子。


 もうだめだと言う感じで、空に向かってため息をついた鞍馬くんは、

「紫水 冬里」

と、呼んで黙り込む。え、しすいとうり?

「あ、シュウが本気で怒りそうだから、これくらいにしといてあげる。だってさ、シュウとはすごーく久しぶりだし、この人たち、とってもカワイイんだもの」

と、言ってウインクする。ひえー、何この人!なんだかこの重厚な作りの料亭とは、かけ離れた感じの当主さんだわ。とにかく、到着早々ドギモを抜かれた夏樹と私は、なるべく彼に近づかないよう、鞍馬くんを楯にしてお店の中へ入っていった。

 広い靴脱ぎには、五人ほどの着物姿の仲居さんが待っていたが、

「この人たちは僕が案内するから下がっていいよ」

 そう紫水院が言うと、皆さん丁寧なおじぎをして、すっとどこかへ行ってしまった。


 玄関から続く広い廊下は、みごとな日本庭園の中庭をめぐるような造りになっている。 驚いたのは、すべて日本間だと思っていたのが、テーブルと椅子を置いた部屋があったりして、和洋折衷になっているところだ。

「由利香は大丈夫だろうけど、夏樹は正座つらいよね。だから、ここを用意しておいたよ」

と、案内してくれたのは、テーブルと椅子のある部屋。

 ああ、なるほど、近頃は外国からのお客様も多いものね。夏樹に配慮していると言うことは、事前に鞍馬くんから私たちの事を聞いておいたのだろう。名前も知ってたし。そういうところは、やはり鞍馬くんのお友達だけのことはある。さりげない心遣いとでもいおうか。

 でもそれを差し引いても、なんでこの二人が、と言うより鞍馬くんがよくこんな大それた人と友達を続けられているわね。そんなちょっと失礼なことを考えていると、

「ふーん?」

 なぜか紫水院が私のことをまじまじと見つめてくる。

「僕はタイプじゃないな~。どっちかっていうとシュウ好み?でもシュウもよりによってこんな女らしくないキツそうなひ…おっとっ!」

 思わず手が出た。スポーツジムでボクササイズにはまってた頃に、インストラクターをKOしかけた右ストレート。でも悔しいことに、紫水院はとっさに腕をクロスしてふせいでいた。


「おしい~」

「私の事はどんなにけなしてもいいけど、貴方たちの方が長いつきあいかもしれないけど、そんな言い方は鞍馬くんに対して失礼じゃない?言っとくけど私と鞍馬くんは、そんなどうでもいい関係じゃなくてよ」

「どうでもいいって?」

「恋愛とか色恋とか、そういうドロドロチャラチャラした関係、よ!」

 次に左フックを決めようとしたが、それもぱしっと受け止められてしまった。悔しい~。

「ふふーん、いいパンチだね。でも、僕に決めようってのは百年早いよ」

 紫水院は私の左手をつかんだまま、

「うーん、由利香のこと、気に入った」

と、またあのいたずらっぽい笑みをうかべる。そして左手をはなして、右手をうやうやしく持ち上げると、Kissをした。

「!」

「手の甲のKissには尊敬の意味があるって言うけど、知ってた?」

 知らないわよ、そんなもん!下から見上げる格好で、しかも皮肉っぽい笑みで言われても信用できないわよね。絶対遊んでる。


「とにかく、私は鞍馬くんや夏樹のことは、可愛い弟みたいに思ってるんだから、家族と一緒よ。変に勘ぐらないで欲しいわね」

 そう言う私を、鞍馬くんはもとより夏樹までえっと言う顔で見ている。なによ、そんなに驚くような事言った?

「了解~。でもね、キミはひとつ間違ってるよ」

「何が?」

「シュウのことを大切に思ってるのは、なにもキミだけじゃないって事。僕だってシュウが大好きで大事だから、キミがよこしまな感情でシュウに近づいたんじゃないか、確認させてもらっただけ」

 あ…、この人って。最初の印象で、軽くてあまり考えなしに行動するヤツかと思っていたけど、中身はけっこう真摯なのかな。ただ、表現の仕方がいたずらっぽいだけなのかもしれない。


「でさ、さっきの発言は撤回!やっぱり由利香は僕の好みのタイプだよ」

 せっかくちょといいヤツだと思ったのに、私も発言撤回。こいつはやっぱり軽くて考えなしよ。

 すると、今まで黙ってこの騒動を見ていた鞍馬くんが、

「まったく…予想していたことですが、由利香さんと夏樹だけでも大変なのに」

と言って、ためいきをつく。

「なーによー、それ」

「そうっすよ、俺たちシュウさんにそんな大変な思い・・させて・・ないっす、よね?」

「うー、」

 それはちょっと肯定しにくい。今回の京都行きも無理矢理勝ち取った?んだし。この状況から考えると、たぶん鞍馬くんがあんなに京都行きを渋ったのも、紫水院と私を対面させたくなかったのだろう。

「いいじゃない?大変な思いをすればするほど、人間は高められていくんだよ~」

 紫水院はそう言いながら、さあ座ってすわって、と、椅子をすすめる。

「今日はシュウに頼まれて、前菜をちょっと多めにしてあるんだから」


 料理は、さすがというか、高級料亭の名に恥じないようなものばかりだった。とくに前菜は多めにしてくれたというだけあって、それだけで満足できるほど綺麗で美味しかった。

 とくに夏樹は、しきりに紫水院や鞍馬くんにお料理の名前や調理法を聞き出して、少しずつ味わっていた。ワインのテイスティングを日本料理でしてるみたいに。その意味では、鞍馬くんがここへ連れてきたのは正解だったようだ。


 でも私は、この分だと、あとの料理が絶対に食べきれなくて申し訳ないと思ったので、

「ねえ、紫水院さん。このあとの料理、私のはぜんぶ半分ずつで良いわ」

「なーんで僕はさん付けなの?」

「は?」

「シュウは鞍馬くん、夏樹は夏樹。なんで僕だけそんな他人行儀な、さんづけ?」

 へ?だって今日が初対面なんだけど…

「うーんと、紫水院くん、は言いにくいから、伊織くんでいいよ。呼び捨てでもオッケー」

またこいつは。と思ったけど、鞍馬くんがハラハラしていそうだったので、仕方なくご希望に応じてやることにした。

「はいはい、じゃあ伊織でいいわね」

「サンキュー、じゃあ、由利香の料理はこのあとぜんぶ半分ずつにするね」

 なんだ、ちゃんとこっちの言うことは聞いてるんじゃない。彼に慣れるまで、なかなか対応が難しそうだ。


 最後の水菓子が終わる頃には、もうお腹もこころも一杯。こんなに本格的な日本料理を食べたのは、ずいぶん久しぶりかもしれない。それに料理人の腕も良いのだろう、今まで味わった中でもかなり上級なお味だった。

 するとさっきからなぜかそわそわしていた夏樹が遠慮がちに言い出した。うるさい男にしてはめずらしい。

「あのぉ、出来ればでいいんっすけど、厨房を見せてもらうなんてことは、出来ませんよね…。厚かましくってすんません!」

と、頭を下げる。伊織は何故そんなことを聞くんだろうという風に、

「そのつもりだったけど?シュウに聞いてないの?」

「ええー!シュウさんなんも言ってくれなかったー!」

 夏樹はビシッと鞍馬くんを指さす。鞍馬くんはと見ると、ちょっとしてやったりと言う顔で、

「あれ、言ってなかったっけ?」

などと言っている。あら、鞍馬くんってばまだ怒ってらしたの。でもその顔が優しく笑っているから、ほとんど冗談のようだけど。


 夏樹はガックリ肩を落として、

「もう、シュウさん勘弁して下さいよ~、俺は由利香さんに脅されて仕方なく、京都行きを決めたんですから」

 なんですって?私はバシッ、と一発、夏樹の頭をはたいてから言う。

「あんたも大賛成して、あんなにはしゃいでたじゃない!」

「冗談ッスよ、じょうだん」 

 すると伊織は、不思議なものを見るように私たちのやりとりをを眺めながら、

「へえー、いつもはこんな感じなの?ふたりとも最初あんなにおとなしいから、変な人たち、と思ってたんだ」

 などとのたまうので、ふたりしてキッと伊織を睨む。

「「変なのは、あなたでしょ!」」

 またこんなところで夏樹と息が合ってしまったのだった。




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