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~秋~『はるぶすと』物語  作者: 縁ゆうこ
第2章 『はるぶすと』は本日よりしばらくお休みです。
11/28

2日目 京都その1


 京都へ行ったらどうしても行きたいところがあった。それは…

 清水寺から三年坂・二年坂を通って円山公園へ抜ける東山界隈。

 何回行っても良いのよね~あの雰囲気。


と、言うわけで、私たちは五条大橋へ向かうタクシーの車内にいる。京都駅から清水のあたりへは、バスか、地下鉄と京阪を乗り継ぐか。でも、バスは混んでるし、電車は面倒だし。三人ならタクシー使っても料金同じくらいよと言う、私の意見を尊重(夏樹はごり押しだとのたまったが)したのだ。

「つきましたで~。ここでよろしいか?」

「ありがとう」


 五条大橋を東へ少し行ったところで降ろしてもらう。

 ここからは、ずっと歩きだ。京都へ来て歩かないなんて、もぐりよ、もぐり。とか言いながら、タクシー使うわたしももぐりかな?

 大通りに面した五条坂をだらだらと上って、突き当たりの交差点から、いよいよ清水寺へ向かう参道に入る道だ。

 途中、茶わん坂とよばれる道へ折れる。この坂道にはちょこちょこと色んなお店があって楽しい。途中で舞子さん体験できます、と看板が出ていたので、「夏樹、舞妓さんになってみたら~?」などと、からかいながら、清水寺の境内に入っていく。この最後の階段が、ものすごく急なのだ!息が切れる~。

「あー、やぁっと着いたー!」

と、私はかなりハアハア言いながら登り切る。ふと横を見ると、夏樹は全然息も切らしていない。鞍馬くんも!

「なんだかくやしい~。なんで二人ともそんなに平気なの?あんなに急な階段上ってきたのに」

「え?平気ってことはないっすよ。それなりに、ね、シュウさん?」

 鞍馬くんもちょっとうなずいている。それなりに、ね~。まあいいか。


「あ、すごい!きれーい」

 最初の山門が見えた。仁王門という清水寺の正門らしい。改修したばかりらしく、色鮮やかだ。その下の大階段では、修学旅行生、外国からの団体客、個人旅行客など、ものすごくたくさんの人が写真撮影をしている。私も、ご多分に漏れず写真撮影などしてもらう。


 そのあと、三重の塔を横目に見て少し上ると、随求堂ずいぐどうという建物がある。ここに面白い?と言っては失礼かな。お堂の下を胎内に見立て、本当に真っ暗闇の中を、手すり代わりの数珠をたどって、またお堂の上へ帰って来る胎内巡りというものがある。 ここを通ると心新たに生まれ変わると言われている。

 私は何度か生まれ変わらせていただいてる。何回行ってもいいものはいいのよね。夏樹が興味津々、行きたそうにしていたので入ることにした。

「本当に真っ暗なんだから。夏樹泣かないでね」

「あ、馬鹿にして」

 とか何とか言いながら、拝観料を払い、靴を脱いで階段を下りていく。鞍馬くん、私、夏樹の順だ。下に降りきってしばらく行くと、自分が目を開けているのか閉じているのかわからないくらい、本当の闇になる。


「うえー、ホントに暗いっすねー」

 夏樹は楽しそうに言いながらついてくる。と、どんっと鞍馬くんにぶつかる。どうしたんだろうと声をかけようとしたとき、

「大丈夫ですか?」

 鞍馬くんの声がした。

「ああ、良かった。はじめて入ったんですけど、まさかこんなに真っ暗とは思わなくて、戻るに戻れなくて…」

と、少しふるえ気味な女性の声がした。はじめてで、一人で入ったんだ。それは怖いわよね。でも、ここで止まっていると渋滞になりそうだ。すると、

「それでは、数珠の方を向いて立っていただけますか?」

と、鞍馬くんが言った。

「そう、それで良いです。ちょっと失礼」

 そう言って私の前から鞍馬くんが動く気配がして、

「申し訳ありませんが、今、貴女の前に行かせていただきました。左手で数珠を持っていますよね?」

「?はい」と、怪訝そうな女性の声。

「それでは右手を出して」

「あ」

「では、行きましょうか?これなら怖くないでしょう?」

「ありがとうございます」


 どうなっているのか、この暗闇ではわからないけど、とりあえず前に進めそうだ。

「うひぇー、どうなってるんすかー。あ、右へ曲がった…あ、ぶつかっちった、すみません。あ今度は左!」

と、夏樹はうるさいことこの上ない。そうしてしばらくすると、ほんのりと薄暗く何かが浮かび上がる。

 随求石ずいぐいしと呼ばれる円い石で、これを回して願い事をすればよいと言われている。前を歩いていた女性も少しほっとした様子で、石を回してお願いをしている。

 そして、願い事が終わると当然のように鞍馬くんが手を取って!また先へ歩いて行った。ははーん、そう言うことだったのね。それなら怖くないわ。

「もう終わりのようですよ」

 本当だ、明かりが見える。また、階段を上ってようやくお堂の外へ出た。


「ああ~良かった、外へ出られた~。本当にありがとうございました」

 くだんの女性、とっても可愛い人だ!は鞍馬くんをちょっとまぶしそうに見上げてお礼を言ったあと、

「それから、後ろの方もありがとうございました。ずっとしゃべっていてくれたおかげで、あんまり怖くなかった」

 そう夏樹に言った。ニシッと笑って親指を立てる夏樹をびっくりした顔で見つめていたかと思うと、ちょっと頬を染めた。そしてまわりを見渡すと、仲間を見つけたのだろう、ぴょこんとおじぎをしてそちらの方へ向かっていった。

「ええー、連れがいるじゃない。なんで、あの子ひとりで入ったんだろ」

「さあ?入りたかったんじゃないっすか?」

 夏樹は全く意に介さない様子で、

「次はどっちですかー、早く行きましょうよ~」

と、先に進んで行った。


 ここから拝観料を払って、いわゆる清水の舞台へと向かう。

 舞台の上も大勢の人が写真を撮ったり、景色を眺めたり、思い思いに楽しんでいる。まずはお参りよね、と、賽銭を上げてお参りした後で、本堂の中に上がると、大きな鐘を大きな棒でたたいてお願い事をすることが出来ると聞いて、夏樹と私は入ってみた。

 ほんとだ、あるある。少し並んでから鐘の前に座り、おもむろに鐘をたたく。荘厳な音が響いて、厳かな気持ちになった。棒を置いて手を合わせて祈る。どうか『はるぶすと』が、このままみんなのオアシスでいられますように…。私の後でたたいた夏樹も、何事か真剣に祈っていた。


 本堂を出たところで、外で景色を眺めていた鞍馬くんを見つけて、順路のとおりに歩いて行くと、そこは超有名な縁結びの神様、地主神社である。ここには(恋占いの石)と言うのがあって、十メートルほど離れた所にあるふたつの石の片側からもう片側へ、目を閉じて歩いて、無事たどり着けば恋がかなうと言われている。

 夏樹はまた調子に乗って挑戦したが、何の苦もなくひょいひょい歩いてたどり着いたのを見て、びっくりするやら感心するやら。一緒に見ていた外国人観光客に大きな歓声を浴びていた。

「由利香さんはやらないのですか?」

と、鞍馬くんに聞かれたが、残念ながら色恋にぜんぜん興味のない私は当然パス!鞍馬くんの方こそどうなのよ?というと、私もパスですね、と笑って首を振る。

「イェーイ!Thank you!」

 まわりの外人さんたちに手を振って帰ってきた夏樹を促して、また進んで行く。


 奥の院と言う見晴らしの良いお堂があり、ここから見る清水の舞台が、よく絵はがきなどで見るものだ。「わあ、よくネットなんかでKyotoの紹介に出ている景色ですね~」と、夏樹は嬉しそう。せっかくだから三人で写真撮ってもらいましょ、写真ー、とまわりを見回していた夏樹に話しかけてきた人がいた。あ、さっきの女性だ。カメラを渡したところをみると、どうやら写真を撮ってくれるようだ。

「さっきのお礼にって」

 フォトスポット?に並びながら夏樹が言う。そうして二枚ほど撮ってくれた後、

「あの、私たちもついでに撮って貰って良いですか?」

と、くだんの女性。夏樹は快く写真を撮ってあげていたが、カメラを返したあとも、何やら話しかけられている模様。あー、またか。時間がかかりそうなので、鞍馬くんと私はのんびりお参りして、のんびりと素敵な景色を眺めていることにした。


 何度も言うようだが、夏樹はあの通りいい男だ。ちょっとうるさいけどね。そして、最近の女子ってやはり積極的!、というほど、夏樹は旅行中よく声をかけられる。いわゆる逆ナンってやつ。最初はびっくりしていた夏樹だが、だんだん慣れてきて断り方も上手くなっていた。

 そう言うとき、女の子に私たちふたりの姿は全然目に入っていないご様子。まったく、鞍馬くんと私は透明人間なのかしら、失礼しちゃう。

 すると、夏樹がどうも意味ありげな顔で戻ってきたかと思うと、

「今回はシュウさんみたいです。」

と言って、女性の方を向いた。

「ええー?!」

 たしかに、こちらを見ていたあの女の子が、鞍馬くんと目があうとぱっと下を向いて恥ずかしそうにしている。まわりの女子もなにやら嬉しそう。

「助けてもらったのが本当に嬉しかったみたいで…。どうしますか、シュウさん。」


「…」

 しばらく考え顔だった鞍馬くんは、仕方ないですね、吊り橋効果ですか。とか言いながら、女の子たちの方へ行った。

「吊り橋効果ってなに?」

「えーと、吊り橋?」

 あ、そうか。夏樹はなんだかんだ言っても日本語がわからないときもあるらしい。英語の方がまだわかるかしら?私は脳細胞をフルに使って、何とか英語をひねり出す。

「Suspension bridge effect.」

「あ、 bridge! 俺もあんまり詳しくないっすけど、その吊り橋を渡っているときに告白すると、Yesの返事をもらえる確率が高いとかなんとか…」

 ああ、そう言えば聞いたことがある。吊り橋を渡っているときのドキドキが、恋愛のドキドキに置き換わるってヤツね。あんなに怖そうな声を出していたんだもの、さしずめ鞍馬くんは白馬の王子様ね。

 さあどうする、鞍馬 秋。


 くだんの女の子とその友達は、真剣な顔だったり、かと思えば笑ったり、かなり長いこと話していたが、ようやく帰って来た鞍馬くんは、

「お待たせしました。何とか納得していただきました」

と、いつもの落ち着いた様子で言った。

「ずいぶん楽しそうだったけど?」

「そうですか?」

「で、で?どうなったんすか?」

 夏樹が、心配しているのか、面白がっているのかわからない感じで催促する。

「いつか機会があれば『はるぶすと』に立ち寄って下さるそうです。ただ、住所だけで見つけていただく事になりますが」

 そうなのだ。『はるぶすと』には、そもそも電話がない。本当に気に入った人にだけ来てもらいたいと言う事で宣伝もせず。まあ、住宅街にたたずむ喫茶店ならそんなもんよね。 鞍馬くんや夏樹は、仕事中は携帯電話も持ってこないので、本気で来る気があるのなら、頑張って探してもらうしかない。

 暗に住所だけを教えたことを言って、「それでは、次へ向かいましょうか。」と、先へ進んでしまう。


 ええ?そんなんで本当に納得したのかしら?気になって今来た方を見返してみると、女ばかりの三人グループはもう写真を撮るのに大忙しで、こっちの様子など気にしていない。あらま。まあイマドキの子はそんなもんか。

 それでも、最後にチラッと目に映ったのは、あの女の子が嬉しそうに、鞍馬くんから受け取ったのであろう、切り取った手帳のページを眺めて微笑んでいる光景だった。


 奥の院から順路に沿って下の方へ降りていくと、音羽のおとわのたきがある。

 この瀧は清水寺の寺名の由来となったものであり、こんこんと流れ出る水は「黄金水」「延命水」と呼ばれ、清めの水として尊ばれてきたとある。三筋に分かれて流れ落ちる水は右から「健康、美容、出世」または「健康、学業、縁結び」の御利益がある、と言われている。一度に飲めるのはひとつだけで、欲張って三つとも飲むと効果がなくなるとも言われているらしい。

 私たちは、今度は鞍馬くんも引っ張って瀧の行列の最後尾についた。ここも、いつ来てもけっこう人が並んでいる。


「由利香さんはどの水を飲むんすか?」

「そうねえ、縁結びはいらないから、美容?でも健康がいちばん大切よね。よし、健康!の右端」

「俺はどうしようかな~」

「夏樹は頭悪いから学業、なーんて冗談!あはは」

「えー、やっぱそうすか?ってなんちゅうこと言うんすか、由利香さん。俺も無難に健康にしとこ」

「鞍馬くんは?」

「縁結びです」

「「ええーーーっ!」」

 ぎゃあぎゃあとうるさい夏樹と私を白い目?で見ながら、鞍馬くんは涼しい顔をして行列に並び続け、結局、三人ともいちばん右はしにある健康の水を飲んだ。


「鞍馬くんってば、なんかたまにキャラ変わるのよね」

「そうっすねー。でもそんなふうになったのは、日本で再会してからッスよ。前は四角四面?じゃないや、あれ?」

「杓子定規?」

「それそれ、冗談も年に一回しか出て来ない、と言うのは言いすぎっすけど、そんな感じで…」

 先に進んでいく鞍馬くんのあとをゆっくり歩きながら、夏樹と私はまた小さくなりながらヒソヒソ話をしていた。

「でも…」

と、夏樹が嬉しそうに、

「以前のシュウさんより、いまのシュウさんの方が好きですよ。なんて言うか、前は使命に縛られているみたいで、身動きするのもつらそうな感じだったんすけど」

「今は?」


「由利香さんと夏樹のわがままに縛られていて、もう大変です」

「「!」」

 また!鞍馬くんたら、いいかげん気配を消して近づくのはやめて欲しいわよね。私は、鞍馬くんの背中をポカポカたたく真似をしながら、器用に逃げるそのあとを追いかけて行った。




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