序章 出立
この小説は群像活劇とありますがアーサー視点が多めとなります。
この章はアーサーの義兄であるケイの視点で物語が進みます。
登場人物の詳細は後に記載します。
深い森に入った。ケイは手綱を緩め馬の速度を落とした。ここに来るのは2度目であり最初はアーサーを連れてきた時だった。アーサーの母であるロレーヌが病で亡くなり、アーサーの教育をロレーヌに任せきりだったアドレア王は、自らの師であるマーリンに17歳から20歳までの三年間、この森の中に預けたのである。
澄んだ色をした小川を越えたところから空気が変わってきた。馬もそれを感じ取ったのか、しきりに首を振っている。突然、馬の足が止まった。
「兄上」
「おう」
木々からアーサーが飛び出してきて思わず声をあげてしまった。上半身裸のアーサーは少し錆びた剣を持っており、その肉体は無駄がなく鋼のようにたくましい。
「三年ぶりでしょうか」
「そうだな、先生にお会いしたいのだが案内してくれるか」
「はい、先生も喜びます」
アーサーはこちらのペースに合わせながら、跳ねるように森の中を進んで行く。その身のこなしは、かつて自らが師事した時とはあきらかに違っている。
「剣は誰かに教えてもらったのか」
「いえ、兄上に稽古してもらったのが最後です。先生は武術は出来ないので心得を教えていただきました。毎日、自分で稽古はしていたのですが」
「そうか、なら後で見てやろう」
「ありがとうございます。兄上」
「その、兄上というのはやめてくれないか。私はアドレア王に拾われた従者でしかないのだから」
「しかし、自分にとっては兄同然です」
未だに自分を兄と呼ぶアーサーに呆れつつ、自分の境遇に感謝した。10歳の時ある日唐突に捨てられた。何か理由があったのだろうが、当時10歳の自分にはそれを思考することは出来なかった。しかし、今の時代は力が全てであり貧困により子供を売ったり、捨てることが少なくなかった。そのため自分もそんな感じの理由であろう。ただ幸運だったのは偶然拾われたのがブリテン王国のアドレア王だったということだ。王の役に立つために自らを鍛え、やがて従者となったが、もしかするとそれは王の目論み通りだったのかもしれない。しかし、自分は自らの命を王家に捧げると心に決めている。
「着きました」
深い林を越えると3年前と同じ小屋が見えた。小屋の目の前には広い湖がりそれを見つめている老人がいた。マーリンである。マーリンは顔色を変えずにゆっくり顔をこちらに向けた。
「そろそろ来るころだと思っていましたよ。ケイ殿」
「お久しぶりです先生」
「アーサーを連れていくのかね」
「はい。」
「そうか、さみしくなるのう」
アーサーはどこか所在なさげである。
「もう、行くのかね」
「出立は明日の朝にしようと思います。今夜はお邪魔してもよろしいでしょうか」
「もちろんじゃよ。別れの時間を作ってくれて感謝してるくらいじゃ。それじゃ夕餉の準備をさせないとな」
マーリンは杖をつきながら小屋の中へ入って行った。
「よし、アーサー。剣を構えろ」
「立ち会っていただけるのですか」
「さっき言っただろう、本気でこいよ」
「はい」