婚約破棄? では聖女はサービス終了です。
ドンドンドン。
朝早くから、寝室のドアを叩くうるさい音で目が覚める。
枕元の時計に目をやる。まだ六時だ。
いつもなら城中みんな寝静まっている時間だ。誰なんだこんな時間から。
軽くあくびをし、ベッドから起き上がる。
私の名前はシルビア。ここ、ハノク王国で聖女と呼ばれる立場にある。
私は乱れた長い銀髪を手で整え、目をこすりながら寝室のドアを開けた。
廊下に立っていたのは、私の婚約者であるエルベスト王子とその母ロザリン王妃だった。
「邪魔するぞ」
そう言うなり、王子は乱暴に私を押しのけ部屋に入って来た。王妃も後に続く。
そしてそのまま、断りもなく二人とも私のベッドに腰かけた。
相変わらず無作法な二人だ。
私も二人の前に椅子を移動し、腰を下ろす。
「どうしましたか、こんな朝早くから。エルベスト王子はいつもならまだ寝ていらっしゃる時間では?」
「お前に一刻も早く知らせたいことがあってな」
そう言って王子はニヤリと笑い、
「——たった今隣国のカイオン王国から知らせが入った。絶世の美女と名高いクレア王女が、俺との結婚を承知したそうだ」
「というわけで、シルビア。お前との婚約を破棄する! 魔王が倒された今、お前はもう用済みなんだよ!」
ああ、そういうこと。それですっ飛んで来た訳か。
実は王子との仲は最初から冷え切っていた。
聖女の力を持つ私を引き止めたい国王の命令で、仕方なく私と婚約していただけだったからだ。
それに王子は取り立て美しくもなく、愛想もない私のことを嫌っていたみたいだし。
私の方も無料の食事&掃除付きの城での暮らしが快適だったから婚約していただけで、王子に未練はない。
「私の大事なエルちゃんが、こんな生意気な平民の女と結婚するハメにならなくて本当に良かったわ〜」
「まったくだよ母さん。王家の血が汚れるところだった」
……おまけに王子はマザコンだし。
私は軽くため息をつくと、
「分かりました。では荷物の整理をするので二、三日待ってもらえますか」
すると王子は嘲笑うかのような笑みを浮かべて、
「あいにく、そんな時間はないな。お前なんかと婚約していることが知れたら、クレア王女との結婚が破談になるかも知れないじゃないか」
「そうよ、さっさと出て行きなさい! この寄生虫!」
親子揃って意地が悪い。いくらお互いに愛のない婚約だったとはいえ、私ばかり責められるいわれは無い。
むしろ私は聖女としてこの国に尽くしてきた。散々私を利用しておいて、最後はこの仕打ち。
そっちがそう出るなら、私にも考えがある。
「お望みなら、今すぐにでも出ていきましょう。ただし……」
「聖女はサービス終了です」
♢♢♢♢♢
こう言うと、私は聖女の魔法を唱えた。
「過去の癒しを取り消し、聖なる力よ私に戻れ。リベリオン!」
すると、
グハッ。ゴホッゲホッ。
さっきまでピンピンしていた王妃が突然咳をし、ベッドの上でうずくまった。
吐血したのか、私のシーツが赤く染まっていく。
あーあ、このシーツ気に入ってたから貰って行こうと思ってたのに。
「母さん!? いきなりどうしたの、大丈夫?」
慌てた王子は王妃の背中をさするが、あまり効果はない。
「無駄ですよ。その発作は簡単には治りません」
「シルビア貴様! 一体母さんに何をした!!」
「お忘れですか。王妃様の持病を私の力で治していたのを。その治癒魔法を、たった今解除しました」
王子は目を大きく見開き、ハッとした表情を見せた。
そして、
「貴様、なんてことを!」
私に思いっきり掴みかかろうとした。
私は王子の手を払いのけると、
「リベリオン!」
再び魔法を唱えた。
途端に王子は動きを止める。
私の詠唱を警戒したのか、周りをキョロキョロと見回す王子。
そして何の変化もないことにホッとしたのか、私に向かって不敵な笑みを浮かべた。
「なんだ。何も起こらないではないか、驚かせおって」
しかしそう言ったのも束の間、私の目の前で王子はみるみる内に老け始めた。
色ツヤの良い顔は乾燥しガサガサに。
自慢の金髪は輝きを失い。
そして、筋肉で引き締まった身体は腹がせり出した醜い体型へと変わった。
「な、なんだこれは! 俺の美しい顔が、髪が、肉体がぁ!」
王子は頭を抱え、床にへたり込んだ。
私は王子を見下ろしながら言った。
「貴方に頼まれてかけていた若さ維持の魔法も解除しました」
「どうやら魔法に慢心して、美容努力を怠っていたみたいですね」
「く、くそ!」
王子は私を鋭く睨みつけると、
「このまま無事にこの城を出れると思うなよ! 貴様は絶対に死罪だ!」
「衛兵! 衛兵! 誰かこいつを捕まえろ!!」
顔を真っ赤にして大声で叫んだ。
しかし、何度叫んでも人がやってくる気配はない。
わめき続ける王子を私は手で制した。
「無駄だと思いますよ」
「なんだと!?」
「さっき王妃様の治癒魔法を解除した時、ついでに王都の監獄の保護結界も解除しました。この意味が分かりますか?」
しばらく考える素振りを見せた後、王子は青ざめた。
「ま、まさか貴様、対魔族用の監獄を……。あそこには魔王軍の幹部も閉じ込めているんだぞ!」
「はい、そうです。今頃王都は、逃げ出した魔族たちで大騒ぎでしょうね。衛兵たちもその対応で手一杯なはずです」
「なんてことを! 我々がどんなに苦労して捕まえたと思って……!」
『「私が」の間違いですよね? 私の力で捕まえたのですから、出すのも私の自由のはずです』
私がこう言うと、王子は黙って頭を垂れた。
「では、私はもう行きます。クレア王女との結婚、上手くいくと良いですね」
そう言って私は、寝室のドアまで歩き去った。
ドアを開け、廊下に出る。
爽やかな風が私の頬をなでる。
なんだかすごくスッキリした気分だ。これからの人生、もっと楽しいことが待っている気がする。
「待ってくれシルビア!……いや、聖女シルビア様。婚約破棄は取り消す! 我がハノク王国を救ってくれ!」
「テレポート!」
追いすがる王子を無視し、私は城を後にした。
♢♢♢♢♢
一ヶ月後。
私は隣国、カイオン王国の王城にいた。
「シルビアお姉様! この魔法はどうやるんですの?」
かわいらしい声で私に問いかけるのは、この国のクレア王女だ。
ハノク王国を去った私は、特に行くあてもなく周辺の街を観光していた。
その道中、いくつかの街で暴れていた魔族を取り押さえたりもした。
すると、それを聞きつけたカイオン王国の国王から、娘の魔法の家庭教師にぜひと言われ、今はこの職についている。
「シルビアお姉様、眠たいなら一緒にお昼寝しましょう! また魔族と戦ったときの話が聞きたいです!」
まだ十八になったばかりの世間知らずの王女は純粋でとてもかわいく、私の魔法や冒険譚に興味津々だ。
私のことを「お姉様」と呼び慕ってくれている。
ちなみに私が去って三日後、ハノク王国は崩壊した。
国民は散り散りになり、王家も潰れたらしい。
元々横暴な政治に国民もうんざりしていたし、国防も私の力に頼りきりだったから、どのみち滅亡は時間の問題だっただろう。
とにかく、クレア王女をクソ野郎のエルベスト王子から守れて本当に良かった。
「クレア様。薄暗い部屋で本を読んでいては目が悪くなりますよ」
そう言って、私は部屋のカーテンを開ける。
窓から柔らかな日差しが差し込み、私の影をかき消した。
今はただ、この平和な日々をこれからも……。
fin.




