追憶の社を墓まで背負う。
注:この作品は残虐な描写を含みます。
せっかく読んでくださるというのに貴方の気分を害する恐れがありますので、
読む際はそれなりの耐性、または覚悟をご用意ください。
無理そうなら踵をお返しください。
「あともう少しで夏休み」を燃料に、惰性で過ごした部活が終わった。
今日は学校も午前中だけなのが幸いだ。
ただこの暑さだけはどうにかできぬものか。
からっぽの水筒をリュックに挿し、蝉が喚く神社を横目に見て、滝汗を流す帰路。
なんてことのない緩やかな長い長い上り坂が、今は反り立つ壁に思える。
吹き抜けるような青空の下を、自転車が通り過ぎていった。
その奥のお社のある森に、白いシルエットが見えた。
本当に小さな白いシルエット。
神社は反対側だったが、車も自転車もないことを確認し、道路を横断した。
心霊的なものでないことを願って近寄ってみると、それは小さな少女だった。
何歳であろうか。しかし、小学生であることに間違いはないだろう。
夏虫の喧騒に入り混じって、すすり泣く声が聞こえる。
柄にもないが、「どうしたの?」と話しかけた。
しかしその少女は蹲ったまま、すすり泣きを続行。
見事なまでのシカトを決められた。
まあそりゃあ、いくつも年上の、しかも異性のこんな陰の者に話しかけられて
「え?」とならない人はいないであろう。ロリコンもいいところだ。
がしかし、流石にここまでの無視を食らうとかなり心に来るものがある。
そんなようなことをぼやいていたら、不意に少女はこちらを向いて叫んだ。
「うるせー!!」
面食らった。しかしそんなことなど一切気にせずまくしたてる。
「みーちゃんはどこ??!
みーちゃんを返せ!!!返してよ!!!」
そんな妄言が飛び出してきた。あと間違いなく罵詈雑言に分類される言葉も。
「いや僕知らないよ!人違いじゃないかな?!!」
動揺したなりにせめてもの弁明をしていたが…あーあ。また泣き出しちゃった。
しかしこのまま置いておくというのも可哀想だ。
一旦、泣き止むのを待とう。幸い、夏休みだし塾にも通っていない。
待てるだけの時間、いや持て余すほどの時間がある。
もうめっちゃ待った。太陽は頭上を通り過ぎ、
東の空はほんのり藍色になるくらいになって
ようやく落ち着きを取り戻したか、泣き止んだ。
するとまだやや鼻の詰まった声で
「みーちゃんは猫なの。多分この辺に住んでる子でね。」
「でもいなくなっちゃった。探しても見つからないの。」
なるほど、猫を探していたのか。
それで泣いていたとはなんだか微笑ましい、いやでも本人からすれば一大事か。
とにかく、このままでは思い出してまた泣き出してしまう。
「じゃあまた後で探そう!宝探し…とはまた違うか。
えー…みーちゃん探し?だよ!」
口は勝手に言葉を紡いだ。
少女は目を丸くした。
「一旦自転車取ってくるから待ってて!!」
勢いのまま、僕は神社を後にした、足早に家に帰った。
すぐに自転車に乗り、さっきの神社に向かう。
帰宅時登った坂を下る途上、その右側にあの森が見える。
白いワンピースが手を振っている。今度は笑顔で出迎えてくれたようだ。
少女と再開して、すぐにみーちゃん探しを開始した。
思いつく限り猫がいそうなところ、猫を見たことがあるところを回って。
少女の知恵も借り、かつてみーちゃんを目撃した場所、
その周囲を探ってみたが、成果無し。
今ばっかりは猫の手を借りたい。そして、気づけば空は東に支配されていた。
「また明日探そう?」
すると少女はまだ悲しみの残る顔を、精一杯ぱっと明るくして
「いいの!?やったー!」
そう言った。
もう帰らなければまずい時間だ。
「じゃあ、私お家に帰るね!ばいばい!
ありがとー!!」
「あっ、え、あ、うん、ばいばい!」
謎の充足感で溢れ、少し軽い足取りで帰宅する。
陰の者にしては上出来な応答ができたな。
そんなふうに思ったりもしたけど、結局は
猫が見つかるといいなって、そこに収束。
探している間、僕達の、いや僕にだけかも知れないけど、
よくわからない楽しさがあった。
こんな形じゃなくて、もっと良い形で出会いたかった。
もっといい形で、あの場所にいたかった。
次の日も少女と猫探しをした。
自分の正義感がこれほどまでに
よく分かることがいまだかつてあっただろうか。
少女はいろんなときに「ありがとう」と言ってくれる。
野良猫はどんなところに多いとか、いろんなことも調べた。
その知識を限界まで活用して、
その「ありがとう」に応えられるように精一杯を尽くした。
しかし結局なんの成果も得られることなく、今日の捜索を終えた。
悲しいけれど、少女はもっと悲しいはずだ。
「きっと明日は見つかるよ!」
頑張って励ますと、それに答えるような笑顔を見せてくれる。
でもその笑顔はどこか悲しげで。
これから起こることを、あるいはもう起こっていることを、
すべてわかっている開き直った笑顔にも見えた。
ただ僕は諦めきれなくて、
少女と会う日も、会わない日も猫を探した。
そこから一週間ほどたったある日。どこか諦めかけていたその日。
太陽が頭上を通過しきった、部活の終わった昼下がり。
僕はいつものあの社のある森に向かっていた。
5分の1ほどの位置にあの森がある坂を下る中で、
僕の母校の体操服を着た3、4人の中学生とすれ違った。
体格だけ見ると、一瞬同じ高校生かなと思う感じだった。
野球部なんだろうと納得した。
しかし手に下げたビニール袋とバットが何故か気がかりだった。
それを振り切り、つい数ヶ月前の中学時代をほんの少し思い出す。
僕は社についた。
そこにはいつか見たような姿で蹲る少女がいて。
僕はあの時と同じように「どうしたの?」って、話しかけようとした。
しかしその少女の足元あたりを見てやめた。
いや、できなくなった。
そこには、おそらく僕達が探していたであろう存在の骨と肉塊だけがあった。
つまりもうすでにそのみーちゃんという存在はこの世から消え去り、
ただの質量となって僕達の前に姿を表した。
こんなときに考察班としての才覚が呼び起こされる。
あの少女の顔やらさっきの中坊やら、全ての無数の点が、やがて線を生み出す。
はじき出された結論を基に、またしてもその惨事に驚愕する。
僕は痛々しいほどに感情移入していたんだと思った。
でも違った。
どこか諦め達観していた少女に対して僕は
いつだって熱心に、一生懸命にあの猫を、みーちゃんを探していた。
単なる感情移入を通り越した僕の、ただのエゴだったことに気づいたんだ。
ただ、泣き蹲る少女を見ては僕の正義感が暴れ出す。
気づけば、自分かどうやってここへ来たかも忘れ走り飛び出した。
坂を駆け上がった先、チンタラ歩いては溜まる中坊どもに尋ねてみたんだ。
「…黒っぽい色の猫を知らないかな。」
そいつらはニヤニヤ笑っては「あの猫じゃね?」と言ってみたり、
バットで潰すような動きをしてみせた。
僕の感情は、僕を飛び出した。
四人全員を殴りつけた。
起き上がってはそれを殴り飛ばす。
やけに視界がぼやける。
泣いていたんだ。
中坊のうち一人が持っていた袋を奪い取り、
その壮絶な想像通りを確認した
なぜこんなことをしたんだ。
なぜこんな事ができるんだ。
なんのためだ。
なんなんだ。
そんな全てを
「ふざけんな!!!!」
に内容した。それはきっとあの社に届いただろうし、
僕の生涯を木霊して響き続けるだろう。
あの初めてみたときの衝撃が目に焼き付いて離れない。
思わず吐瀉する。
でも殴る。
まだ殴る。
まだまだだ。
アドレナリン漬けにされ、ほぼ死んだ脳の代わりに
脊髄が、筋肉が、体が消耗度合いを教えてくれる。
吐いた所為か殴り疲れたか。ふと手を止めた。
絶えず続けた殴撃と痛痒の最果てに、中坊の反撃が僕を突き飛ばす。
立て直す体力が余っているわけもなく、そのまま緩やかな坂を転がって。
奴らはすぐに退散したようだった。
ただ起き上がることもできず無力感に襲われる。
残る力を振り絞って、少女のところに向かう。
変わり果てた僕を見ても少女は動揺一つ見せなかった。
僕に対して心配も軽蔑も感謝も憎悪もせず。
ただ二人、森の草に仰向けになっていた。
今まで猫を探してきたほんの僅かな日々。意味があったのかもわからぬ積極性。
エゴか感情移入か。難しいことばかりが思考の渦を形成し、
疲弊した脳を襲撃する。
少女がそっと僕の手を握る。握り返すでもなく、それをただ受け入れる。
少女も同じ事を考えているのかもしれないな。
目前に星の色だけが見え、月明かりだけが頼りの時刻も。
ただ二人手を重ね、空を眺める。
時間軸さえも曖昧になる。
この夏の痛烈な出来事は終わりを遂げた。
この夏の他の出来事なんて覚えているわけがない。
いつかまたこの出来事の追憶に駆られる時が来る。
下手したらこの年の印象ごと、ごっそりと乗っ取ってしまうような出来事の。
そしてまた後悔する。悲しむ。気分が下がる。絶望する。
一生続く束縛をする、違った形の一生物の重荷を背負い始めた夜だった。




