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落ちた方の負け

掲載日:2026/03/03

短編です

 彼女が明日帰国する。

 高校卒業と同時に単身フランスへ行ってしまった彼女が、世界的ピアニストの称号を携えて、明日、帰ってくると連絡を受けた。俺は心が弾む感覚を久しぶりに味わった。

 高校生の時、お互い明言はしなかったけど、俺たちは惹かれあっていたんだと思う。だから彼女が出国するとき、一思いに告白をと思ったんだけど、友人の多かった彼女を見送りに来た、大勢の前での告白は、小心者の俺には無理だった。

 それから10年、俺はずっと彼女のことを思い続けた。電話はできないけど、国際郵便で手紙を送り続けた。彼女も手紙を返してくれていた。ずっと、心は繋がっていたんだ。

 彼女からの帰国の連絡を受けた俺は、その足で指輪を買いに行った。この日をどれだけ待っていたことか。もう彼女の取り巻きが居ようが居まいが関係ない。明日、帰国した彼女に突撃でプロポーズする。俺はそう心に誓っていた。


 翌日、空港に着くと、規制線が貼られており、彼女は屈強そうなSPに守られながら帰国した。TVや新聞などの記者がたくフラッシュで彼女が煌々と照らされる。建物内なのにサングラスをしたまま微笑む彼女は、あまりに遠くの人の様で、俺の決意はガラガラと崩れ去っていった。


 俺はそのまま、指輪と共に、行きつけの居酒屋に管を巻きに行った。

「うぅ・・・うぅぅぅ・・・」

「諦めろよ。あの子とお前じゃ、住む世界が違い過ぎるんだよ」

 急な招集にも関わらず、来てくれた友人が、俺の手から酒を奪った。

「なんだよぉ・・・10年だぞ?10年ずっと彼女とは連絡を取り合ってたし・・・ずっと同じ気持ちでいてくれるものだと思ってたんだよ・・・」

 一瞬しか顔を合わせてくれなかった彼女にもだけど、惨めな自分に泣けてくる。指輪まで買ったのに・・・。まぁ、サイズだってよくわからずに見切り発車で買ってしまったんだ。こんなもん渡されたって、彼女も嫌だよな・・・。

 そう思うと余計に泣けてくる。

「ううぅぅぅぅ・・・・」

「もう飲むなよ・・・誰がお前送っていくと思ってんだよ・・・」

「良いじゃんかよぉ・・・飲ませてくれよぉ・・・」

 面倒な絡み酒だと思われても構わない。俺は、今は酒におぼれていたいんだ。

 あぁ、なんてかわいそうな俺。

「なに泣いてんの?」

 彼女の声がする。幻聴でも聞こえて来たかな?

「やっと見つけた」

 声に振り向くと、彼女がそこにいた。

「あー、もうお酒臭いなぁ・・・」

「なんで・・・」

 なんで彼女がここに?夢か?夢かも。

「あんたの家に行ったら、お姉さまがここだって、で?」

 彼女が俺の隣に座った。

「で・・・って?」

「何か言うことあるんじゃないの?」

 頬杖をつきながら、彼女が俺に言う。

「おれぇ・・・お前にプロポーズしようとおもってぇぇ」

 もう夢でも何でも良い。目の前にいる彼女に、俺の思いの丈をぶつけるんだ。

「10年ずっと好きだったんだよ・・・釣り合わないってわかってる。でもぉ、俺お前じゃなきゃ嫌なんだよぉ・・・。こんな情けない奴でごめんなぁ。これ・・・」

 買ってきた指輪を彼女に渡した。

「俺の薄給三か月分・・・・ごめんな、こんなタイミングで・・・」

 言いながら涙がこぼれてきた。

「・・・・ねぇ、サイズ合わないんだけど」

「うぅぅぅ・・・情けない俺でごめんなぁぁぁ」



——今さらだよ——

はぁ~、まったく情けないんだから。

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