#009 「美弥のお姉様人気」
朝のホームルーム。教室は、いつもより静かだった。
「それでは、久遠美弥さん。お願いします」
教師の声が響く。
美弥は静かに立ち上がった。背筋は真っ直ぐ。視線は揺れない。
朗読が始まる。声は低く、澄んでいて、無駄がない。一言一言が、空気を整えていく。ざわついていた廊下の気配すら、いつの間にか消えていた。
読み終えた瞬間。教室の空気が止まる。
「……すごい」
誰かが小さく呟いた。次の瞬間、拍手。それは教室だけでなく、廊下からも響いてくる。
「お姉様……」
「美弥様……」
「ご指導ください……!」
「はいはい、宗教始まったな」
想太がぼそっと言う。
「勢力拡大中」
要が冷静にメモを取る。
美弥は一礼し、席に戻る。周囲の視線は、熱を帯びている。
「やっぱり美弥先輩、別格……」
「久遠家ってやっぱりすごいんだ……」
ささやきが連鎖する。
美弥は淡く微笑むだけ。浮かれない。誇示もしない。ただ、当然のように受け止める。それが“芯”。
休み時間。女子たちが列を作る。
「お姉様、サインを」
「今日の一言を……!」
「列を作りなさい。押さないで」
美弥は静かに告げる。声は柔らかいのに、逆らえない。
「ひぃっ、はい……!」
群衆が一斉に整列する。
「完全に支配してるな」
隼人が感心したように言う。
「統率力、圧倒的」
要が頷く。
だが。少し離れた場所で、はるながその様子を見ていた。どこか誇らしげで、少しだけ寂しそうで。
その視線に、美弥は気づく。ほんの一瞬だけ、目が柔らぐ。列の最後の一人にサインを渡し終えると、美弥は静かに歩き出す。
「はるな」
「え?」
近づくと、声のトーンが変わる。
「さっきの、どうだったかしら」
外では女王。今は、少しだけ不安げ。はるなは一瞬驚き、それから笑う。
「……すごかったよ」
その言葉を聞いた瞬間。美弥の耳が、ほんのり赤くなった。
「そう。なら、いいわ」
すぐにいつもの顔に戻る。でも、はるなにだけはわかる。少しだけ、嬉しそう。
その様子を、遠巻きに見ていた女子たち。
「見た?」
「今の距離感……」
「はるな先輩だけ特別扱いでは?」
ざわり。派閥が、分裂する。
「美弥様単独派」
「はるな×美弥尊い派」
「やめて!勝手に細分化するな!」
想太の叫びが空を切る。
美弥はため息をつく。
「騒ぎすぎよ」
だが視線は、はるなに向いたまま。
「……あなたは、気にしないの?」
小さく問う。
はるなは少し考えてから、肩をすくめる。
「別に。私は美弥がいればいいし」
一瞬。時間が止まる。美弥の指先が、わずかに震える。
だがすぐに、微笑む。
「そう。なら問題ないわ」
それだけ。揺れない。これが久遠家の芯。
外では圧倒的な“お姉様”。内では、選んだ人にだけ甘い。そして決して折れない。
その日、「お姉様派」はさらに拡大し、同時に「はるな×美弥派」という新勢力が誕生した。
火種が、静かに増えていく。




