#045 「友達からの視線」
翌日の昼休み購買で買った焼きそばパンと牛乳を抱え、想太は廊下を歩いていた。そのとき。妙な熱気に足が止まる。笑い声が、ひそひそと弾む。
「ねえねえ、見た?」
「昨日の夜の電話でしょ?」
「相合い傘のあとに、あれは反則〜!」
想太の背中を、冷たい汗が伝う。
「……え?」
女子たちの端末の画面がちらりと見えた。学園共有メッセージアプリ。そこに映っていたのは――
《昨日の夜の電話。お熱いことでー》
投稿者名:ともり。
投稿時間:早朝。
想太の鼓動が一気に速くなる。あの電話は、誰にも聞かれていない。ファンクラブ経由でもない。なのに。
「二人宛のつもりだったらしいよ?」
「でも全体公開になってたって!」
全体公開。その言葉が重く落ちる。想太は端末を取り出す。通知は既に削除済み。だが――
《※誤送信でした! ごめんなさい!》 ――ともり
追記が残っている。既読数は跳ね上がっている。スクリーンショットは、もう拡散済みだろう。
「……ともり」
思わず低く呟く。教室へ入る。六人だけの空間。だが空気は明らかに重い。はるなは席についていた。目が合う。一瞬で通じる。知っている。
「……見た?」
はるなの声は抑えられている。
「見た」
想太も短く返す。
沈黙。廊下ではまだ騒ぎが続いている。
「ともりさんドジすぎ〜!」
「いや、でもナイス暴露!」
ナイスじゃない。想太はパン袋を机に置いた。くしゃり、と音が響く。
「なんか……僕、悪いことしたかな」
思わず本音が漏れる。
はるなの指が止まる。一拍。
「悪いことって?」
「いや、その……」
視線を逸らす。
「僕、そんなつもりじゃなかったんだけど」
その瞬間。はるなの表情が固まる。それから、ゆっくりと顔を背ける。耳が赤い。
「……人たらし」
小さな声。
「え?」
「なんでもないっ!」
焼きそばパンをかじるふり。まったく減っていない。教室の空気がぴりつく。
四人は騒がない。
隼人は腕を組み、要は静かに状況を見守り、いちかは口元を押さえて笑いを堪え、美弥ははるなの横顔を見つめている。
そのとき。想太の端末が震えた。
同時に、はるなの端末も震える。
画面に表示された名前。
《ともり》
二人は同時に開く。そこには――
《ほんとにごめん!! 二人にだけ送るつもりだったの!!》
《ちがうの!! 共有押しちゃったの!!》
《怒ってる!?》
想太とはるなが、同時に顔を上げる。目が合う。一瞬の沈黙。そして。
「ともりぃぃぃぃ!」
「ともりぃぃぃぃ!」
完全にハモった。教室が一瞬、静まり返る。廊下のざわめきも、ぴたりと止まる。
数秒後。外から歓声。
「今のハモった!?」
「尊い!!」
想太は机に突っ伏す。
はるなは顔を両手で覆う。
最悪だ。いや――最悪じゃない。胸の奥が、変に熱い。ばれている。否定もできない。
ともりは完全にドジだ。でも。あの電話が、二人だけのものだったことは変わらない。
はるなはゆっくり顔を上げる。まだ赤い。だが、否定はしない。
「……あとで、ちゃんと返事しなさいよ」
ぼそりと言う。
想太は顔を上げる。
「え?」
「ともりに。怒ってないって」
声は少しだけ優しい。
想太は小さく笑う。
「……うん」
外は騒がしい。中は静か。ともりの誤送信は、偶然だった。けれど。その偶然が、二人の距離をまた一歩、縮めてしまった。




