#041 「要といちかの視点」
中庭のベンチ。午後の陽射しが石畳を温め、噴水の水音が静かに響いている。要といちかは並んで座り、同じ銘柄のジュースを飲んでいた。ストローが、同じ角度で傾いている。偶然ではない。
「ねぇねぇ、要くん」
いちかがストローをくわえたまま、にやっと笑う。足がベンチの下でぶらぶらと揺れている。
「想太くんとはるなお姉ちゃん、もうバレバレだよね?」
要は一度だけ瞬きをした。視線を正面に保ったまま、淡々と答える。
「統計的に、観測者全員が同じ結論に至っている」
「でしょ〜!」
いちかは嬉しそうに身を乗り出す。肩が軽く触れる。要は一瞬だけ呼吸を止める。触れた場所から、体温が伝わる。
「ふたりとも素直じゃないんだから」
いちかはくすくす笑う。
要はジュースを置き、顎に指を当てた。
「しかし」
少し間を置く。
「彼らが騒がれる一方で、僕たちはほとんど話題にならない」
いちかが首をかしげる。髪がさらりと揺れる。
「え? なんで?」
要は視線を横へ流す。
「単純に、すでに確定事項だからだろう」
さらりと言い切る。その言葉に、いちかは一瞬だけ目を丸くした。
次の瞬間。
「えへへ。そうだよね、もう恋人同士だし」
無邪気な笑顔。不意打ち。
要の耳が、瞬時に赤く染まる。
「……!」
視線が泳ぐ。噴水の水音が、やけに大きく聞こえる。
「わっ、照れてる〜!」
いちかがさらに身を乗り出す。距離が縮まる。
要は真顔を保とうとする。
「統計的に、これは……不意打ちだ」
声は平静。だが、ストローを持つ指先にわずかな力が入る。いちかは楽しそうに笑い、自然に肩を預けた。体重がかかる。要は一瞬だけ身を固くするが、すぐに力を抜く。拒まない。それが当たり前のように。周囲では、他の生徒たちが談笑している。けれど、このベンチの周りだけ空気が穏やかだ。
「……ねぇ、要くん」
いちかの声が少しだけ小さくなる。耳元に近い。
「私たちが一番にゴールしちゃった感じ?」
要は一度、深く息を吸った。目を閉じ、開く。
「順序はどうでもいい」
視線をまっすぐ前に戻す。
「大事なのは――今、隣にいることだ」
言い終えた瞬間、自分でわずかに驚く。理屈ではない言葉だった。
いちかの動きが止まる。頬が、ぱっと赤くなる。
「……っ!」
ほんの一瞬、言葉を失う。そして、はにかむ。さっきまでの余裕が、少しだけ崩れる。今度は、いちかのほうが不意打ちを受けた番だった。
要は横目でその様子を見る。小さく、満足げに息を吐く。噴水の水が、陽射しを受けてきらめく。二人の距離は変わらない。触れている肩。重なりそうな影。
はるなと想太のぎこちなさとは対照的に、ここには揺るがない静けさがある。すでに答えを出した者の、余裕。けれど、不意打ちは今も効く。それが、この関係の心地よさだった。




