#040 「隼人と美弥の視点」
放課後の校舎裏。昼の熱がまだ残るコンクリートの匂い。自販機の低い唸り音が、静かな空間に溶けている。
隼人は缶コーヒーを取り出し、指先で軽く回した。プルタブを開ける乾いた音が響く。
その隣で、美弥がペットボトルのお茶を開けた。キャップが回る、細い音。
「ふぅ……今日も騒がしかったな」
隼人は一口飲み、空を見上げる。夕焼けが校舎の端を赤く染めていた。
「騒がしい、ね」
美弥は小さく笑う。
「でも、ほとんど“あの二人”が原因でしょ」
隼人は当然のように頷く。
「ああ。想太とはるな」
その名前を出したとき、美弥の視線がわずかに揺れた。ほんの一瞬。すぐに、いつもの落ち着いた表情に戻る。
「……前から仲は良かったけど、最近は雰囲気が違うわ」
自販機の光が、彼女の横顔を白く照らす。
隼人は缶を傾けながら、少しだけ口元を緩めた。
「違うっていうか……もう、バレバレだろ?図書館事件に、いちかの爆弾発言。隠す気あるのかってレベルだ」
美弥は肩をすくめる。
「本人たちは必死だけどね」
その声には、からかいよりも優しさが混じっている。
少しだけ、間。
「……お前、複雑そうだな」
隼人は横目で見る。
美弥はすぐには答えない。ペットボトルを握る指先に、ほんの少し力が入る。
「さあ、どうかしら」
夕焼けを見上げる。赤い光が、瞳に映る。
「応援したい気持ちはあるわ」
静かな声。
「羨ましい気持ちも、少しだけ」
言葉は軽い。けれど、その奥に確かな本音があることを、隼人は知っている。
「でも」
美弥は小さく息を吐く。
「一番大事なのは、はるなが笑ってること、でしょ」
隼人は黙ったまま頷いた。否定も、慰めもいらない。この距離だから、言葉は最小限でいい。
「ま、俺も似たようなもんだ」
隼人がぽつりと呟く。
「え?」
美弥が振り返る。
「要といちか見てるとさ」
隼人は缶を軽く振る。
「こっちが照れるくらい自然だろ?想太とはるなも、時間の問題だ」
美弥はふっと笑う。
「……そうね」
その笑みは、もう無理をしていない。少し前なら、胸の奥がざわついたかもしれない。けれど今は。
風が二人の間を抜ける。校舎の影がゆっくりと伸びていく。隼人は空になった缶を見つめる。
「青春だな」
ぽつりと。
美弥は横に並んだまま、同じ夕焼けを見る。
「……本当にね」
言葉が重なる。
恋ではない。けれど、信頼はある。互いの痛みも、弱さも、知っている距離。二人は並んだまま、しばらく動かなかった。夕焼けが完全に沈むまで。




