#034 「新学期スタート」
新学期の朝。春の光が、久遠野学園の校舎の白壁をやわらかく照らしていた。校門をくぐる生徒たちの足取りは軽い。散り始めた桜の花びらが、風に舞い、アスファルトの上を転がっていく。
その流れの中心に、六人の姿があった。
もっとも――その中で想太だけは、ほんのわずかに肩に力が入っていた。
「おはよう、想太!」
弾む声が横から飛ぶ。はるなが笑顔で手を振った。朝日に照らされたその横顔が、一瞬だけ眩しく見える。
「おはよう」
想太も自然に手を上げる。
その瞬間――
「キャーーー!」
背後から小さな悲鳴が上がった。空気が揺れる。数歩先を歩いていた生徒たちが、わずかに振り返る。
やれやれ、またか。想太は内心で息をついた。
ファンクラブ大戦争は終わった。けれど、熱そのものが消えたわけではない。以前のような暴走はない。白いラインの内側に整然と並び、一定の距離を保っている。
それでも――声は飛ぶ。
「はるな様ー!」
「想太くーん!」
「お姉様、今日も素敵です!」
整列しているのに叫ぶなよ。そう、想太は、心の中で小さく突っ込んだ。
想太は曖昧に手を振る。それだけで、列の後方までさざ波のようなざわめきが広がる。
「……なんか、まだ落ち着かないなー」
隼人が横で肩をすくめる。彼の視線も周囲を警戒していた。
「統計的に、群衆心理は残存する」
要が淡々と告げる。
「残存って……」
想太は苦笑する。足元の花びらを踏みそうになり、無意識に避けた。
美弥は小さく息を吐く。
「もう慣れるしかないんじゃない?」
「でも、はるなちゃんが一緒なら平気だよ!」
いちかが明るく笑い、はるなの腕にぴったりくっつく。
はるなの肩が、ぴくりと跳ねた。
「ちょ、ちょっと……」
顔を赤くしながらも、振り払わない。その様子に、再び視線が集まる。
教室の扉を開けた瞬間、今度は室内の空気が変わった。
黒服のSPが廊下の端に立ち、生徒たちは自然と距離を保っている。
ひそひそ声が、机と机の間をすり抜けて届く。
「すげーな……完全に“特別クラス”だな」
「前より近づきやすいけど、逆に緊張するよな」
想太は椅子を引き、席に着いた。机の天板に触れた指先が、ひんやりとしている。
「……こうしてみると、ほんとに特別扱いだね」
小声で呟く。
「そりゃ、君たちは全国放送されたんだもん」
美弥がさらりと言った。
「注目されて当然でしょ」
教室の窓から差し込む光が、黒板の端を白く照らしている。
「でも、私たちが笑っていれば、それでいいんじゃない?」
はるなが前を向いたまま答えた。
その横顔を、想太は横目で見る。強いな、と思う。自分よりも、ずっと。
昼休み。六人は屋上へ向かった。フェンス越しに青空が広がり、春風が制服の裾を揺らす。弁当の蓋を開ける音。笑い声。やっと、少しだけ普通の時間だ。
「そういえば、想太」
隼人がふと切り出す。
「平和が続くといいな、とか思ってるんじゃねーの?」
風が、会話の間をすり抜ける。
想太は空を見上げた。
「……まあ、そうだね」
肩をすくめる。
大戦争は終わった。けれど、胸の奥にはまだ落ち着かないざわめきがある。
新学期。新しい配置。新しい視線。何かが、また動き出す気配。
「平和が続くといいな」
そう口にした瞬間。全員の顔が、ほぼ同時に苦笑に変わった。
風が弁当の包み紙を揺らし、春の空にその言葉をさらっていく。想太は小さく息を吐いた。平和。その言葉が、どこか不吉な響きを帯びている気がしてならなかった。




