#019 「いちか天使連合」
昼休みのチャイムと同時に、特別教室前の廊下は一気に膨れ上がった。人だかりは昨日より整然としている。だが、その中央には明らかに“舞台”のような空間ができていた。
「癒しこそ正義ーーー!!!」
野太い声が天井にぶつかり、反響する。
横断幕には《いちか天使連合》の大文字。ハートマークと羽根がこれでもかと描き込まれている。ラメの装飾が蛍光灯を受けてきらきらと光った。うちわには「天使降臨」「笑顔で救済」の文字。
「いちかちゃん大好き!」
「天使の笑顔をもう一度!」
声が波のように押し寄せる。
教室の扉が開き、いちかが顔を出した。
「えへへ……ありがとう!」
両手を小さく振る。
その瞬間。空気が、弾けた。
「うおおおおおお!!!」
歓声が廊下を揺らす。足踏みの振動で床が微かに震えた。
「尊い! 今の一言で救われた!」
誰かが本気で涙ぐんでいる。
「……いや、なにこれ」
想太は目を見開いたまま固まる。
「完全にアイドルの現場ね」
美弥が腕を組み、冷静に観察する。実際、うちわの振り方まで統一されていた。
「俺たち、毎日ライブしてるみたいだな」
隼人が苦笑する。
「統計的に、癒しの需要は常に高い」
要の声は落ち着いているが、その眼鏡の奥もわずかに揺れていた。
「もう~、そんな大げさだよ」
いちかは慌てて両手を振る。その動きが、さらに歓声を呼ぶ。
「否定すら可愛い!」
「天使の謙虚さ!」
空気が白く発光しているかのようだった。
「ちょっと! いちかに群がらないで!」
はるなが一歩前に出る。
「はるな様の嫉妬!尊い!」
別派閥がすぐさま反応する。
「……勝手に解釈するな!」
はるなの頬が真っ赤に染まる。
「天使連合は平和を望む!」
「争わないで、笑顔で繋がろう!」
揃ったコールが、まるで宗教の賛歌のように響く。
「……スローガンまでできてる」
想太は頭を抱える。
「これはもう立派な組織よね」
美弥がため息をつく。廊下の空気は甘く、温かい。だがその密度は明らかに異常だ。
「……俺、ここにいる意味ある?」
想太が小さく呟く。
「あるよ!」
いちかが即答する。
その笑顔は、窓から差し込む昼の光を受けて、ほんのり輝いて見えた。
「それが一番きついんだよ!」
想太は机に突っ伏す。
外ではまだ、
「天使ーーー!」
「癒しーーー!」
のコールが続いている。
壁際で新人SPがネクタイを緩めながら呟く。
「愛の力って、ほんとにすごいっすね……」
教室の中だけが、ようやく人間らしい笑い声に包まれた。だが廊下の“ライブ”は、まだ終演の気配を見せなかった。




