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婚約破棄は私の計画通りですので、どうぞお気になさらず  作者: 小林翼


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毒杯事件から三週間。


 ヴェルナー侯爵の尻尾を掴みかけたそのとき、逆に向こうから仕掛けてきた。



 朝、帝城に出仕すると、いつもと空気が違った。


 廊下ですれ違う官吏たちが、あからさまに目を逸らす。ひそひそと囁き合い、私が近づくと黙る。それ自体は宮廷入り当初からあったことだが、今日はその度合いが尋常ではなかった。


 執務室に入ると、クラウスがすでに待っていた。表情が険しい。


「セラフィーナ殿。厄介なことになりました」


「何があったの」


「今朝から宮廷中に噂が回っています。あなたが——王国のスパイであると」


 血の気が引いた。


「根拠は」


「ヴェルナー派の貴族が、昨夜の貴族院の非公式会合で言い始めたようです。セラフィーナ・デュランは王国の公爵令嬢であり、婚約破棄を装って帝国に潜入した。目的は帝国の機密を王国に流すこと。皇帝に取り入ったのもそのための工作だ——と」


「馬鹿げている」


「ええ。ですが、馬鹿げた噂ほど広まりやすい。特に、あなたが王国出身であることは事実ですからね。そこに尾ひれがつく」


 椅子に座り、冷静に考えた。


 タイミングが完璧だ。毒杯事件の調査がヴェルナー侯爵に近づいていることを、侯爵側も察知したのだろう。先手を打って、調査する側の信用を潰しに来た。


 私がスパイだと噂されれば、私が集めた証拠の信頼性も疑問視される。「スパイが捏造した証拠だ」と言い逃れる余地ができる。


「よく考えられた手ですね」


「感心している場合ですか」


「敵の手筋を理解しなければ、対処できません」


 クラウスが額に手を当てた。


「陛下には報告済みです。激怒されていましたが——陛下が個人的に否定しても、宮廷の噂は止まりません。むしろ『皇帝がスパイを庇っている』と言われかねない」


「つまり、私自身が潔白を証明する必要がある」


「そうなります」


 考えた。前世のOL時代、社内で根も葉もない噂を流されたことがある。そのときの教訓を思い出す。噂に対して直接反論しても効果は薄い。否定すればするほど、やましいことがあるのだと思われる。


 必要なのは、噂を上回る事実を突きつけることだ。


「クラウスさん。ヴェルナー侯爵の不正蓄財の証拠、どこまで集まっていますか」


「領地の鉱山からの魔石の横流し、私兵団の不正な維持費、帝国の税を逃れた裏金の存在——かなり揃っています。ただ、決定的な帳簿がまだ手に入っていない」


「帳簿はどこにありますか」


「おそらくヴェルナー邸の書庫です。ですが、侯爵邸に立ち入るには——」


「帝国法に基づく調査令状が必要ですね。それを出せるのは」


「皇帝陛下、もしくは——貴族院の議長の承認です」


「貴族院の議長は誰ですか」


「ブランデンブルク公爵。中立派の重鎮です。ヴェルナーとは距離を置いている」


 道筋が見えた。


「ブランデンブルク公爵に、ヴェルナー侯爵の不正の概要を示して調査令状を求めます。公爵が納得すれば、皇帝の独断ではなく貴族院の総意として調査が行われる。これならヴェルナーも逃げられない」


「ですが、あなたがスパイだと噂されている今、公爵があなたの言葉を信じますか?」


「私が行くのではありません。私が集めた証拠を、私以外の人間が持っていくんです」


 クラウスの目が光った。


「なるほど。誰を?」


「ブリギッテです。ホーエンシュタイン伯爵家は軍閥系の名門で、ブランデンブルク公爵とも繋がりがある。帝国の貴族令嬢が、帝国の証拠を持って帝国の公爵に訴える。外国人の私が動くより、はるかに説得力がある」


「……見事ですね」


 クラウスが唸った。


「では、証拠の整理を急ぎましょう。公爵に見せるための資料は、俺が体裁を整えます」


「お願いします。私は帝国の商人たちに最後の確認を取ります。ヴェルナー領の取引記録を裏付ける証言があれば、帳簿がなくても令状は出せるはず」


「承知しました。それと——」


 クラウスが真剣な目で言った。


「噂が広まっている以上、今日からしばらくは宮廷内を一人で歩かないでください。何が起こるか分かりません」


「分かりました」



 その日の午後、ブリギッテに事情を話した。


 学院の寮の部屋で、向かい合って座る。ブリギッテは黙って全てを聞いた。ヴェルナー侯爵の不正。毒杯事件。スパイの噂。そして、彼女に頼みたいこと。


「あなたに危険が及ぶかもしれない。断ってくれても——」


「断るわけないでしょう」


 ブリギッテが遮った。目が怒りに燃えている。


「あなたが毒を盛られた? スパイ呼ばわりされた? ふざけないでよ。ヴェルナーの爺さん、ただじゃおかないわ」


「ブリギッテ……」


「私はホーエンシュタイン伯爵家の娘よ。帝国の不正を暴くのは、私たち軍閥の誇りにかけて当然のこと。ブランデンブルク公爵には、父の紹介状も添えて持っていくわ」


 フリッツとレーナも駆けつけた。フリッツが拳を握りしめて言った。


「セラフィーナ、俺にも何かやらせてくれ。軍学科の仲間で、近衛隊に知り合いがいる。帝城の内部の情報なら集められる」


「フリッツ。本当にいいの?」


「当たり前だ。仲間だろ」


 レーナが控えめに、しかし確かな声で言った。


「私は魔法研究室で、ヴェルナー領の魔石データをもう少し詳しく調べます。帝国全体の魔石産出量と照合すれば、横流しの規模が正確に分かるはずです」


 四人の顔を見渡した。


 前世では、こんなふうに助けてくれる仲間はいなかった。一人で戦って、一人で倒れた。


 でも今は違う。ここには仲間がいる。


「みんな、ありがとう」


 声が震えた。泣くな、と自分に言い聞かせた。泣いている場合じゃない。


「三日以内に証拠を揃えて、ブランデンブルク公爵に持っていく。それまでに、ヴェルナー侯爵の不正の全容を明らかにする。いい?」


「任せなさい」


「おう」


「はい」


 三人の返事が重なった。


 夜、一人になった執務室で、資料の最終確認をしていた。


 暖炉の火がぱちぱちと音を立てている。窓の外は雪が降っている。


 ドアがノックされた。


 エドヴァルドだった。今夜も、マグカップを二つ持って。


「まだやっているのか」


「あと少しです」


 エドヴァルドが向かいの椅子に座り、マグカップを差し出した。蜂蜜入りのハーブティー。いつの間にか、二人の定番になっている。


「噂のことは気にするな」


「気にしていません。事実じゃないことは、事実で覆せます」


「……強いな、お前は」


「強くありません。仲間がいるから、平気なだけです」


 エドヴァルドが黙った。


「俺も——お前の仲間に入るか」


 不意打ちだった。あまりにも不意打ちだった。


「もちろんです。陛下は——最初から、一番頼りにしている方です」


 言ってしまった。嘘ではないが、少し気恥ずかしい。


 エドヴァルドの耳が赤くなっていた。暖炉の火のせいだろうか。


「そうか。……なら、頼れ。もっと」


「はい」


 二人でハーブティーを飲みながら、暖炉の火を見つめた。


 言葉は少なかったが、静かで温かい時間だった。


 三日後に勝負が来る。それまでに、全てを揃える。


 ヴェルナー侯爵。あなたの不正は、もう隠せない。


 マグカップの底に残った蜂蜜が、金色に光っていた。

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更新頻度、文体のクセ、敵役の名前あたりを見るにAIを上手に手直ししたのかな?って疑ってしまう…ここで読むのやめちゃった なぜかAI小説、ヴェルナーって名前の適役多くない?
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