雷雷雷雷(ゴロゴロ)
その後のことは、よく覚えていない。
ただ、本能のままに暴れてしまった――。
右手に残るのは、何かを握り潰したような生々しい感触だけだった。
「……どこだ、ここ?」
重たい身体を起こそうと腹に力を入れた瞬間、右手に違和感が走る。
嫌な予感がした。ゆっくりと右手を目の前に持ち上げると――
「なっ……なんだ、これぇっ!?」
毛が異常に伸びている。
それだけじゃない。指一本一本が鎌のように鋭く、そして異様に巨大になっていた。
「……あの日だ。エースが殺されたあの日、俺の中の“何か”が……真っ黒に染まったんだ。」
記憶が、そこで途切れていた。
重たい右腕を引きずりながら部屋を出ると、そこは病院のようだった。
白い廊下。慌ただしく走るナースたち。担架が何台も運ばれていく。
「……なんだ、この光景。」
ぼんやり立ち尽くす俺に、一人のナースが気づいた。
「そこの患者さん!危ないです、どいてくださいっ!――って、あ!あなた、目を覚ましたんですね!?すぐベッドで休んでてください!」
言い捨てて、彼女は走り去っていった。
俺は言われた通り、病室に戻る。
白すぎるシーツが、妙に目に刺さった。
「……ルーシー……村長……みんな、どこにいるんだ?」
ぼそりと呟いたその時、棚の上から“カタン”と音がした。
ロボットのようなものが、床に落ちたのだ。
「……なんだ、これ?」
拾い上げると、頭部のモニターが突然光り、「ザザザッ」と雑音を発しながら映像を映し出した。
そこには、四人の人影。そして、中央に座るオールバックの男が口を開く。
『やぁ、この映像を見ているということは……君は目覚めたということだね。
寝起きの君にいきなりで悪いが――君の力が必要だ。ぜひ、協力してほしい。』
「なんだ政府のヤローかよ…」
思わず舌打ちし、放り投げようとした瞬間――
『待て。俺たちは政府でも軍でもない。むしろ……“反政府組織”だ。世間では我々を“反乱軍”と呼ぶ。』
「反乱軍……?」
『君はトロボット族の生き残りだね? “モア”からの情報によれば……君は暴走し、軍人を殺害した――』
その言葉を聞いた瞬間、胸が凍りついた。
「……はっ!! やっぱり……俺は……!アイツを殺してしまったのか…!くそっ!! こんなことになるなんて……!!」
怒りと後悔が爆発した。
右手が勝手に動き、棚を殴りつける。
――次の瞬間、棚は音もなく“切り刻まれていた”。
『そう自分を責めるな。あの少年も軍人の男もロボットなのだよ。データは国が保管している。外見などただの仮の姿だ。すぐに修復されるさ。』
「……そう、なのか……! よかった……本当に……!」
頬を伝う涙を、俺は拭うことができなかった。
右手が、刃のように鋭すぎて。
『本題に戻ろう。君の力が必要なんだ。そこは敵のアジトだ。
至急、今から言う住所に来てくれ。ブンキョー……1-30……ザザザッ……』
映像は雑音を残して途切れた。
その時、病室のドアが静かに開く。
「……なんでだよ……これじゃどこに行けばいいか、わかんねぇじゃねぇか……」
肩を落とした俺の前に、医者のような男が現れた。
「病院内にロボットのようなものを持ち込むのは……禁止されているんですよ。」
低い声が響く。
「す、すみません……」
「まぁ、いいでしょう。それより――ゼノム君、で間違いないね?」
医者らしからぬ、サングラスの男。
その目が、妙に鋭い。
「はい……。それより、ここは一体――」
「私の名前は、セバスチャンだ。……訳あって君を“連行”する。」
「なっ!? ま、待て! 一体何のつもりだ!?」
「アラリックさんは俺の師匠だった――! その人を、お前が殺したんだ!!」
セバスチャンの右手が伸びる。
“バチバチバチッ”と、空気が焦げるような音が鳴った。
直感が告げる――ヤバい。
俺はベッドの布団を掴み、思い切り投げつける。
そのまま病室を飛び出した。
「待てぇッ!!」
廊下を駆ける。だが、右手が重すぎてうまく走れない。
「ふふっ……その右手で、私から逃げ切れるとでも?」
セバスチャンの声が響いた。
そして、彼は叫んだ。
「ナースたちよ、仕事を辞めて――集まれッ!!」
その瞬間、廊下にいたナース全員が同時に動いた。
肩を組み、円陣を作る。セバスチャンもその輪に加わり、冷たく言い放つ。
「――“あのガキ”を捕まえろ。」
バチィィィィン!!!
電撃のような光が走り、ナースたちの目が虚ろに開いた。
次の瞬間――全員が一斉に俺へと駆け出した!
「は、はえぇっ!? な、何が起きてんだよ!?」
必死に走る。だが、ナースたちは超人的な速さで迫ってくる。
ギリギリで角を曲がり、どうにか巻いた。
「チッ……無能どもが……仕方がない。」
セバスチャンはポケットからティッシュを取り出す。
二、三枚を指でくるくると回し――
ふっと手を離した。
「……電撃。」
ティッシュが宙を舞う。
その紙片が両手の間に来た瞬間、セバスチャンは低く叫んだ。
「――《雷神》ッ!!」
ドゴォォォン!!
ティッシュが雷を纏い、鳥のような形を取った。
雷鳥は光の尾を引きながら、猛スピードで俺へと迫る。
「なんだ……この音は!?」
背後で“バチバチバチッ!!”と空気を裂く音。
振り返ったときには、もう遅かった。
「クソがっ――!!」




