大きな湖の下には、流された子達が眠っている
胸糞悪いお話が含まれますので注意
桜の散らない、ずっと春のような陽気の不思議な村がある。
そんな村には神様がいる。
神様は人間を愛してくれている。
だからこの村は、ずっとずっと食べ物に困らず豊かなのだ。
だが、一つだけ禁忌がある。
「この村の子どもは、湖に近づいてはいけない」
その湖には、『子どもたち』がいる。
生きている子供を見ると、仲間にしようと湖に引き摺っていってしまう。
それが嫌なら、湖に近づいてはいけない。
でも、私は。
「私も、連れて行って欲しいな…」
だって、虐待を受けているから。
お義父さんは、私にベタベタ触る。
お母さんは、お義父さんを取る泥棒猫と私を叩く。
「連れて行って、くれるかな」
私は、湖に向かって出発した。
この大きな湖の下には、流された子達が眠っている。
事情があって子を産みたくない女性達が、自ら流した子どもたちをここに沈めたそうだ。
不思議なものだ、この湖はこんなにもキラキラしていて美しいのに。
「………私も、行っていいかな」
透き通る湖から。
手が。
手が、差し伸べられた。
いくつもの、いくつもの手が。
「…ありがとう」
私はその手を取った。
瞬間、湖の底に沈められる。
ぐいぐい引っ張られる。
しかしその力は優しい。
息ができなくて苦しいとかもない。
「苦痛なき死か……」
苦痛はない。
息はできないけど、不思議と苦しくはない。
………まるで、眠るように意識を飛ばした。
「あら、起きた?」
「……?」
「子ども達が急にお客様を連れて来たから、どうおもてなしするか迷ったのだけど…とりあえず、お粥はいかが?」
美しいお姉さんが、お椀に粥をよそって匙と一緒にこちらへよこしてくる。
私は、特に濡れてはいなかった。
ただ、洋服が着物に着せ替えられているだけ。
「…いただきます」
何故だろう。
食べなければいけない気がした。
がっつく私に、お姉さんは笑う。
「あらあら、元気ね。これであなたも私の子どもたちの一人だわ」
「…黄泉竈食ひですか」
「あら、知っていて食べたのね」
「もう、家族の元へ戻りたくないので」
「そうね、それがいいわ」
お姉さんは、この村の神様だ。
湖に沈められた子達を憐れみ、自分のお稚児様として永遠に慈しむことにしたらしい。
もちろん村の民もそのほとんどを愛している。
だから加護をくださっていたそうだ。
でも、好きになれない民もいるらしい。
「あなたの親御さんのような、子を子として愛しめない親は嫌いよ」
それはそうだろう。
母性愛が神格を得たような方だから。
証拠に、この神域にいる子どもたちは皆幸せそうに笑っている。
笑って、私を輪の中に入れてくれた。
「だからねぇ…ちょっとだけ、バチを与えることにしたわ」
「どうぞお好きに」
私は親から解放されて、お姉さんのお稚児様になり、現世では得られなかったお友達もたくさんできた。
もう、お稚児様になった私に現世のことなど関係ない。
「そう、それはよかったわ」
それはそれは良い表情で笑う『姉様』に、現世の『元両親』をそっと憐れむ私であった。
「私は何もしてないわ!」
「俺だって何もしていない!」
「だが子供がいなくなっても行方不明届けすら出さなかっただろう!?」
「それは…」
「俺たちはただ…」
冷たい目を向けられる。
俺はただ、幼いあの子を自分の思い通りにしていたかっただけなのに。
逃げたあの子が悪いのに。
「湖であの子の遺体が上がった!親であるアンタらの責任だ!」
「う…うそ」
「し、死んだ…?」
「保護責任者遺棄致死になるかもな!?それもこれも自業自得だ!」
「え…私達罪に問われるの?」
「当たり前だろうが!」
とんでもないことになった。
こんなはずじゃなかったのに…。
「どう?元両親の末路は」
「今幸せなのでどうでも良いです、姉様」
「まあまあ、可愛い子」
ここでは何不自由なく、幸せばかりが満ちている。
もう、誰にも打たれない。
もう、誰にもベタベタ触られない。
ここには姉様がいる。
みんながいる。
「…もう、寂しくない」
「それならよかった」
姉様と、他のお稚児のみんなと。
穏やかな幸せを、これからも。
それが私の願いだ。