矢板日記
二人は松本の近くにある矢板の家へ到着する。矢板の家は大通りに面しており、立派な長屋門があって周囲を土塀で囲まれていた。三峯と矢板は家に入るや否や、すぐさま当時の家老、矢板善昌の書いた矢板日記を開いた。この矢板日記には矢板善昌の日常の出来事が河原日記と同様に断片的に書かれていた。今回は河原日記に書かれていた新しい内容に照らし合わせながらこれまでスルーしていた部分にも注目して読んでみる。
矢板の祖先の矢板善昌は片桐藩の藩主である信堅に家老として仕えていた。矢板日記には当時の信堅はまだ若かったが驕り高ぶることもなくいつも穏やかな人物であったと書かれている。数年前に先代藩主であった父と母を相次いで亡くしていたため、善昌が親代わりとなっていた。善昌は主君によく仕え、主君も善昌を信頼していたことが日記から伝わってきた。また、隔年で行われる参勤交代で信堅が江戸へ参る際には善昌も付き従っていたため、矢板日記には江戸での出来事と信州の片桐藩での出来事が1年おきに交互に描かれていた。
三峯と矢板は河原日記と同様に日記を読みながら空想の世界に入り、1841年ごろの江戸で信堅と善昌に起こった出来事を再現していく。
◇
春先のある晴れた日、片桐藩藩邸の縁側に座っていた藩主信堅は退屈に感じていた。冬が過ぎて大分暖かくなっており、江戸の至る所で桜の花が咲いていた。片桐藩の藩邸の庭先の染井吉野も花を咲かせており、その淡い桃色の花を見ながら信堅は後ろに控えていた矢板に言った。
「矢板よ、今日は天気も良く暖かいな。ちょっと散歩にでも行くか」
「はっ、殿。お供仕ります」
「うん、今日は代々木の方にでも行ってみるか」
「代々木と言えば大名家の屋敷が多い所ですな。女中の話では確か団子が旨い店があるようですぞ」
「おお、そうかそうか!散歩のついでにそこで団子でも食うか」
「ははっ」
団子に目がない信堅は足早に屋敷を出て行き、屋敷から半里ほど離れた代々木へ向かった。その道中、矢板は信堅に付き従い一歩後を歩いていた。
代々木に差し掛かったあたりに蘭方医が営んでいた診療所があった。繁盛しているようで建物の外にまで患者が並んでおり、患者たちは診察が行われるまでの間辛抱強く待っていた。診療所では一人の若い娘が働いており、外で座って待っている患者たちの病状を慌ただしく診ている。そこに談笑しながら信堅と矢板がよそ見しながら差し掛かると、患者を診ていて矢板たちに気が付かなかったその娘と信堅がぶつかってしまった。走っていた娘は衝撃で飛ばされて尻もちを搗く。一方の信堅も娘がぶつかった痛みで腹を抑える。はっとした矢板は信堅の様子を気にしながら刀に手を置き娘を責める。
「無礼者!こちらのお方は信州片桐藩藩主の、安曇信堅様であらせられるぞ!」
倒れていた娘はそれを聞いて平伏するかと思うと、立ち上がって矢板に言い返した。
「そっちもよそ見しながら歩いてたでしょ。何でこちらだけが悪いのさ!」
「うん?な、なんだと……。この娘!」
娘はかなりの剣幕である。か弱い娘と高をくくっていたが予想外の反応に矢板も一瞬怯む。
「ええい、この小娘が。殿に謝らぬか!」
「ふん、謝るのはそっちでしょ」
「なんという娘。ぐぬぬ、の、信堅様。これでは武士の面目が……え?」
矢板が信堅を見るとただ立ち尽くしており、気の抜けた顔でその娘を見ていた。
「信堅様!」
矢板が信堅の腕を掴み揺すると、信堅ははっとして我に返る。
「あ、おお、矢板。ん? お主何故そんなに怒っておる?ははは、よそ見していたこちらが悪かったのだ。そ、そなた、怪我はなかったか?」
「ふん」
娘は土埃の付いた着物を叩きながらかなり警戒している様子であった。
「あ、ああ。すまぬ。この矢板はいつもこうで。あ、せっ、拙者たち代々木を食べに団子まで……、あ、違……。ははは、ええと、その……」
「と、殿? いかがなされました……?」
支離滅裂なことを言う信堅をきょとんとして見ている矢板。そんな信堅の様子を顔をしかめてみている娘。信堅は右手を後頭部に当てながら、緊張して顔が引きつっていながら笑顔も混じっているような何とも言えない顔をして言った。
「あ、仕事の邪魔をしては申し訳ない。矢板、行くぞ」
と、カチカチに固まっていた信堅は矢板を急かしてその診療所を通り過ぎようとして数歩歩きだしたが、信堅は突然歩みを止めた。
「そ、そうだ。名前を教えて頂けないか?」
「え? ……山吹だけど」
信堅はその娘に名前を聞き、その娘は顔を横に向けながら、面倒くさそうに口をとがらせながら言った。
「山吹か。うん、いい名だ」
「あっそ。さっさと行って」
山吹は笑顔で話す信堅には気にも留めずにそそくさと仕事に戻る。しかし、もう一方の信堅にとっては女に一瞬で心を奪われるなど人生始まって以来の経験であった。信堅には正室がいたが、親が有無を言わさず決めた相手であった。心根が素直な信堅は親が決めた人生が当たり前だと思っていたが、その考えは山吹の前で砂埃を上げながら崩れ去っていた。
山吹との一件があって以降、信堅は矢板が何を言っても上の空であった。代々木の団子屋に着いて好物の団子を目の前にしても一口も食べなかった。
「ああ、春か……」
と、団子屋の前に植えられていた満開の桜の木を見ながら一言呟いていた。
「殿、しっかりしてくだされ! ああ、春は気迷い人が多いと言うが、こういう事か! 殿、殿は片桐藩6万石の大名ですぞ! 町娘ごときにうつつを抜かすなど言語道断!」
ここまで露骨であると鈍い矢板もさすがに気づき主君を窘める。しかし、信堅は一向に聞く気を持たない。
それからの信堅は止める矢板たちに耳を貸さず、藩主という立場を忘れて山吹の元へと通い続けた。いや、流石に藩主であることが周りにバレるとまずいと思ったのか、背丈の近い家臣の普段着を借りその服を着て山吹の元へと通っていた。時には偶然に通りかかった風に、または偶然病気になったと言う風に。
殿様である信堅には恋愛が分からず、ただ山吹に会って話ができればいいと言う塩梅である。これまで世間と隔絶して生きてきたため女心など分かるはずもない。どう接すればいいか分からなかったが、とにかく山吹の顔を見たい一心の行動であった。
山吹にとってはいい迷惑であり、実際かなりうんざりしていた。山吹自身、若くて美人であったため言い寄ってくる男は沢山いたが、断る理由は言わずに全て断っており、まるで人を避けているような態度であった。一方で、普段はきつい性格をしているのであるが患者には献身的であり困った人を見ると、いてもたってもいられなくなる、そのため病で苦しんでいる患者やその家族たちからは非常に慕われていたのであった。
父親は山吹が働く診療所の医者であり、若いころは長崎で西洋医学や本草学など医学の勉強していた。腕は確かで漢方薬にも精通しており、蘭方と漢方を上手く取り入れて治療を行っていた。山吹はこの父親の仕事を手伝っている内に蘭方と漢方に通じるようになり、父親の助手として診療所を切り盛りしていたのだ。
そんな気の強い山吹である、信堅がやってきてもかなりきつく言い追い返していたのであるが、懲りずに信堅はやってくる。今度こそ二度と来ないようによりきつく言ってやろうと思っていた矢先に、代々木で火事が発生した。山吹の診療所の近くから出火し、強風に煽られて気づくと診療所が火に包まれていた。診療所の中には様々な蘭学の書物があり、焼けてしまう。そこに信堅が駆けつけていた。大切なものが焼けると取り乱している山吹を見て、信堅は火の中に飛び込んだ。しばらくして医学書の入った葛籠を持って火の中から出てきた信堅の身体の至る所に火傷があった。
「あ、ありがとう……」
泣きながら感謝する山吹。そんな、惚れた相手である山吹が感謝している姿を見ながら信堅は喜んでいたのであるが、その日の夜からなぜか数日間書斎に引きこもってしまった。昼になってもいつものように屋敷を出る気配がなくずっと静かなままであった。火傷の手当てをしながら心配する矢板たち家臣だが、何を聞いてもずっと黙ったまま頭を抱えて何か考え込んでいるようであった。
数日後、信堅は決心したように叫ぶと、家臣たちが止める暇もなく再び屋敷を飛び出して行ってしまった。そして、しばらくして藩の屋敷に山吹がやってくるようになったのだ。来客としてやってきた山吹を見て矢板は目をぱちくりしてきょとんとして呟いた。
「はてさて、女心と秋の空とは良く言ったものよ」
完全に脈無しと思っていたのであるが、目の前の二人は一緒にいる時間を仲睦まじく過ごしていた。その様子を日記に記そうとしたが、そののろけた様子を日記に書くのにはいささかためらいを生じ、筆を持つ堅物の矢板の手に変な力が入る。
程なくして山吹を側室として迎え入れることになり、山吹を一度近隣の大名家の養女としてから信堅の側室とした。結婚以降、信堅は山吹と仲睦まじく暮らし、一年間の参勤交代の期間が終わると信堅は信州の片桐藩へ戻り、山吹はそのまま江戸の藩邸に残り藩邸で生活した。信堅が片桐に戻っている間は週に一回の頻度で手紙のやり取りをしていた。その溺愛ぶりに矢板は多少うんざりしていたが、別に悪いことでは無いので放っておいた。
ある日、信堅と共に山吹は目黒不動尊に参拝へ行った。そこで山吹はデッサンをしている浮世絵師を見つけた。デッサンをのぞき込むとその構図と精緻な筆遣いに息をのんだ。興味を持った山吹は、信堅と共にその浮世絵師と話し込む。その浮世絵師はなんとかの葛飾北斎と並び称され、当代最高の浮世絵師として名高い歌川広重であった。馬が合うようで、三人は楽しそうにしばらく話し込んでおり、矢板は近くに座り微笑みながらその様子を見ていた。
そんな春のような生活が続いていたが、幸せは長く続かなかった。
結婚して数年後、信堅が片桐藩に戻っている時に突然山吹が亡くなった。体調を崩してからわずか数日で死んでしまったのだ。遺体は荼毘に付された後、遺骨は江戸から信州の片桐へと運ばれ、信堅の菩提寺に埋葬されることになった。
曇った灰色の空が憂鬱な矢板の心を表しているようであった。夏の暑さはすでになく風は寒気を含んでおり、木々には紅葉が見えつつあったある日、矢板は山吹の遺骨の入った桐箱を持ち、供の者数名を伴い悲しみに暮れる主君の待つ片桐へと戻っていた。
矢板一行は秩父往還を使い、甲州を経由して信州まで行くことを選択し、内藤新宿で甲州街道を分かれて青梅街道を田無へ向かい、田無から高麗郡を経て正丸峠を越えて秩父へと出た。そこから荒川に沿って敷かれた秩父往還を進み、奥秩父に差し掛かると矢板は奥秩父の入り口である贅川宿で宿をとった。すると、その宿の隣から女の苦しむ声が聞こえてきた。何事かと思い外に出てみると、うめき声のする家の外に頭を抱えて座っている歳を取った男がいる。矢板はその男が気になり声をかける。
「どうした?」
「……」
男は矢板の言葉に気が付いていないようである。矢板はしゃがみ込んで再び声をかける。
「おい」
「あ!?」
男ははっとして頭を上げ、矢板を見る。
「何があった?」
「ああ、今おらの娘が出産中だが、どうやら逆子で出てこねえ。産婆も逆子を取り上げた経験がなく、金もねえから医者にも頼めねえ」
「そうか、それはいかん。よし、拙者が診よう」
「え? お侍様がか? 診れるんか?」
「少し心得がある」
「そうか、それはありがてえ」
その男の顔には驚きと共に笑顔が浮かんだ。
「邪魔するぞ」
矢板は男の家に入っていくと、男の娘が重ねた布団にもたれ掛かっており苦しそうに声を上げていた。
「大丈夫か?安心しろ」
矢板は娘に優しく声をかけると、娘は荒い息遣いと共に苦しそうな目で矢板を見る。
「さあ、ここに横になるがよい」
矢板は娘を仰向けに寝かすと、慣れた手つきで両手で腹を回すように押し、赤子の位置を変えた。
「これでいいだろう」
「お侍様、ありがとうごぜえやす。良かったな梓。もう少しだ、頑張れ」
父親の励ましを聞くと、梓は呻きながらも小さく頷く。しばらくすると産婆が言った。
「あ、頭が見えてきた」
「おお、もう少しだ。」
「梓、しっかり気張れ」
矢板も男と共に梓を励ます。赤子は徐々に頭を出してきて遂に全身が出てきた。産婆が取り上げると暫くして元気の良い泣き声が家の中に轟いた。
「でかしたぞ、梓。ははは、初孫じゃ」
「はあはあ、おとっつあん。やったよ」
男は喜び、汗だくの梓の顔には大きな仕事をやり遂げた清々しい表情が浮かんでいた。産婆は用意していたお湯で取り上げたばかりの赤子を洗うと、木綿に包んで梓に手渡した。赤子は梓の腕の中で泣き続けていた。
「お侍様、ありがとうごぜえやす」
「うむ、無事生まれて良かった」
「あ、お侍様、お名前聞くのを忘れていました。おらは三吉と言います」
「拙者は信州片桐藩家老の矢板だ」
「おお何と、ご家老様と。これは何と立派なお方じゃ」
「赤子も無事だったことだ、拙者はそろそろ行くぞ」
「お侍様、今夜は贄川で宿をとるおつもりか?」
「ああ、今夜はここで宿を取り、明日出発する」
「そうですか、沢山の荷物をお持ちの様で。せっかくですので甲府まで荷物持ちをさせてくだせえ。せめてものご恩返しです」
「そうか、好きにせい」
「ありがとうごぜえやす。そいじゃ、梓。明日からこちらのお侍様の荷物持ちとしてちょっくら甲府まで行ってくる」
「そうかい、おとっつあん。あたしの分もしっかり働いてくれよ」
翌日、夜明けと共に矢板は三吉と共に贄川宿を出発した。
その後、矢板たちは栃本の関所を通り、秩父往還最大の難関である雁坂峠を越えて甲斐国へと入り、塩山、石和を経て甲府へ至った。そこで三吉と分かれて甲州街道を通り諏訪へと抜けて片桐まで到着した。
その後、山吹の遺骨は信堅の菩提寺で手厚く弔われ、暫くして信堅は藩主を弟に譲り出家してしまった。矢板も主君の後を追うように家督を息子の善村に譲り、隠居した。
◇
ここで矢板日記は終わっていた。
現実世界へと戻ってくる三峯と矢板。
「う~ん、しかし女心は分からんね。山吹はあれだけ嫌っていた信堅と急にくっつくんだから」
「まあ、危険を顧みずに火の中に飛び込んだらそうなるんでしょうかね? 時代劇じゃありがちな展開ですよ、ははは」
「そんなもんかね。火の中に飛び込んで株を上げた信堅が落ち込むのも分からんし」
「そうですね、他にもなぜ矢板が逆子の扱いができるのか、出産の手伝いをするのかなど疑問がありますね。そもそも逆子を取り上げたからと言って三吉が甲府まで付いてきますかね?」
「その点も疑問だな。ただ、一つ収穫があったのは信堅と山吹、そして矢板は江戸で歌川広重に会っていた、という事か」
「はい、しかも会った場所が目黒不動尊。確か、歌川広重が書いた幕絵も目黒不動尊だったような? ……ちょっと待ってください、ググって確認してみます」
三峯はスマホを取り出すと歌川広重と目黒不動尊の検索を始めた。
「あ、やっぱりだ! 甲府の道祖神祭りのために歌川広重が書いた幕絵の題材に目黒不動尊があります! その幕絵は山梨県の県立博物館に所蔵されているそうです。幕絵が描かれた年は……えっ!? 矢板さん、幕絵は天保12年、つまり1841年に描かれていますよ!」
「な、なんだと!? 天保12年だと? うちの先祖と三峯君の先祖、さらには松代藩の殿様と重臣たちに加えてさらにあの歌川広重も同じ年に甲府にいたと言う事か!? そして道祖神祭り……。うん、偶然にしては出来すぎている」
「他にも山吹の遺骨を持って江戸を出る話もちょっと妙ですね」
「妙? どこが妙なんだね?」
「はい、善昌が通った秩父往還ですが非常に険しく、日本でも有数の難所である雁坂峠を越えなければなりません。江戸から信濃へ行くなら普通は中山道か甲州街道を使いますよ。秩父に住んでいるのでたまに聞きますが、雁坂峠を越えたことがある人はよっぽどの登山好きです」
「ふむ、そういわれてみるとそうだな。家老ともなれば別に関所を通ることも簡単だろうし、普通は楽な街道を選ぶわな。それに山吹の遺骨を抱えての峠越えだから尚更か」
「しかし、見方を変えれば善昌は最も手薄な街道を選んだことになるんです」
「……なるほど」
「それに、参勤交代が終わり殿様の信堅と一緒に片桐藩に戻ったはずの善昌がなぜ江戸にいるのです?よっぽど大事な用事が無い限り殿様と共に国元にいるのではないでしょうか」
「うん、その点は理由も書かれていないし、私もおかしいと感じていた」
「そして、秩父から一緒に甲府へと行った三吉が死んでしまうが、その詳細が書かれておらず、河原日記によれば何故か松代藩の真田幸貫の手によって埋葬されると言う」
「う~ん、私にはさっぱりわからんよ、三峯君」
「……何かがある。隠された何かが……」
三峯は呟いた。しばらく静寂が続いた後、三峯が唐突に提案した。
「そうだ、矢板さん。明日は歌川広重の幕絵を見に山梨の県立博物館へ行ってみませんか? 一体幕絵に何が書かれているのかこの目で確かめましょう」
「お、それは面白そうだ。私は隠居していて暇なので一向にかまわんが、三峯君は大丈夫かね?」
「明日は大学の講義が無いので大丈夫です」
「おお、そうか、是非行こう! 明日が楽しみだな。それはそうともう夜も遅いし……。ん?」
と矢板は言いながら手でお猪口を持ったしぐさをしつつそのお猪口をくいっと飲み干して見せた。
「どうだね? ん?」
矢板はにこにこしながら三峯に言う。
「ふふっ、いいですね。吞みましょうか」
「おお、そう来なくちゃね。今日は古い友人から松茸が届いているぞ」
「松茸ですか、それは楽しみです! 貧乏暮らしなので松茸は久しぶりのご馳走ですよ」
「うんうん、そうかそうか。ご馳走と言えば他に蜂の子とイナゴとカイコとざざ虫の佃煮もあるぞ。これで長野の日本酒を飲むとたまらんね。はっはっは。」
「え? こ、昆虫ですか…」
「最近はサステイナブルと言うのかね、こういうの。なんだかよくわからんがやっと世界がこの長野に追いついてきたと言うことだ。わっはっはっは」
「はは……、サステイナブル先進地域ですか…」
と上機嫌で笑う矢板を横目に三峯の顔は引きつっていた。