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魔王のおでかけ1


「とりあえず町だね」


 城を出てから崖を登って大穴から這い出て、リオがいつも通っている町——レギスに着くまで数時間といったところか。観光客などを連れて行くと半日はかかるが、フィランダーはリオと同じ速度で進んでくれる。


「馬を借りられないか聞いてくるよ。ちょっと待ってて」

「ああ、ありがとう」


 そう言ったフィランダーが手を出したので、リオは持っていた袋を彼に渡す。


 最初はリオの頭に乗っていた猫——蒼玉は、途中から準備していた袋の中に収まっている。まん丸になって眠っているのだろう。中からは身動き一つ感じられない。フィランダーは手にした袋を覗いてから、肩をすくめる。


「こいつは楽そうでいいな」

「だね。移動中はほとんど寝てるよ」


 城にばかりいてもつまらないと言って、蒼玉はよく外に出ている。リオのことは楽に穴の外まで移動できる乗り物だとでも考えているようで、たまにこうして運び屋をさせられるのだ。気が向いた時にはご飯を作れとも言われるし、よく勝手に食材がなくなったりもしているのだが、リオは蒼玉のことが嫌いではない。


 黒曜はリオのことを嫌っているし、琥珀にとってはリオの存在は鬱陶しいものだろう。だが、蒼玉だけはリオを役に立つと言ってくれる。完全に道具として見られているのは分かっているが、道具だろうがなんであれ役に立てるのは嬉しいことだ。


 リオはその場を離れて知人の元へ向かう。付近の町との連絡手段などのために、何頭か馬は準備されているのだ。金さえ払えば貸してくれるし、基本的には使われていないからだいたい空きはある。話をするとすぐに快諾してくれて、二頭貸してくれた。


「お待たせ」

「馬を借りれるんだな。馬車がくるのを待つか、歩くしかないと思ってたよ」

「馬車は何日かに一度はくるけど、決まってはいないみたいだからね。昨日は来たって言ってたから、今日は来ないんじゃないかな」


 フィランダーに一頭の手綱を手渡してから、町の外と向かう。


 実際のところフィランダーと蒼玉だけであれば馬車を待っても良いのかもしれないが、リオは一緒に何日も待っていては眠ってしまう。レギスの町より外に出る機会などほとんどないし、フィランダーと出かけられるのは心強い。楽しそうでもあるし、途中で力尽きて眠ってしまうまでは、一緒に行きたいとお願いしたのだ。


 そのためにも昨日まではさんざん寝ためてきたのだが、それはそれで体はだるいし何なら眠い。


「馬を借りていくのは良いが、返すのはどうするんだ?」

「隣の町に預ける。そこからは馬車も出てるし、お金さえ出せばこっちまで行商人が一緒に運んでくれるよ」


 馬上からフィランダーと会話をしながら、周囲の木々を見回す。暗い森の中を抜けるような道だが、一応は人や馬車も通れるように整備されている。それだけ昔から町への行き来があったのだろうし、魔王退治に来る人がいたということだろう。


 レギスの町より外に出るのは久しぶりだ。


 何年も前に城を飛び出して逃げたのが二度ほどあるが、それ以外はほぼ城に閉じこもっていた。魔王の城に連れて来られるまでは離れた街で暮らしていたので、実のところこの周辺の地理は分かっていない。ただ、町で何度か地図を見せてもらったことはあるし、周辺の町や村の情報も聞いている。ほぼ一本道だから迷うこともないだろう。魔王の城がある奈落に近いこの辺りはだいぶ国の辺境に位置するらしいから、町から一番近いクラムという町でも着くのは夕方だ。


 途中で馬の休憩を挟みながらクラムに到着する。


 予想通りに日も暮れかかっており、すぐに宿をとった。馬を預けてから、一緒に翌日の馬車の座席も確保する。しばらくまたお金が底をつくことは覚悟していたが、フィランダーがリオの分まで払ってくれた。傭兵として長らく働いていたという彼は、蓄えでもあるのかさほどお金に困っているようには見えない。


「いいの、お金」

「ああ。無くなったらまた働くだけだ」

「何して働くの? 傭兵?」

「いや。組織に所属してないフリーの傭兵は歓迎されないからな。実力さえあれば採用はされるだろうが、今のところまだ手は出してない。適当な仕事を斡旋してくれる知人がいるから、そっちで暮らせてるよ」

「フィランダーなら何でもできそうだね」

「頭でなく筋力で解決できそうな仕事ならな」


 そう言って彼は肩をすくめる。


 いつも落ち着いた話ぶりは賢そうにも思えるのだが、確かに商売や接客などは向いていないだろう。ふっと笑うことはあっても、基本的に愛想はない。にっこりとした愛想笑いを浮かべる姿はとても想像できないのだ。それに加えて明らかに強そうで怖そうな彼が表に立っていれば、客は一人も近寄れまい。


「俺にも筋力があればなあ」


 我ながら貧相に見える細腕を曲げる。


 読み書きすらできないリオも、頭を使う仕事なんてできない。それでいて日雇いの鉱夫や荷運びなんて筋力で解決できそうな仕事にも手が出ないから、やれる仕事は限られるのだ。接客業ならやれるかもしれないと思うのだが、いかんせん瞳の赤が目立ちすぎる。目を隠すためにつけているゴーグルすらかなり目立つのだ。


 結果、魔王の城への案内人という怪しい仕事をやっている。まともな人間がやらなそうな怪しい仕事だけに、四六時中ゴーグルをつけていたところでさほど怪しまれてはいない。とはいえ職業をぶら下げて歩けるわけでもないから、初対面の人間が不審そうに見てくるのはデフォルトではある。


「あんな崖を往復してるわりには細いよな。栄養か睡眠が足りてないんじゃないか」

「それはどっちも足りてる気はしないけど」


 そんなことを言っているうちに、道沿いに並んでいる店からいい香りがしてきて、リオはそちらに足を向けた。いつもと違う町が珍しくて特に目的地もなく歩いているのだが、フィランダーも何も言わずについてきてくれる。


 日もくれる頃だというのにゴーグルをつけて歩いているのはやはり目だつ。


 レギスの町だとだいぶ慣れてはいるが、それでも外を歩くのは不安だった。目が赤いのを見られるのではないかとか、リオが魔王であると気付いた何者かがリオに襲いかかってくるのではないかとか、色々と考えてしまうのだ。城の中だと琥珀が守ってくれるが、城の外だとそうはいかない。別に魔王退治に来た勇者でなくとも、リオ一人くらいならその辺の村人でも捕えられるだろう。


 その点、フィランダーが側にいるのは安心感が違う。


 剣を下げて歩く彼は近寄りがたいオーラがあり、すれ違う人の方が大きく避けて行く。ここはほとんど知らない町で治安がどうかも知らないが、彼は一人で魔獣に立ち向かえるような男だ。悪人が襲ってこようが獣が襲ってこようが全く問題ないに違いない。


「美味しそう」


 露店に並べられている料理がどれも美味しそうで、リオは目を輝かせる。一人で来ていれば緊張してろくに食事を選ぶことなどできなかったろうが、フィランダーが近くにいると安心して散策ができる。きょろきょろと店を見回していると、フィランダーが後ろから声をかけてきた。


「腹も減ったしここで食べてくか?」

「いいの?」

「食ってデカくなりたいんだろ」

「これを食べたらフィランダーみたいに大きくなれるかな」

「そんな魔法があるといいな」


 彼はそう言って肩をすくめてから、店主に声をかける。案内された席に腰をかけて料理を注文すると、手に下げていた袋がもそもそと動いた。ひょっこりと顔を出した猫——蒼玉は、リオを見上げて、にゃあと小さく鳴く。


 普通は店内に動物は連れ込めないだろうが、座っているのは店の外に置かれた椅子だ。周囲の席に客がいないことを確認して、声をかけた。


「蒼玉も食べたいの?」

「にゃあ」

「俺らが食べた後に持って帰ってやるから待ってろよ」


 フィランダーがリオに気づいたようでそんな声を出したが、袋から応える「にゃあ」という声は幾分不満そうにも聞こえる。蒼玉は体を捻るようにして袋から出てくると、ぴょんと飛び降りた。真っ白な毛並みは暗くなってきた道でもよく目立つ。


「にゃあ」

「なんだよ」

「お腹すいたーって言ってるんじゃない」

「こいつは腹なんかすかねえって言ってたぞ。別に食わせてやる必要なくないか」

「にゃあ」

「あ、怒った」

「よく分かるな。魔王は猫語が話せんのか?」

「話せなくても分かると思うけど」


 明らかに尻尾を立てて怒って見せているのだが、フィランダーはそれを見てもピンとこないようで首を傾げる。それを見上げた白猫は、リオの膝の上に乗ってからまん丸の瞳を睨みつけるように細めた。


「野良猫があんまりうろうろしてっと摘み出される——おわ」


 白猫がフィランダーの顔面目掛けてジャンプした。すぐ近くからの奇襲だったが、フィランダーは一瞬で反応した。リオは目を丸くすることしかできなかったが、フィランダーはぎりぎりのところでかわす。だが、猫の爪がフィランダーの顔に掠った。


「いって」


 額を押さえたフィランダーが、地面に着地した蒼玉を見下ろす。さすがに怒るのではないかと思ったが、フィランダーは苦笑するようにしているだけだ。


「油断してると攻撃してくるってのは、猫になってもかわんないのな」

「城でもいつもなんか投げてきてたもんね。大丈夫?」

「ぜんぜん大丈夫だが、あんまり大丈夫じゃない」

「どういうこと?」


 フィランダーが手を外すと、額に赤い三本線ができていた。端から血が流れているからそれなりに深く引っ掻かれたのだろう。フィランダーも血のついた手のひらを見下ろして眉根を寄せる。


「うわあ、痛そう」

「痛いは痛いが、それよりこんなところに傷をつけないでほしいんだが」


 持っていた荷物から布を取り出して渡してやると、フィランダーはそれを額に当てる。フィランダーの短髪で隠せるわけもないし、顔の真正面についた綺麗な三本線はしばらく目立つのではないだろうか。


「目立ちそうだね。包帯でも巻いてみる?」

「どっちも格好悪いな」

「にゃあ」

「ざまあみろって言ってるんじゃない」

「なるほど、確かに今のは俺にも分かった」


 地面から見上げていた白猫は、店主が料理を運んでくるのが見えるとささっと姿を隠す。だが店主が狭いテーブルに料理を並べていなくなるとすぐに戻ってきた。テーブルの空いた隙間に飛び乗った白猫は、フィランダーを見上げて「にゃあ」と鳴く。


「どうぞお食べください」

「だいぶ猫語が分かってきたでしょ」

「猫語というか、こいつのことがな」


 当然のように頷いて食べ始めた猫に、フィランダーは苦笑する。いくら見た目は猫でも相手は魔獣だ。フィランダーが鬼のように強いのだとしても蒼玉には関係ないのだろうし、人間なんかの思い通りには動かないということだ。


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