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城を守る魔獣4


「なんかいる」


 食堂に入るなり、男性の声がした。


 椅子にふんぞり返って座り、食堂の立派なテーブルに靴を履いたままの足を乗せているのは、フィランダーが見たことのない男だ。ひらひらとした衣服に、彫像のように整った顔立ち。男にしては長い髪をゆるく束ね、耳飾りや腕輪などをつけた派手な雰囲気は、どこぞの貴族様かといったところだ。が、いくら偉くとも貴族がテーブルに足を投げ出しはしないだろう。


 白い肌に蒼い瞳。


 この城に普通の人間が入り込まないことを考えれば、魔獣には違いない。全体的な白さも、かつて見た空の色のような青い瞳も、思いつくのは蒼玉と呼ばれる白い魔獣か。


「人間がこんなところで何してる?」

「食事に来た。蒼玉(セイギョク)か?」

「人間に馴れ馴れしく呼ばれる筋合いはないが、そんな名前だったかな」


 彼はそう言うと、テーブルから足を下ろした。普通に食卓につくような姿勢になると、何気ない仕草でテーブルの上に手を置く。


「——!」


 瞬間、何かが空気を裂いて飛んでくる。フィランダーの喉元を狙ったそれを、目で捉えるというよりほぼ反射で避けた。後ろの壁で何かがぶつかる甲高い音がした。背筋を緊張させたまま男を注視していると、彼は楽しそうに口の端を上げる。


「目が良いな」

「……何を投げたかは見えなかったよ」

「フォークだ。刺さっても死にはしないと思うけどな」

「あのスピードなら、スプーンでも殺せるんじゃないか」

「人間は造りが脆いからな。だが、あんたはなかなかしぶとそうだ」


 そう言った男がテーブルに乗ったカトラリーをまとめて掴んだので、フィランダーは思わずその場を飛び退いていた。ナイフなど数本が一気に指先から放たれる。フィランダーの頭をすれすれで掠った金属は、背後で大きな音を響かせる。壁に穴でも開いているのではと思うほどの衝撃に、ひやりと体が冷える。


 数歩動いてから、ドアの向こうまで引き下がる。何かを投げられてもすぐに隠れられる位置まで移動してから、フィランダーは相手を観察した。彼は座ったままその場を動いてもいなかった。テーブルには常に五名分のカトラリーが並べられているが、投げたのはせいぜい一人分だろう。他の席にはまだ残っており、彼も手の中でナイフをくるくると回している。


 手だけの力でよくもあれほどのスピードで投げれるものだ。


「名を呼んだことが気に食わなかったのなら謝るが」

「別に。好きに呼べば良い」

「人間なんかが部屋に入るなということか?」

「そんなつもりもないな。飯を食うんだろう、座れよ。一緒に食べよう」


 手にしたナイフで彼の目の前の席を示される。


 普通に考えれば、食堂に戻ればそのナイフを投げてくるのではないかと思うのだが、彼は青い瞳で挑戦的にこちらを見ている。面白がっているようにも見える相手に、フィランダーは警戒しながらもドアの中に入った。


「そう構えるなよ。単なる挨拶代わりだよ。城に単身で乗り込んでくる人間がどんなやつかなって」

「あんたの眼鏡に適ったか?」

「反応速度は気に入った。名前は?」

「フィランダー」

「覚えられれば覚えよう。二度も城に入って来た人間は貴重だからな」

「一度目を覚えていてもらえたのは光栄だな」

「なかなか美味かったからな」


 さらりと言われて、フィランダーは眉を上げる。


 冗談だと思いたいが、白い魔獣には肩口に噛みつかれて食い破られていた。魔獣は虎に似た生き物だった。肉食の獣であれば、人間の血肉を食らってもおかしくはない。


「……今日のメインディッシュは俺じゃないよな」


 手元のナイフに警戒しながら、彼の目の前の席につく。するとちょうど廊下から足音が聞こえた。軽い音に、振り向かずともそれがリオのものであることはわかる。


「何してるの、フィランダー。すごい音したけど大丈夫?」


 リオはそう言った後、「蒼玉!」と言った。フィランダーと同じで入って初めて男に気づいたのだろう。


「久しぶりだね」

「そうだったか? それより腹が減ったな。なんか食べさせろよ、リオ」

「いくつも壁に穴があいてるけど大丈夫?」

「体に穴があいてないなら大丈夫だろ」

「フィランダーも大丈夫?」

「まだ体に穴はあいてないな」

「それなら良かった」


 そう言ったリオに、蒼玉はテーブルの上にあるスプーンを掴むと、ぽんと放り投げた。くるくると回ったそれは、ちょうどリオの額に当たる。カン、と小気味のいい音がして、リオはその場で頭を抱えた。


「痛っ! 何すんのさ」

「相変わらずどんくさいな。普通なら脳天を串刺しにしてやるとこだよ」

「怖いなあ」


 リオはそう言ってから、食堂を通って厨房の方へと向かう。もともと二人で食事にしようとしていたが、蒼玉もリオが来ると知って顔を出していたのだろうか。また二人きりに戻り、フィランダーは相手の手元を注視しながら声をかける。

 

「黒いのや琥珀は何も食べなさそうだが」

「俺も何も食べなくても死にはしないけどな。別に腹もすかないが、人間の食べ物は悪くない」

「それを聞いて安心したよ」

「生肉も悪くはないよ」


 そう言ってにやりと笑った蒼玉に、フィランダーは苦笑する。相手が人間でないと分かっていても、自分の体を食べたというのはぞっとする話だ。


「どっちが美味い」

「それは調理された方だな。生きたまま食われたくなければ、城に食料をストックしておくことだ」

「外に出て食料を調達してこいって?」

「二度も城に入ってるということは、犬くらいは躱せるんだろう」

「犬?」

「いちいち律儀に飛び出してくる番犬だよ」

「黒曜のことか。あんたは飛び出してこなかったな」


 二度目に城に入ってくる時に白い魔獣は襲ってこなかった。フィランダーの視線を受けて、彼は肩をすくめる。

 

「一度は城も琥珀もリリースしたやつだ。放っておいても問題ないだろ。問題があると思えば、城内で対処するだろうしな」

「あんたは黒いのみたいに、侵入者があれば呼ばれないのか?」

「呼ばれるぜ。あんたが入るのも見てたよ。だが、侵入者を倒せというところまでは強制されないからな。いちいち呼び出されるのは面倒くさいが、仕方ない」


 そう言って軽く眉根を寄せて見せたが、言葉どおりさほど気にした様子はない。大半は黒曜が撃退しているのだから、蒼玉が呼ばれることはほとんどないのだろう。


「普段はどこにいるんだ? 城の中か?」

「半々ってとこかな。城の中で寝てるか、適当に外に出てふらついてるか」

「そとって城壁の外か?」

「ああ。いろんな町を歩いてるよ」

「その姿で?」

「だったら良いんだけどな」

「じゃあ獣の姿でうろついてるのか?」

「まさか。そんなんで町に入ったら騒ぎになるだろ」


 軽く笑った蒼玉に、フィランダーは首を傾げる。目の前の人間の姿でも目立つことこの上ないが、魔獣の姿で町に入れば大騒ぎどころではない。今ごろフィランダーの耳にも入っているだろう。だが今の人間の姿でもなく、白い魔獣の姿でもないとなると、他にも変身できるということなのだろうか。


「どういうことだ?」

「近いうちに町の外まで連れてけよ。見たいならそのときに見せてやる」

「案内しろってことか? 別に構わないが」


 同行したいという蒼玉の言葉を意外に思いながらも、フィランダーは頷く。


 黒曜などは完全にフィランダーを敵とみなしているし、琥珀は人間には干渉しない、というスタンスだ。それに比べると蒼玉は随分と馴れ馴れしい気がする。


 彼はリオのことも名前で呼んでいた。琥珀はリオのことを「あれ」と呼ぶし、黒曜などはクズ虫なんて呼んで毛嫌いしていたが、蒼玉は少なくとも人間だからというだけで軽蔑している雰囲気はない。


 出会い頭に体に穴を開けようとしてくる危険生物ではあるが、町に出入りするほどには人間に慣れているのだろう。


「決まりだ。意外と使い道はありそうだな、フィランダー。気に入った」


 彼は偉そうにそういうと、二本の指で摘んだナイフを無造作に放ってくる。先ほど程の速度はないものの、顔面に向かって飛んできたそれをなんとか受け止めると、楽しそうに口笛を吹くような仕草を見せる。


「ナイスキャッチ」

「……蒼玉のお気に召したようで光栄だよ」


 一緒にいるといずれ体に穴を開けられそうな気はするが、少なくとも気に入ってはくれたらしい。ふっと息を吐きながら、ナイフをテーブルに置いた。


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