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城を守る魔獣2


「だが、俺以外にも魔王退治にくる人間はいるだろう。大勢で押し寄せられたらどうするんだ? 城を守る魔獣があんなのしかいなければ、すぐに城内には入られそうな気がするんだが」

「——あんなの!?」


 急に第三者の声が割り込んできて、フィランダーは入口の方を見やった。


 黒い、というのが第一印象で、獣の姿をしている時とそこは変わらない。黒い髪に浅黒い肌、身に纏っているのも全身黒色の軍服のような服だ。いつも同じ服を着ているし、魔獣の姿から人間の姿に変身した瞬間も裸ではない。服も体の一部のようなものだろうか。


 瞳の赤がぎらぎらと光る。明らかに怒りは見えるが、すぐさま飛びかかってはこないのは、フィランダーの剣を警戒しているからか。


「クズがふっざけるなよ! 朝っぱらから呼び出しやがって、やられそうになったらすぐ尻尾を巻いて逃げやがる! その負け犬のくせに、あんなんだと!?」


 吠えるような大声は、魔獣の姿の咆哮と同じだ。魔獣の時ももしかしたら何かしら罵声を叫んでいるのかもしれない。常に叫んでいるのも疲れそうだなと思ってから、フィランダーは包帯を巻き終わったリオから手を取り戻す。


「ありがとう、リオ」

「どういたしまして。包帯もタダじゃないんだから、あんまり怪我しないでよね」

「それは悪かったな」

「無視すんじゃねえ!」


 部屋に入ってきた黒曜に、フィランダーは剣を手元に引き寄せる。相手はフィランダーと同じくらいには長身だし、体つきからして力も強いに違いない。剣を持っていれば負けないが、素手での接近戦は分が悪い可能性はある。


 フィランダーは黒曜に向き直ってから、首を傾げる。


「数人なら防げるかもしれないが、せいぜいそれくらいじゃないのか? こないだの五人組はさほど強くもなかったが、それなりの腕の勇者が五人もいれば、簡単に突破できそうだが。雑兵でも百人かければ半分は城壁を越えられる」

「見てきたようなこと言いやがって! 百人くらいの敵は普通に相手にしてたわ!」

「どんな最弱の部隊だよ」

「まじで俺のこと舐めてやがんな……。ちょこまかと逃げれるくらいで、勝ったと思ってんじゃねえよ!」

「確かに正面から倒すのは難しいと思うが。城に入るって目的は達してるんだ。逃げ切れば俺の勝ちと思うがな」


 城の番犬というくらいだから、城への侵入者を防ぐ役割をしているのが黒曜なのだろう。フィランダーを城に入れた時点で、彼としては負けのはずだ。


 黒曜が何かを言い返す前に、リオが口を挟んできた。

 

「その点、蒼玉は数を分けられるからね。それなりの人数を一気に追えると思うけど」

「だが個体の力で言ったら黒いのの方が強そうだぜ? 雑兵相手なら白いのでも追い払えそうだが」

「城門の前で大きな黒曜が鎮座して敵を払って、城壁を超えてくる相手に対しては蒼玉が飛びかかるって感じの分担だと思うけどね。で、城に入ったところを琥珀が飲み込む」

「なるほど、そこまで行くとほぼ侵入できる相手もいないか」


 城に入った敵を問答無用で飲み込めるなら、なんなら琥珀だけでもなんとかなりそうな気はする。が、やはり複数に分けられると厳しいのではないか。


「なんなら城の入り口を消せば良いだけの話じゃないのか? ドアも窓も消せば誰も入れないだろ。琥珀がやるのか城がやるのかは知らんが、お手のもんだろう」

「琥珀は内側からは消せるだろうけど、外から消せるかは分からないな。何回も城は壊されてるらしいから、なんとなく防御は出来ないのかなと思ってるけど。もしくは壊れてもどうせ直せるから気にしてないのかも」

「そんなものか?」


 フィランダーは首を傾げる。城は壊されても良いだろうが、中にいる魔王を守るためには閉ざした方が良い気はする。もしくは魔王も死んでも新しいのが復活するそうだから、特に痛くも痒くも無いのか。


 フィランダーたちの会話に、黒曜が割り込んで来る。

 

「城壁内に侵入させることもほぼ無いっての! 俺が働いてる間も、他の連中はずっと遊んでやがるし」

「自分でほぼ、というのも情けないな」

「こないだフィランダーに侵入されたばっかだもんね」

「お前らまじでふざけん——」


 踏み込んできた黒曜に警戒すると同時に、彼の姿は忽然と消えた。


「ん?」


 なんの脈絡もなく目の前から消え失せて、フィランダーは思わず声が出る。部屋の中にはリオとフィランダーの二人しかいない。前は琥珀に飲み込まれて消えたが、今回はそうした感じではなかった。首を傾げながらリオを見ると、彼はさほど驚いていない。


「どこ行った?」

「呼ばれちゃったみたいだね」

「誰に?」


 リオは何も言わずに立ち上がった。部屋を出ていくのでついていくと、二階の突き当たりのバルコニーに向かった。窓を開けてバルコニーに出ると、城壁の向こう側から人の悲鳴のような声が聞こえる。


「なるほど、呼ばれたってこれか」


 城に近づく人間の前に現れるという黒い魔獣は、こうして外に放り出されていたのだ。黒曜が外でずっと見張ってでもいるのかと思っていたが、先ほどの感じだと本人にも何の前触れもなく転送されるらしい。現れてすぐに戦いだと、黒曜の方も大変だろう。


 そう思っていると、リオも同じことを言った。

 

「黒曜も大変だよね」

「本人の意思は関係ないんだな」

「みたいだね。これでほとんど黒曜が一人で撃退しちゃうから、他の魔獣たちがあんまり出る幕がない、っていうのは黒曜の言った通りだけどね」


 手すりにもたれながら言ったリオは、悲鳴の聞こえた方を見ている。フィランダーもそちらを見るが、黒曜の姿は見えない。薄暗い闇に紛れているのか、木々が邪魔しているのか。遠くで人々の声のようなものと逃げるような足音が聞こえるから、黒曜に驚いてすぐ逃げ出したのかもしれない。


「今回の客は単なる肝試しかな」

「たしかに自称勇者にしては逃げっぷりがいいもんな。ひやかしが来るくらい、この城は賑わってんのか?」

「冷やかしというより、あの感じは魔王の城なんてあるはずないだろ、って言って来た命知らずの若者達と思うけどね。ちゃんと町まで帰れるといいけど」


 本気で心配したような調子で言ったリオに、フィランダーは首を傾げる。


「遠くまで逃げればもう黒いのは追わないんだろ」

「崖から落ちて亡くなってたり、動けなくなったりしてる人もいるからね。たまに崖の下を歩いて埋葬してる。そこらへんに死体が落ちてたら観光客もドン引きだろうし」

「そうか? 魔王の城なんて見にくる物好きは、むしろここが魔王の城かって興奮しそうだが」

「たしかにそんな人もいるかもね」

「弔いがてら金品を回収してんのか?」

「一緒に埋めちゃうのは勿体無いでしょ。なんなら初めの頃はお金もなかったし、そこが主な収入源だったんだけど」


 人としてどうなんだという生き方ではあるが、それならリオは彼らの身を案じることなく、途中で力尽きて死んでくれと言ってもいいはずなのだ。だが、あくまで無事に上まで辿り着いて欲しいというのだから、金が目的というわけではないのだろう。


「なんで城の案内なんてやってんだ?」

「え、お金のためだけど」

「わざわざ魔王が魔王の城の観光ツアーをやって、魔王退治にきた勇者たちを安全に城まで案内してんのか?」

「まあ、お金も稼げるし、外の情報もゲットできるしね。それに本当に強そうな勇者達だったり、大規模な派兵だったりしたら、外で見てる方が安全だと思わない?」


 確かに道案内をしている普通の若者が、まさか魔王とは思うまい。いくら魔王退治のために城を攻めても、中に魔王がいないんじゃ退治のしようもない。


「なら俺の時は城の中にいたってことは、弱そうだと踏んだわけか?」


 フィランダーの言葉に、リオは軽く笑った。


「そういうわけじゃないけど、さすがに一人じゃ無理かなあって。できれば案内したかったけど、なんとなく人に頼りそうには見えなかったしね」

「そんなに金を持ってそうに見えたか?」

「ううん。俺が案内した方が安全に帰れるでしょ。ここで死体を埋葬するよりは、無事に帰ってもらう方がいいかなって」

「めちゃくちゃ良いやつだな」

「そういうわけじゃないよ。単純に自分が死体を見つけてびっくりしたくないだけ」


 城門が開く音がして、リオと一緒に下を見る。


 すでに侵入者を追い払った戻ってきたのだろう。人の姿をした黒曜が庭にいた。がしがしと頭をかきながら歩いている黒曜は、バルコニーにいたフィランダー達に気づいて睨みつけてくる。何かを言おうと口を開いた瞬間、また姿を消した。


「どこ行った?」

「さっき逃げた人たちが忘れ物でも取りに来たんじゃない?」

「あのでかい魔獣見た後でか?」

「すぐ消えたなら、目の錯覚とでも思うのかもね」


 普通に考えればあり得ないだろうが、それでもあの黒い魔獣が一瞬で目の前から消えたのなら、幻覚と思ってしまうのかもしれない。


「あいつも可哀想だな」


 大きな咆哮が聞こえて、思わずつぶやく。もしかしたら魔王も魔獣も、城に弄ばれているだけではないだろうか。


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