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城を守る魔獣1


 フィランダーが寝起きしているのは、城の2階にある部屋だった。


 寝台と机と椅子しか置かれていない簡素な部屋だが、物が少ないからさほど狭くも感じない。ベッドも長身のフィランダーが大の字で寝られる大きさだし、机と椅子の配置も余裕がある。


 普通の宿の一室はここより窮屈だし、傭兵の詰め所などは机や椅子すらない。何より手入れや掃除が行き届かず、古い建物であればあるほど匂いや汚れなどが気になることも多かったのだが、ここはいつでも清潔だ。いくら壁をぶち破ろうと勝手に修復するこの城には、埃一つ落ちていない。フィランダーが着ている服などはたまには洗って干す必要があるが、ベッドに敷かれたシーツは何もしなくともいつの間にかしわ一つない綺麗なものになっているのだ。


 こうした部屋はたくさんある。リオは使用人の部屋か何かではないかと言ったし、もう少し立派な部屋もあるから移っても良いと言ったが、フィランダーはこの広さが気に入っていた。自分の部屋という気がするし、広すぎるのも落ち着かない。


 ここで宿を経営すればさぞかし儲かるだろうと思うのだが、いかんせん立地が悪すぎる。暗い崖を降りて魔獣の攻撃を掻い潜ってようやく泊まれる宿屋など、残念ながら客は一人も来ないだろう。


 フィランダーは部屋を出ると、そのまま城の外へと向かった。前は大階段を降りて玄関を通って庭に出ていたが、最近では二階から直接外に出ることも多い。二階の長い廊下の突き当たりにあるバルコニーから外に出ると、城壁に飛び移れる場所がある。高さはあるため城壁の方からバルコニーに侵入することは難しいだろうが、城壁に飛び降りるのはさほど難しくない。


 軽く手すりを越えると、壁の上に着地する。


 兵士を配置できそうなくらいには幅のある通路を少し歩いてから、城門のところで飛び降りる。中から門を開けて外に出ると、なんとなく空気が変わるのをかんじた。


 魔王の城の中は琥珀、城壁の外は黒曜の縄張りらしい。城の中は冷えた空気や静謐さが、神殿に足を踏み入れたような雰囲気がある。閉塞的でありながらも、白を基調としているため広がりが感じられるし、荘厳さもある。なんとなくそれは、琥珀の雰囲気に合っているように感じていた。そこと比べれば、壁の外にはピリッとした緊張感がある。

 

 赤い篝火に照らされる黒い城壁と、黒く大きな影を落とす城。黒曜の領域であるこの場所は、城の禍々しさが際立つ。


 フィランダーが足を止めて振り返ると、ぬらりと黒く大きな影が現れた。自分の何倍も大きな黒い狼は、真っ赤に燃える炎のような瞳でフィランダーを睨み、牙を剥き出しにして唸るようにしていた。


「あんまりじっとしてると、体が鈍るんだよな」


 剣を手にして黒曜に向かうと、相手も一足で距離を詰めてきた。同時にガアアっと脳に刺さるような咆哮を上げ、フィランダーは眉根を寄せる。


「うるさいな!」


 キン、とする耳鳴りを払うように、腹の底から声を出した。あらかじめ細かくした布を耳に詰められるだけ詰めていたが、それでも衝撃はある。


 大きく飛んで攻撃をかわしながら、こちらの攻撃のチャンスを探る。相手は大きくて重くて速い。上からのしかかられれば身動きできずに一発でアウトだ。なるべく接近させないように、剣をふる。別に魔獣を退治することが目的ではないので、急所を狙っていくというより、相手の動きを封じられるように牽制する動きだ。


 相手の爪がぎりぎりを掠って、地面に落ちる。フィランダーは飛び上がってから、その上に足をかけた。振り払おうとする魔獣の力を利用して、さらに飛び上がる。すると相手の背中を取ることができた。剣を持っていない方の手で後頭部を掴むと、硬い毛をまとめて握り込む。


 手のひらに刺さるような硬い体毛は、握ると痛いが滑りはしない。背に乗ったフィランダーを振り払うように暴れるが、なんとか両足と片腕で手綱を取るような気分で掴まった。もう片方の腕で剣を突き刺そうと振り下ろしたが、さすがに力が入らない。普通の獣なら鋭い刃が刺さるだろうが、黒曜の硬い毛と皮膚には片腕だけの力では弾かれてしまった。


「無理か」


 暴れる足場をなんとか乗りこなして、タイミングよく飛び降りようとする。だが、手を離した瞬間に、魔獣が大きく突き上げるように跳ねて、バランスを崩した。地面に叩きつけられはしなかったが、着地に腕をついたところに、大きな爪が振り下ろされる。


 咄嗟に横に転がって避けられはしたが、続く攻撃に体制を整えるだけの時間はない。魔獣の牙が近くにありヒヤリとする。フィランダーは転がった先で地面の土や枝を握り込むと、思いきりその顔にぶつけた。


 相手が怯むのを確認する間もなく、そのまま走る。戦いながら城の方に近づいていたので、目的地はすぐ近く、数歩の距離だ。


「喧嘩を売っておいて、逃げ込んで悪いな」


 門の外を振り返ってフィランダーは苦笑する。


 さすが魔王の城を守る魔獣というだけあって、黒曜を倒すのは容易ではない。最初に出会った時に倒せたのも運の要素もあり、少しでも気を抜けば、殺されるのはフィランダーの方であるだろう。


 相手からするとふざけるなと言いたいだろうが、城門のすぐ近くで戦っていたのは、いつでも中に逃げ込むためだ。いつでも出入りできるように魔獣の動きに慣れたかったのと、単純に体を動かしたいだけで、特に何がしたかったわけでもない。どんな体勢になっても常に門の方向は確認していたので、一瞬の隙でも作ればいつでも戦場から離脱できる。


 門の外から覗く大きな口が、大きく吠えてフィランダーは耳を塞ぐ。近くの木々が震えているのは、きっとこの声のせいなのだろう。何度もやられては耳が使えなくなるかもしれないが、耳も衝撃に鍛えられでもするのか、それなりに慣れてきた部分はある。


「朝からいい運動になったよ、ありがとう」


 ひらりと手を振ってから、城門に背を向ける。人間の姿になって追いかけてくるのではと思ったが、後ろから追ってくるような気配はない。人の姿で戦うなんて、と言っていた黒曜は、あくまで城壁の外で獣の姿のままでしか戦う気はないのかもしれない。


 城に戻ろうとしていると、入り口のところでリオが驚いたような顔をして立っていた。十八だと言っていたが、そんな顔をすると目がまん丸になり、年齢より子供っぽくみえる。


「おはよう」

「……何してるの?」

「朝の散歩かな」

「怪我してるけど」


 もちろん痛みはあるし、血が流れているのは気づいていた。腕に爪が掠った時の怪我だろう。見ると腕の部分の服が綺麗に裂けている。服にこれ以上血がついて汚れないように、袖の部分を捲りながら聞いた。


「服が破れたな。針は使えないんだが、リオは繕えるか?」

「それくらいやれるけど! なんで朝っぱらから黒曜に喧嘩売りに行ってるのさ」

「ちょっと寝起きに体を動かそうかと思って」

「庭で犬とじゃれる程度で言ってるけど、相手は魔王の城を守ってる魔獣だよ。寝起きに挑む相手じゃなくない? 琥珀と違って丸呑みしないから、噛まれたら死んじゃうよ?」

「そこは気をつけてる。朝っぱらから庭先で人が死んでたらリオも気分が悪いだろうからな。形勢が悪くなったんで、さっさと引き上げた」


 フィランダーの言葉に、リオは大きなため息をついた。


「庭先で人が死んでても気分悪いけど、フィランダーが怪我するのもそれなりに心配なんだけど」


 城に入るとそのまま彼の部屋へと連れていかれ、傷の治療をされる。服もそれなりに分厚かったから、大した怪我でもない。肌を出していれば深い傷になったかもしれないが、本当に爪先が掠っただけだ。


「怪我をするつもりはなかったんだが、さすがは魔王の番犬だな」

「だから、フィランダーはなんでそんなに強いのさ? 黒曜を遊び相手に出来る人間なんて聞いたことないよ」

「そんなに強いつもりもなかったけどな。人間相手ならともかく、魔王や魔獣なんて空想めいた存在に立ち向かえるかは疑問だったが」

「それならなんで魔王退治なんかにきたのさ」

「どこまでやれるかなと思って」

「……力試しねえ」


 理解ができないような顔をしたリオに、フィランダーは笑う。


 長年、体を鍛えたり剣を鍛えたりしていると、自分がどれほどのものなのかを試したくなるのは当たり前だという気がするのだが、リオのような人物には分からないだろう。彼は首を捻るようにしていたが、すぐにフィランダーを見上げて言った。


「でも良かった。だから魔王を倒さなくてもよかったんだね。俺なんて見るからに弱そうだし」


 無邪気にも思える言葉に、フィランダーは苦笑する。弱そうだと自分で言う魔王に対してと、弱そうな魔王を見て困惑したあの日の自分に対してだ。


「それはそうかもな」


 これまでフィランダーが敵わないと思うような相手は周りにいなかった。遠くに出れば違うのかもしれないが、フィランダーはずっと傭兵として一箇所に囲われて狭い世界にいたのだ。依頼によって標的や敵を明確に定められており、自分では仕事も相手も選べない。与えられた仕事をこなすことも、自分よりも弱い相手を殺すことも、慣れてくるとただただ単純な作業になる。


 何もかもが嫌になって組織を飛び出したのが一年ほど前だった。逃げれば殺されるということになっているが、組織にフィランダーに勝てそうな人間がいない以上、真面目に追手もださないだろうと思っていた。


 だが飛び出したものの、行きたい場所もやりたいこともなく、帰る場所もない。唯一、思いついたのが魔王の城に向かうことだった。自分など足元にも及ばないような魔獣と戦って、魔王に挑んで、あわよくば世界に光を取り戻す。


 それは唯一、自分にとって意味のある生き方だと思ったのだ。


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