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魔王の日常5


「今日は何して遊ぶ?」


 食事を口に運んでいたフィランダーに声をかけると、彼はごほごほとむせるような咳をした。笑ったのかもしれないが、返ってきたのは呆れたような声だ。


「昨日も何して遊んだ記憶もないが」

「食料の調達っていう、一日の大部分を占めてた労働が浮いたからね。もうお金と食料が尽きるまで遊んでもいいかなって」

「泣ける話だが、こんな城で男二人で何する気だ?」

「かくれんぼとか?」


 フィランダーは吹き出すように息を吐いてから、子供か、と言った。

 

「分かってないな。この城でやるかくれんぼは大人の遊びだよ? いつ何が消えて何が現れるか分からないからね」

「いつ魔獣が現れたり、大蛇に丸呑みされるか分からないスリルがたまらないって?」

「見返りのないデスゲームだね」

「誰得だよ」


 フィランダーはそう言って小さく笑う。

 

「確かにスリリングだが、リオについては見つけるのは簡単だ。棺桶の前で数日も張ってりゃ、勝手に出てくるだろ」

「かくれんぼで日を跨がないで欲しいな。数日も放置せずにちゃんと探してよ」

「普通に隠れられる場所なら見つけられると思うけどな。前に閉じ込められてた時に探索してるし、部屋の位置は把握してる。黒曜や琥珀がいそうな部屋はなかったが」


 魔獣たちが潜んでいる部屋を探していたということだろうか。だが、リオも彼らがどこに住んでいるのか分かっていない。ふらっと顔を見せはするが、出てくるところは見たことがないのだ。

 

「隠し部屋とか隠し通路も色々あるらしいよ。ドアもないから、どうやって入るか知らないけど」

「普段はそこにいるのか?」

「じゃないかな。琥珀は城から出ないらしいし、黒曜もね。城壁内の庭に、見えない秘密の部屋とかあれば別だけど」

「魔王でも教えてもらえないのか?」

「琥珀は、地下にある魔王の棺桶の部屋の近くにいると言ったことがある。建物の大きさに比べると地下の部屋は小さいから、地下に色々あるのかも」


 ふうん、と言ったフィランダーに、リオは身を乗り出す。


「興味ある?」

「別にリオが探索したいなら付き合うぜ。手っ取り早く地下の壁でも壊してみるか?」

「怖いもの知らずだねえ。琥珀か城がぶち切れて、異空間に飛ばされたらどうすんのさ」

「少なくとも前回は、ガラスぶち破ってもお咎めはなかったが」

「次の日には普通に修復されてたしね」


 ガラスどころか一度は城の原型をとどめないほどに破壊されたらしいが、しれっと修復しているのだ。壁を崩したくらいで痛くも痒くもあるまい。


「まあ、時間はいくらでもある。飯を食ったら少し地下に潜ってみるか」

「本当? 嬉しいな。一人で城を探索するのってちょっと怖いんだよね」

「あんまり出歩いてないのか?」

「さすがにここに住んでもう五年だよ。何年か前に意を決して一人で見回ったけどね。泣きながら」

「……まあ、気持ちは分からんでもないが」


 フィランダーが本当に怯えるとは思えないが、それでも気を遣ってか同意してくれた。


 さすがにリオも今では慣れているが、ここにきたばかりの時は怖くてたまらなかったのだ。魔獣以外に誰も住んでいない、廃墟のような広大な城。隠し部屋など見つけたところで、中に何が潜んでいるかわからない。他の恐ろしい魔獣がいたり、中に誰かの死体が転がっていたらどうしようと思えば、積極的に探索する気にもなれなかったのだ。


「フィランダーの方が城の中は詳しいかも」

「城内ツアーでもやってやろうか」

「いくらで?」

「銅貨で30ってところかな」

「怖っ。なんで俺の全財産知ってるの」

「全財産かは知らんが、五人組から徴収したのは知ってる」

「あ、そういうこと? 徴収した金額ならハズレだね。片道が30だもん」


 どこかでリオが五人組にそう言って声をかけたと聞いたのだろう。だが、魔王の城まで連れていく時にその金額はもらっていて、帰りも案内が必要ならまた声をかけてくれと言っていた。すぐに黒曜に追われて助けを求めてきたので、帰りの案内費ももらえていたのだ。


「残りの30はどこに消えた?」

「帰りは半額だから15だね。そんなの借金を返したり、食料や身につけるものを買ったりしたらすぐ消えちゃうよ」

「借金まであるのか?」

「こんど仕事が入ったらまとめて払うから、って言ってたやつとかね。客を繋いでもらうのにも意外とお金を使うんだよね」

「初代の魔王が聞いたら泣くんじゃないか」

「泣かれてもね。魔王が食べ物や服を買えずに、餓死や凍死をするのとどっちが情けないかって話だよね」

「逞しいな」


 感心するように言ったフィランダーに、リオは苦笑する。


 実際はフィランダーのような人間が、魔王に相応しかったのだろう。別に魔王の力など与えられなくとも、黒曜などは黙らせてしまっているし、琥珀とも平然と話せている。下手な勇者が襲ってきたところで、魔獣たちに守られずとも自分の剣だけで返り討ちにしてしまえそうだ。


 それに比べてリオに出来ることといえば、なんとか自分の食料を確保することだけだ。たくましいというより、これくらいしかできないと言うべきか。


「城に来る前から、あの町の住人だったのか?」

「ううん。生まれたのはずっと遠くだよ。ある日、目覚めたらこの城の棺桶の中だったってだけ」

「最悪な目覚めだな」

「ほんとにね。いつこの夢から覚めるんだろうと思ってるんだけど」

「今も夢の中か」


 フィランダーはそう言うと、しばらく口を閉ざした。何を考えているのだろうとリオが見つめていると、それに気付いたようで、彼は何故だか首を横に振る。

 

「どうかした?」

「いや。それまで何か変わったことはなかったのか? その目は生まれつきなんだろう」


 リオの目を覗くようにして言った。


 赤い色の瞳は魔王の血を引く証拠のようなものだと琥珀は言ったが、ここに来るまではそんなことは知らなかったのだし、周囲も当然そんなたいそうなものだとは思っていなかっただろう。ただ、生まれたばかりのリオを手放すほどには両親も気味が悪かったのだろうし、リオを引き取った家族をはじめ、周囲の人々もリオを異質のものとして扱った。


 瞳の色以外に、変わったことがあったつもりはない。だが、魔王としてこの城に来るずっと前から、リオは周囲と自分が違うものだと思わされてはいた。


「別に何も。みんなに気持ち悪いって言われてただけ」

「まあ、たしかに初めは違和感あったな」

「やっぱり?」


 全く気にしていなさそうなフィランダーにまでそう言われて、リオは少しだけ傷つく。だが、彼はすぐに肩をすくめるようにした。


「だが、一日も見てれば慣れるだろ。むしろ失われた色が拝めるってのは、逆に有り難がられても良いと思うがな」


 真顔で言われて、リオは目を瞬かせる。


 気を遣われているのかもしれないが、フィランダーが見慣れたというのは本当だろう。ここにはリオと同じ赤い瞳を持った黒曜もいるし、琥珀の金の瞳も異質なものだ。ここまではっきりとした色彩は、魔王に光が奪われたこの世界では完全に浮き立っている。が、城にいる限りはリオの瞳が周囲から浮いて見えるということはないのだ。


 魔獣たちに囲まれている時点で、人間として完全に浮いてしまってはいるが。


「そう言ってもらえると嬉しいな。ゴーグルつけてるの疲れるんだよね」

「ちゃんと前は見えてんのか」

「つけてみる?」


 頭につけていたゴーグルを外して、フィランダーに手渡す。


 彼は両手で押さえるようにして顔につけた。暗い色のガラスで、外からほとんど目元は見えない。もとが旅人がつける砂塵よけのゴーグルだ。土地にとらわれずに放浪している雰囲気のあるフィランダーにはよく似合っていたし、顔半分が隠れていても精悍さは変わらない。


「似合うねえ」

「何も見えんが」

「屋内だと結構厳しいんだよね。外だと割と見えるよ」

「暗い森の中でも?」

「慣れちゃったのかな。いつもそれでみんなを案内してるけど、特に支障はないね」

「これであの崖を降りれるってのはすごいな」

 

 彼はそう言ってから、ゴーグルを目元から離す。


「もったいない気はするけどな」

「何が?」

「その色を隠すのは。それに目立ちたくないのは分かるが、初対面だとゴーグルもだいぶ違和感はあるぞ。俺が初めて見た時は室内だったしな」

「それはそうだろうけどね。前髪思いっきり伸ばしてみたこともあるけど、それはそれで怪しかったし」

「これが一番ってことか」


 フィランダーがゴーグルを返してきたので、リオはそれを頭につける。目元につけると暗いし圧迫されるし疲れるのだが、頭の上に装着していないとそれはそれで落ち着かない。いざという時に他人から目を隠すことができるというだけで、なんとなく安心するのだ。


「似合わない?」

「いや。似合ってるよ」

「言わせた気がするけどありがとう」

「別に俺は魔王に世辞を言う必要はないがな」


 フィランダーの言葉にリオは笑う。彼どころか魔王に世辞をいう人間も魔獣もどこにもいないが、気を遣ってくれるのは有り難い。


 リオがこの城に住んでいる魔王だと知ったうえで、普通の人間同士のように会話をしてくれるのはフィランダーだけだろう。町の人間たちとはそれなりに親しくしているが、魔王の城に住んでいるなどとは口が裂けても言えない。普通なら殺されるだろうし、運が良くても村八分だ。白い目で見られることは避けられないと思えば、こうして普通に会話が出来ることなど夢のまた夢だと思っていたのだ。


 だがそれもフィランダーがまたここを出ていくまで——今だけの貴重な夢ではあるのだろう。

 

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