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魔王の日常3


「お気をつけてー」


 振り返らずに去っていく五人組に手を振ってから、リオは大きく伸びをする。


 結局、昨日は寝る前に仕事の依頼が入ったので、そのまま一睡もせずに朝を迎えていた。朝から大穴の底に自称勇者様御一行を案内したのだが、彼らは見事に城を守る魔獣——黒曜に翻弄されて逃走した。


 黒曜は城壁に近づく敵がいればそれを察知して現れるが、どうも城から離れすぎることはできないようで、ある程度距離をとれば追いかけてはこない。命が惜しければリオのいるところまで退いてこい、と事前に伝えていたので、彼らは傷を負いながらも逃げることができているのだ。


 大半は黒曜に挑んで散っていくので、彼らが特別に弱いわけでもない。むしろ死人も出さずにさっさと撤退を決めたのは、好感が持てていた。大将が城に近づくのに何日もかけるような慎重派だったり、全滅するまで戦うような無謀な人間だったりすると、近くで控えているのもしんどいし、片道分しか稼げない。今回は日が落ちる前に戻れたのだから、万々歳だろう。


「まだ寝るには早い時間だけどな」


 空を仰ぐと、白い太陽が地平に落ちようとしていた。リオは少し崖のほうに戻ってから、その場に座り込む。


 魔獣と戦った五人組よりはマシだろうが、道案内をしながらの往復はそれなりに疲れるのだし、何よりいつものことだが徹夜明けだ。その前の日の朝に城からこの町まで登ってきているから、一日半以上はずっと起きていることになる。


 腹は減っている気はするが、今から町に向かって食事をするのは億劫だ。すぐにでもベッドで横になりたいのだが、部屋を借りると金はかかる。どうせどこで寝ようとすぐに冷たい棺桶の中に入れられるのだ。寝入るまでの一瞬のために、わざわざ温かい寝床を買う必要もないだろう。


 そう思って目を閉じる。



 

 ——目覚めるといつもの天井が見えた。


 薄暗い部屋は、いつも時間が全くわからない。だが、よほど疲れていたのだろうか。久しぶりによく眠った気がする。


 いつも冷たく体が硬直していて、自分が死体になったような気分で起きるのだが、今日はそうでもない。寒すぎてしばらくは体が動かないのが普通なのだ。今日はすんなりと腕が上げられたし、体の芯から冷えが浮上してくるような不快感もない。半身を起こすと、そこで上に毛布がかかっていることに気づいた。


「あれ?」


 自分の体温で温められている毛布は、隣の部屋の寝台に準備してあるものだ。いつも寒いと言いながら隣の部屋のベッドに潜り込むのだが、今日は何故だかリオの体にかかっている。


 城に住む魔獣たちがそんなことをしてくれたことはない。


 そもそもリオのことを疎んでいるのでは、とも思っているし、そうでなくとも彼らは暑いとか寒いとかそういう概念はないらしい。琥珀などはたまに、体調を崩して寝込んでいるリオを看病してくれるような気まぐれを見せるが、寝ているリオに毛布をかけてくれるようなことは想像できなかった。


 リオは地下を出て、二階の部屋へと向かう。


 ここ魔王の城には大抵の施設は揃っている。大きなエントランスに大階段、玉座の置かれた大広間に、大きな食堂や大きなキッチン。そして使用人達が暮らしてでもいたのか、小さな寝室もたくさんある。リオも普段はその部屋のひとつにいることが多いのだし、前に城に滞在していた男性にも、寝室として一つ選んで使ってもらっていた。


 まさかと思いながらその部屋を覗くと、そこに人が座っていてどきりとした。


「フィランダー!」


 ベッドと小さなデスクと椅子だけが置かれた部屋で、壁を背にするようにベッドに座っていた男は、つい一月半ほど前にこの城を出て行ったはずの彼だ。


 筋骨隆々というわけではないが、長身で全身に満遍なく筋肉のついた体は、見るだけでも強そうだし、雰囲気も洗練されたものがある。傭兵のようなものだと本人は言っていたから、戦うことが本職のようなものなのだろう。


 目を丸くしているリオを見て、フィランダーは面白そうな顔をする。きりっとした眉や鋭い目つきが一見して近寄りがたいのだが、話してみると意外と人当たりはいい。しかもわざわざリオが寝ているところを覗いて毛布をかけてくれているのだ。人も良いに違いない。

 

「どうしたの? ていうか、どうやって来たの? とりあえず抱きついてもいい?」

「遠慮しとく」

「じゃあ、せめて握手だけでも」


 フィランダーの手を無理やりとって、両手でぶんぶんと握手をする。なされるがままに手を振りながら、彼はふっと口元だけで笑った。

 

「なんの握手だよ」

「再会のでしょ? 会えて嬉しい!」

「俺が魔王退治に来たとは思わないのか?」


 そんな言葉にリオは目を瞬かせる。


「俺を殺したければ、ここを出るまでだっていくらでもやれたでしょ。わざわざ危険を冒して戻ってくる意味ある? ていうか、ここまでどうやって来たのさ?」

「普通に——っても、城壁を超えた時点で普通の客じゃないだろうが、外から入ってきたぜ。リオのように一瞬で城の中まで転送してくれりゃ、楽だろうけどな」


 こともなげに言った彼に、リオはますます目を丸くする。


「黒曜達は?」

「黒いのは別件対応中だったからな。昨日、リオたちが魔王の城ツアーしてるのを離れて見てたよ。まじで城まで案内してるんだな」


 リオと五人組が崖を降りるところからついてきていたということか、はたまた下でばったり遭遇したのか。なんにせよ全く気づかなかった。


「黒曜があの五人組の相手をしてる間に侵入したってこと?」

「黒いのはどうも一匹しかいなさそうな雰囲気だったからな。あの自称勇者達に表で騒いでもらえりゃ、簡単に侵入できるかなと」

「蒼玉は?」

「白いのは出てこなかったぜ? あいつだけは撒くしかないと思って、複数から逃げるルートを考えてたが、結局そのまま城についた」

「蒼玉は気まぐれだしね。それに一度、琥珀が城に入れた人間だと分かってれば、出る必要はないと思ったのかもしれない。琥珀は?」

「城に入るなり蛇の姿で出てきたぜ。『何しにきた』って聞かれたんで、リオと琥珀に会いにきたって言ったら、呆れた顔して消えた」

 

 そう言って肩をすくめたフィランダーに、リオはほうっとため息をつく。


「すごいね、フィランダー。今度こそ殺されると思わなかったの?」

「黒いとの白いのからは逃げ切るつもりだったぜ。琥珀はまあ、一度は助けてもらってるからな。殺されたところで特に文句もないな」

「ぜんぜん意味がわからないけど」


 城の外と内を守る魔獣たちから逃げ切ろうというその自信は、きっと本物なのだろう。だが、城に入ってくるからには琥珀からは逃げられないのだし、本当に殺されないという保証もなかったに違いない。助けてもらったから、殺されても構わないというのはいったいどんな境地なのだろう。

 

「何しに来たの?」

「リオが遊びにこいと言っただろう」

「言ったけど、上の町にって言ったよ」

「そうだったかな」


 まさかまた城まで入って来られるとは思ってもいなかったし、いずれ何年だか何十年後だかに会えれば良いと思って言った台詞だった。こんなに早くに城に戻って来たのは、何か狙いがあるのだろうか。


「琥珀に用だった?」

「いや。琥珀がでたからそう言っただけだ。人間の姿はなかなか好みではあったが」

「美人さんだもんね」


 若い女性の姿をしている時の琥珀は、気が強そうでいかにも怖そうではあるのだが、神話に描かれる女神のような美形ではある。他の魔獣たちも、人間の姿の時はそれぞれに見目は良いのだ。それが仮の姿だというのなら、魔王の趣味だかなんだかでそう作られているのかもしれない。


 とはいえ、元の姿を考えればタイプだなどと考えるのも恐ろしい気がするのだが、そこはさすがフィランダーというところか。


 彼はベッドからおきあがると、椅子のそばに置いていた荷物をリオに渡してきた。


「なにこれ」

「どうせやることもないし、最低限の借りくらいは返しておこうと思ってな」

「借り? 開けていいの?」

「リオにやるよ」


 なにかフィランダーに貸していたものがあっただろうか、と首を傾げながらも荷物を開ける。


 ずっしりと重い袋の中には、いろいろと食べ物のようなものが詰まっているようだった。保存がききそうな干し肉や穀物や豆類、調味料のようなものが見えて、リオは目を丸くする。


「どうしたのこれ」

「外から食料運ぶのも一苦労だって言ってただろ。だいぶ俺が食ったからな」


 フィランダーが城にいる間に、食事を作っていたことを言っているのだろう。


 確かに食料を城に持ち込むのは大変で、リオ一人なら寝れば勝手に城内に入っているのだが、荷物は一緒に飛んで来てくれない。そして城から出る方は黒曜も見逃してくれるのだが、城に入ろうとすると必ず現れて攻撃してくる。色々と試行錯誤はしてみたが、結局、黒曜が手の出せないギリギリの位置までリオが運んで、そこまで行って外でそれを調理して食べるか、琥珀に頼めるときは頼んで持ち込んでもらうしかないのだ。琥珀が現れてくれない時は、諦めて食事を取るために崖を登るしかない。


 だが、フィランダーが寝込んでいた間は、どうしても彼の分の食料を持ち込む必要があったため、琥珀に渋々そこだけは了解してもらっていた。


「借りってこれ?」

「魔王が城内で餓死したら格好悪いだろう」

「実際、何度も餓死しかけたことあるけどね。本当にもらっていいの?」

 

 目を輝かせて聞いたリオに、フィランダーは肩をすくめるだけで応じた。リオは中からひとつずつ食べ物を取り出しながら、首を傾げる。


「なんか見たことない食べ物が色々あるんだけど」

「どうせならこの辺で手に入らないものがいいだろ。リオが食料を調達できるのはせいぜい上の町までだろうからな。珍しくて腐らなさそうなものを適当に選んで入れてもらった。美味いかどうかは知らんがな」


 最後はふっと笑うようにして言ったフィランダーに、リオは思わず抱きついた。助けられた礼ということなのだろうが、ここから離れられないリオが喜びそうなものを考えてくれたのが嬉しい。実際、リオは遠くに行けないし、他の地域の食べ物など見る機会もないのだ。


「フィランダーって神様なの?」

「リオが魔王だってくらいに似合わねえな」

「それなら大金持ちだったりする?」

「まさか。金は無くなったら稼ぐだけだよ。今はあんまり手持ちもない。しばらく宿の代わりに、勝手にこの部屋をかりようと思ってるくらいだ」


 フィランダーはリオから離れてベッドに座る。そしてここに寝るんだというふうにベッドを叩いた彼に、リオは思わず手を打つ。

 

「え、本当? いくらでもいていいよ!」


 律儀に借りを返しに来たという彼は、もしかしたらこれをリオに渡したらすぐに出ていってしまうのかもしれないとも思ったのだ。だが、気まぐれにでもまだ城にいてくれるのなら、しばらくまた話ができる。


 魔王退治というわけでもなく、わざわざ城に来る意味は分からなかったが、彼の狙いが何であれリオにとってさほど不都合はないはずだと思っていた。何も持たないリオが守るべきは自分の命しかなく、フィランダーがそれを奪うことに興味を持っているようには見えない。


 それより今の自分が何も隠さず、会話ができる相手がいることが嬉しいのだ。村の人間とはそれなりに親しくしているが、余所者として扱われているのは分かるし、何よりリオが魔王だなどと口が裂けても言えない。この城は話題に事欠かないことばかり起こるが、それを話せる相手などいない。


 思わずきらきらとした視線を向けると、彼は軽く笑った。

 

「それなら琥珀やそのほかに追い出されるまでは、しばらく世話になるかな。食料は俺も自分で何とか考えよう」


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