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忍び寄る影

 黄金の十字架が手に入り、月夜はヒナコのもとへ足を運んでいた。

「結構な値段がつきそうよ!なんと言っても、この十字架を持ち帰る人はいなかったんだから。噂の殺人鬼が住んでいて、誰一人戻らなかったんだから。」

「俺も、びっくりしたさ!でも、バスクのおかげで手に入ったようなものだから、報酬を多く払わなくちゃならない。それにしても、お化けジャなくて、ちゃんと実体のある人間だと知れば、怖いものなんてなかったぜ。」

 月夜は、ホッとして言う。

「ごめんなさいね、ちゃんと教えていなくて。今度は、ことこまかに依頼を話すから。」

 李が、申し訳なさそうに言う。

「そうしてくれるとありがたい。お化けとか、幽霊とか、俺苦笑いだからなぁ。まあ、今回もそんな悪くない依頼だったよ!」

 楽しそうに話す月夜を見て、不意に李が笑い出す。

「何か、良いことでもあったの?」

「え?」

 李の問いに、キョトンとする。

「最近の月夜、なんか一夜に似てきたわ。こう、穏やかになって、凄く色気が出てきたって言ったらいいのかしら?やっぱり、例の探偵さんの影響かしら。人の気を寄せ付ける感じがするわ!」

「そ、そうかな…?」

 言っていて恥ずかしくなり、目を逸らす。

「でも、周りの人に気を付けてね。あなた、魅力に満ち溢れているから、あまり探偵さんの傍を離れちゃだめよ!」

「な、なんかよく分からないけど、そうするよ!」

 月夜は、笑顔で出て行った。

「何事も、起こらなければいいのだけど…。」

 李は、一つため息を吐いた。

 月夜は、事務所に早々と帰って行った。

「ただいま戻りましたぁ〜!」

「お帰り、月夜君。早速だけど、仕事手伝える?ある依頼が入ったんだけど。」

 一条は、資料を片手に話す。

「もちろんですよ!」

「じゃあ、行こうか。」

 二人は、ある劇団員のいる舞台裏へ足を運ぶことになった。そこへ着くと、劇団長が事情を説明してくれた。

「…物が、紛失している?」

「ええ。それも、次々と!警察の方に相談してみたんですけど、どこにも紛失した物が見つからなくて、一人一人身体検査やバッグの中を検査してみたんですけど、誰のものにもそれらしいものは入っていなくて、盗んでいる犯人が特定できないんです!」

「なるほど…。」

 一条は、真剣に話しを聞いている。その後ろで、月夜は初めて見る劇団の現場を見渡していた。

『へぇ〜。劇団の舞台裏って、こうなってるのか…!』

 考えごとをしていると、不意に一人の男性から声をかけられた。

「ねぇ、君。」

「え…?」

 振り返ると、日に焼けた短髪で体つきの良い男が、笑いかけてきた。

「見ない顔だけど、どこからきたの?もしかして、新人君?」

 男は、月夜の立っていた壁の横に手をついた。

『へっ…?壁ドン!?』

「え、ええっと。一条探偵の仕事の手伝いに来たんです。僕、助手なんで…。」

「へぇ〜、君探偵なの?知らなかったぁ!名前は?」

「つ、月夜ですけど…。」

「月夜君、ねぇ~。いい名前だぁ!歳はいくつ?どこに住んでるの?」

『な、なんだ、こいつは〜!?』

 次々と質問してくる男に、月夜は苦笑いする。

「二十八歳です。事務所に住んでて…。」

「二十八歳なの!?可愛いから、もっと若く見えたよぉ〜!」

 男は、マジマジと月夜の顔を覗いてくる。近づいてくる男に、少しずつ後ずさりする。

「そ、その、僕お仕事の手伝いがあるので、これで…。」

 一条のほうに行こうとすると、男はもう一つの手で月夜の進行を妨げる。

「電話番号教えてよ!ああ、LINEでも良いよぉ?」

「あ、あの。知らない方との交換はちょっと…!」

「あ、俺?俺の名前は、フリード・マイケル二十九歳!よろしく、月夜君!」

 二人のやり取りを見ながら、劇団長が話しを続ける。

「…そういえば、紛失事件が起き始めたのは、マイケル君が劇団に入ってからなんです。彼、とても手癖が悪いし、皆怪しいと思って入念に調べてみたんですけど、どこにも盗難品は出てこなくて…。それに、ああやって可愛い子がいると、見境なく声をかけて口説いているんですよ?劇団にいた子たちも、何人か酷い目に合わされて、ここを辞めていったんです!だから、彼に対して一目置くようになっちゃって、皆煙たがっているんです。当の本人は、まったく気にして無いんですけど…。」

 一条は、その話しを聞き、無言で月夜のもとに歩いて行く。

「た、探偵さん…?」

 劇団長は、驚いて声をかける。

「ねぇ。俺の事、もっとよく知りたくない?自己紹介したんだから、硬いこと言わずに番号教えてよぉ!」

「あ、あなたもしつこいですね!僕は、忙し…!」

 と、そこへ、一条がマイケルの手をどけて、月夜の腕を引く。

「仕事だ、月夜君。ついてきたまえ。」

「あ、は、はい…!」

 月夜は、手を引かれるままに着いて行く。その後ろで、マイケルは手を振っている。

『た、助かったぁ〜…!』

 月夜は、ため息をつく。

「もう少し、自分の存在を自覚したまえ!」

「えっ、は、はい…?」

 まったく自分のほうを向かずに手を引く一条の背中を見て、疑問に思う。一条と月夜は、劇団の事務所の中や、劇団員の室内を洗いざらい探した。だが、何も出てこなかった。一条たちは、時を改めて調べる、と言うことにした。だが、階段を降りている途中で、月夜はあるものが無いことに気づく。

「あっ…!」

『スマホと、ネックレスが無い!』

 途端に青ざめる。大切な二つの物を落としたとあっては、一大事だ。

「すみません、一条さん!僕、落とし物しちゃったみたいで、先に車に行っててください!」

「え、あ、おい!」

 月夜は、自分たちが行った場所を洗いざらい探した。だが、どこにも落ちていない。

「ど、どど、どうしよぉ〜!!」

『スマホがなければ、仲間と連絡が取れないし、ネックレスも…!!』

 そこへ、一人の男が現れる。

「探し物は、これかい?」

「えっ…!?」

 顔をあげると、そこには月夜のスマホを持ったマイケルの姿があった。一瞬、ゲッと思う。だが、スマホは見つかったため、とりあえずは例を言っておく。

「あ、ありがとうございます。その〜、どこかにネックレスは、落ちていませんでしたか?」

「さあ、見かけなかったなぁ。」

「そ、そうですか…。」

 月夜は、がっかりする。

「見つけたら、取っておいてあげるよ。」

「あ、ありがとうございます!それじゃあ…!」

「またな。月夜…君。」

 月夜は、早足でその場をたちさった。

『この男とは、関わり合いたくないんだよなぁ!』

 月夜は、一条が待っている車に乗った。

「どう、探し物は見つかった?」

「あ、はい。一つは…。でも…。」

 言いながら、首元に手をやる。一条は、それを見て、ああ、と頷く。

「…ごめんなさい!せっかく、もらった物なのに…。」

「何を謝ることがあるんだい?また、買ってあげるから、そんなに気を読むんじゃない。」

 一条は、笑って許した。

「…一条さん。」

「それに、あの男。怪しすぎる…!」

「ああ。フリード・マイケルさんですか?確かに、皆さん怪しがっていましたよね。物が無くなり始めたのも、彼が劇団に入ってからだって。」

『そういえば、俺のスマホを持っていたのもヤツだ!』

 月夜は、窓の外を見る。

「君、明日は事務所に居なさい。」

「えっ…?」

「何か、嫌な予感がする…!そのマイケルって男に、あまり近づかないほうがいい!明日は、私一人で探索するから、留守番してなさい。」

 一条の申し出に、月夜は驚く。

「え、でも…!」

「君も、狙われていたじゃないか!私の感が、そうささやいている。」

 一条が、そんなことを言うのは初めてだった。長年の探偵としての感が働いたのだろう。

「…分かりました。明日は、神谷さんは休暇をとっているんですよね?なら、茶々と二人でお留守番してます。」

 その言葉に、一条はフッと笑う。

「そうしたなさい。こちらも、まめに電話するから。」

「はい!」

 一条の悪い予感は、的中するのだった。

            ※

 次の日。涼しいクーラーのきいた事務所の一室で、月夜は茶々と戯れていた。

「今日も、暑いニャ〜!」

「ニャア〜!」

 と、そこへ、月夜のスマホがバイブを鳴らす。

「ん?一条さんかなぁ?」

 スマホの画面を見ると、相手はジャック・キースと書かれた人物からの電話だった。

『誰だ…?』

 疑問に思いながらも、電話に出ることにする。

「俺だ、月夜!」

「?どちら様で…?」

「下。事務所の下を見て見ろ。」

 月夜は、言われるまま、事務所の窓から下をのぞく。すると、そこには思いがけない人物が立っていた。

「フリード・マイケル!?なんで、俺の携帯番号を知って…!?」

「中身を、見させてもらった。暗証番号なんて、俺には簡単に解けちゃうものなんだよ。」

「お前、一体何を考えて…!」

 マイケルは、手に持ったネックレスを見せた。

「これが欲しけりゃ、大人しく俺の言う事を聞きな!」

「どういうことだ!」

「ジャック・キースは、俺の裏の本名だ。お前のスマホの中身を、全て見させてもらった。この意味、どういうことか、解るだろ?」

「!?」

「お前の正体を、大事な探偵さんにバラされたくなかったら、俺の後についてきな!もちろん、拒否権は無い!」

 一条に、怪盗シルバーだと分かれば、一緒にいられなくなってしまう。それだけは、避けたかった。

「貴様…!…分かったよ!」

『とんでもない奴だ…!あっさり、見破りやがって!」


 一条は、劇団の事務所に行き、フリード・マイケルの姿が無いことに気づき、青ざめる。

「…しまった!!」

 急いで月夜に電話する。だが…。

「ーーおかけになった電話は、電波の届かない所にあるか…。」

 音声案内の声しか聞こえず、電源が切られていることは明らかだった。

「私の迂闊だ!やはり、一緒に居るべきだった!」

 一条は、急いで事務所に戻ることにした。

            ※

 月夜は、たくさん並んだクルーザーの中の上にいた。外には、一つのテーブルと二つの椅子。テーブルの上には、豪華な食事とシャンパンが置いてあった。

 月夜とキースは、向かい合うようにして座っていた。

「話しはなんだ?」

 月夜は、足と手を組み、キースを、睨みつけていた。

「そう、急かすな。夜までは、まだ早い。じっくり、お互いの自己紹介といこうぜ。」

「夜までってことは、それまで返さない、と言うことか?」

「まあな。」

 キースは、バカ正直に答える。

「まずは、俺から。世に名高いトレジャーハンターのジャック・キースだ。よろしくな!父親は、日本人。母親は、フランス人。俺は、いわゆる忍者の技を父親から教わり、盗みのテクニックを身に着けた。欲しいものは、なんでも手に入れる!自慢なのは、この腕力と逃げ足の速いところだ。身体にも自信がある。とても頑丈で、ほんの少しの弾丸ぐらいへでもない!隠れるのも得意だが、お宝を隠すのも得意だ!」

 月夜は、フッと笑ってみせる。

「やはり、紛失事件はお前の仕業だったか!あれだけ目立っておきながら、よく平気でいられるものだな!」

「俺の長所だ!俺は、自分が一番だ。他の奴のことなんか気にしない!」

「はっ!自己中な奴だな。」

 月夜は、鼻で笑ってみせる。

「よく言われる。だから、仲間内でも煙たがられている。でも、それがなんだ!自分が良ければそれで俺は満足だ。」

「だろうな。仲間のことも、考えてなさそうだ。追い出したいのが、よく分かる。」

 月夜は、見下してみせる。

「俺は、俺の好きにさせてもらう。それでも、テクニックのほうは、誰よりも優れていると自負している!だから、劇団の中でも、いくら俺の身辺を探したところで、お宝は見つからないってわけだ!実力のほどは、お前も解るだろ?スマホとネックレスを取られた時に、気づきもしなかったんだから。」

『確かに、取られたことをまったく気がつかなかったな…!』

 月夜は、首に手を当てる。

「盗人猛々しいな!人の荷物を盗み出すなんてな!」

「お前に言われたくないぜ、怪盗シルバー!」

「!!」

 月夜は、身構える。

「さすが、有名な怪盗だけあって、凄い二面性を持っているな。あの探偵さんと居る時には、とてもしおらしいのに、普段のお前は気高い!まあ、普段の自分を隠さなきゃ、正体がバレちまうからな。」

「…。」

「なんで、正体がバレたのかって?中に、李周梅の名前が入っていたことで、ピンときた!ニュースでも、大々的に"怪盗シルバー捕まる"と報道されていたからな。本当のところ、彼女は一体どんな役割をしているんだ?」

「お前に、仲間の事まで話す義理はっ…!!」

 キースは、自分のスマホを見せる。

「仲間のデータは、こっちにも移させてもらってるんだぜ?いいのか、情報を流しても?」

「っ貴様…!」

「自分の自己紹介をしろ!そして、仲間の情報もな!俺は、冷酷な奴だ。他人の仲間を売ることを躊躇したりはしない!さあ、全部話せ。」

 月夜は、殺気を出して睨みつけた。だが、キースの目も本気だということが解る。仲間を守らなくてはいけない。それには、この男に逆らってはいけないことが分かっている。世間に公表されたら、全てが終わってしまう。月夜は、一呼吸おいてから、話し出す。

「…俺の名前は、宇佐美月夜。資産家だった宇佐美貞夫の義理の息子、というより、道具だった。宇佐美の会社は、二つに別れている。表向きは、宇佐美貞治が経営している、施設への融資。裏は、知っての通り、俺が引き継いで怪盗をし、お宝を盗み出して競売にかけている。その金で、仲間に分配して儲けている。」

「仲間の事も教えろ。李周梅は、何をしている?」

「…お宝の情報流しと、予告状を出している。」

「フューは?」

「連絡係と情報操作。得物をとったら、ドローンを飛ばして受け取る係りだ。」

「ジェリーは?」

「武器や防具を作っている。後、クッキーもしている。」

「バスクは?」

「臨時の仲間。まあ、資格をいくつも持っている何でも屋ってところだ。」

「ヒナコは?」

「競売に出す品定めをする鑑定士。競売で取れた報酬を提供してくれている。」

「なるほど。それぞれに、役割があるということか…。大体分かった。」

「全部、話しをしたんだから、くれぐらも…!!」

「分かっている。お前が、俺の言う通りにすれば、売りはしない。」

「くっ…!」

『仲間の命運がかかっている。油断ならねぇ、この男…!!』

 睨む月夜に、キースはようやく普段の顔つきに戻る。

「日が傾いてきた。まずは、目の前にある食事をしろ。」

「…とてもじゃないが、そんな気分には…。」

「いいから、俺の言う事を聞け。」

 刃向かうことも出来ず、月夜は渋々目の前にあるシャンパンに手をのばす。

「良い子だ!」

『ちくしょう!!』

 シャンパンを飲み始める月夜を眺めながら、キースはニヤリとする。

『ここに、防具さえあれば、すぐにでもこいつを叩きのめしてやれるのに…!』

 やるせない気持ちを押さえながら、月夜は料理を少しずつ口に運んでいく。

「後、一つ聞きたいことがある。」

「まだ、何かあるのかよ!」

「あの探偵事務に居るのは何故だ?」

「!?」

「何のために、一条の居る探偵事務所なんかに居座っている?」

「…情報収集のため…。」

「それだけか?ちゃんと答えろ!」

『そんな、プライベートのことまで聞き出す気かよ!』

 月夜は、ナイフとフォークを皿の上に置き、話すことにする。

「…始めは、俺の亡くなった前のシルバーをやっていた一夜兄さんを探すために、もっとも親しかった探偵の一条彰に近づいた。彼が、警察の依頼を受けて、怪盗シルバーを捕まえる依頼を受けていたことを知っていたからだ。彼の助手になって、得物を奪うための下調べが出来たからだよ。彼の考え、警察の配置、お宝がある場所が特定できる。建物内の構図も、全部把握できれば、取る算段、逃げる算段が簡単に出来る。」

「なるほど、用意周到だな。…で、だ。なんで、わざわざ事務所に一緒に住んでる?仲間との連絡が、取りにくいだろ?」

「貞治の仕事を手伝っていると言って、その場を離れる。実際、本当のことだから、ウソは言っていない。」

 再び、食事を始めながら答える。

「そういうことか。それなら、怪しまれずに済む。それでだ、一条とは、どういう関係だ?」

「!?」

 月夜は、食事をしている手を止める。

「こんなネックレスをもらっているんだ。何でもないわけないよな?」

 言いながら、奪っているネックレスを指に巻いてクルクル回す。

「それ、返せっ…!」

「答えろぉ〜!」

 月夜は、両手の拳を握りしめる。

『こんの男ぉ〜!!』

 渋々、答えるしかなかった。

「…こ、恋…人…関係…!」

「だろうなぁ〜。知ってるか?ネックレスをやるってことは、一生自分のモノにしておきたい、って意味があるんだそうだぜ。それで、何回寝た?」

「かか、関係ないだろ、そんなこと!!」

「大有りだ!実は、一番聞きたかったことは、これなんだよ!」

「なんでだよ!?」

「いいから、答えろ〜!」

「っ…!!」

 月夜は、爆発しそうな怒りをグッとこらえる。

「…何回も…!!」

「正確にだ!」

「っ…!…じゅう…に…。」

 月夜は、恥ずかしくなり、声を小さくする。

「あん?なんだって!?」

 キースは、声を荒げる。

「四十回以上!!そんなこと聞いて、一体っ!!」

『な、なんだ…!?』

 月夜は、急に全身が熱く火照り、力が抜けていくのを感じて、ナイフとフォークを落とす。そして、身体の震えが止まらず、椅子ごとその場に倒れてしまう。それを見て、キースはニヤリと笑いながら椅子を立つ。

「ようやく、俺特製の媚薬が効いてきたようだな。」

「なっ…!!」

 月夜は、体が動かず自分にゆっくりと近づいて来るキースの姿を目で追うことしかできないでいた。

「そうか。そんなに、おねんねしてたのか?どおりで、艶っぽいと思ったぜ!それを聞いて、ますます手に入れたくなった!俺は、人の大切なモノを奪うのがとても好きなんだ!すげえ興奮しちまう!!」

 本来のキースの狙いを知り、月夜は青ざめる。

『こいつ、始めから…!』

「今夜は、俺と一緒にイイことしようぜぇ〜!」

 言いながら、キースは動けなくなった月夜を抱き抱えて、クルーザーの中へ入って行った。

            ※

 行方が知れず、姿を消した月夜を心配し、一条は何度も電話をしたり、辺りを探し回っていた。マイケルが馴染みにしていた店や、劇団に入った時の履歴書に書いてある住所に行ってみたが、架空のものだった。そして、マイケルが目撃されている裏通りの怪しげな店に入ったりしたが、どこに行っても形跡が見つからず、仕方がなく誰もいない事務所に戻ることにした。

「一体、どこにいるんだ月夜…!!」

 もう、日が暮れようとしていた。今は、何も出来ず、ただ祈る事しか出来なかった。警察にも、捜索願を出し、またフリード・マイケルを窃盗及び誘拐の罪で届け出を出していた。一条は、デスクに座り俯いていた。すると、突然電話のベルが響き渡る。

「はい、一条探偵事務所!」

「お前の、探し人の居場所を知っている。」

「!?」

 その声は、変声機の声だった。

「H港の二番地にあるクルーザーへ行け。そこに、ヤツとお前の探し人が居る。教えた代わりに、お前にやって欲しいことがある。」

「なんだ?」

「奴のスマホを使えなくしてほしい。我々は、奴と縁を切る。後は、好きなようにしろ。分かったな?」

「…分かった!」

 電話は、プツンと切れた。何者なのか分からない。だが、マイケルの居場所を教えてくれたと言う事は、仲間に売られたのだろう。一条は、急いで向かうことにした。


フューは、月夜のスマホのGPSが反応が無くなり、不思議に思っていた。

「何やってるんだ、あいつ?スマホの電源切るなんて、今までそんなことなかったのに!」

「なんかぁ、様子がおかしいねぇ?」

 ジェリーも、不思議がっていた。

「俺たちとの連絡路を絶ったということは、何か起きていることは確かだ。」

 バスクも、不思議に思っていた。すると、仲間内にしか分からない回線に一つの通信が来ていることに気づき、フューが応答する。通信者の正体は不明。だが、胸騒ぎがして、その通信に出る。

「誰だ!?」

「お前たちの雇い主に、我々の仲間内にあった、ジャック・キースが余計なことをしてくれた。我々は、名の知れた宇佐美とその一味と争うことを望まない。だが、奴はお前たちの雇い主に余計な手を出してくれた。我々は、奴と縁を切る。後は、好きなように処分してくれていい。奴の居場所は、お前たちが知っている探偵に、教えてある。警察たちも、そこに向かうことになるだろう。じゃあな。」

「お、おい!」

 一方的に通信は切れた。

「聞いたか!」

「ああ。ジャック・キースと言っていたな。そいつのことを、調べよう!」

 バスクの提案に、フューとジェリーが頷く。


 月夜は、ベッドに寝かされて、徐々に息が荒くなっていた。体中も、熱と痺れで言う事をきかず、歯がゆい思いをしていた。キースは、上着を脱いで、ゆっくりとベッドの上に乗ってきた。

「大分、薬が体中に効いてきたみたいだなぁ。」

 キースは、動けない月夜の上に乗ってきた。

「有名な怪盗シルバーをモノにできるなんて、夢のようだぜ!」

 キースは、顔を近づけて月夜に濃厚なキスをする。だが、月夜は、動けない身体で、顔を少し背ける。

『こんな奴に、舌まで入れられてたまるか…!!』

 月夜の心情とは反対に、身体は強制的に反応を示していた。

「んっ…!」

 キースは、手慣れた感じで、顔から首筋へと唇を押しつけてくる。

「あっ…!」

 身体が、熱さと異常な快楽で自然に反応してしまう。キースは、月夜の服の中に手を入れてくる。

「ああっ!」

 月夜の声に、キースはフッと笑みを浮かべる。

「感じるだろ?」

「やっ…!止め…ろ!!」

 だが、言葉に反して、下のほうが硬くなっていた。

「夜は長い。じっくりと楽しんでやる。」

 キースは、唇を胸元からゆっくり下のほうへ押し当てて舐めていく。

「はぁっ…!ああっ!!」

「すべすべして、綺麗な肌をしている。俺好みだ、月夜!」

「!!」

「しっかり、薬は効いているようだなぁ。すっかり濡れている。」

「や、やだっ…!!触…るなっ…!!」

 キースは、月夜の言葉を聞くことなく、舌であらわになった部分を愛撫していく。

「あぁあっ!!やあぁあ〜!!」

 キースの口の中で、月夜の液は飛び出す。それを口にして、キースは飲み干す。

「勝利の美酒だな。良い声で鳴きやがる!」

 不意に、月夜は涙が滲んでくる。媚薬のせいで、月夜は快楽を求めていた。

「はうっ!」

 身体全体は、少し触られただけで反応を示してしまう。

『…こんな奴に、…こんな好きでもない奴に、俺は犯されてしまうのか…!?』

「…た…けて…!」

「ん?」

 その声を聞いて、キースはベルトを掴んだまま手を止める。

「…た、すけて、あ…きら…さ…!!」

 その声を聞いて、キースはますます欲情する。

「良い抵抗だなぁ!俺は、人のモノを奪うのが大好きだ!ゆっくり、天国に送ってやるよぉ!」

 キースは、ベルトを外していく。 

『やだっ!こんな奴に…!!』

「あ…きらさん!助けてぇ〜!!」

 泣きながら言う月夜の姿を見て、キースは笑い声をあげる。

「ますます欲情するよ!この場所は、仲間しか知らない。探偵さんは、来やしないよ!!」

 ハハハッ!と笑いながら、キースはズボンのジッパーを開ける。

『やだっ!やだよぉ!!』

「彰…さん!彰さ〜ん!!助けて〜!!」

 と、突然、キースの頭の後から、ガンッ!という音と共に椅子を持った人物が攻撃をする。キースは、床に倒れて気を失う。その後ろには、息を切らして駆けつけた、一条がいた。その姿を見て、月夜は嗚咽を吐き涙を流す。

「この、クソ野郎!!」

 一条は、あらわになった月夜のもとに足を運ぶ。

「月夜!!」

「…あ、彰さん…!!」

 月夜は、大粒の涙を流す。それを見て、一条は自分のコートを月夜にかけ、抱き抱える。

「…すまない。遅くなってしまって…!」

 月夜を抱えながら、電話で言われたとおり、キースのスマホを足で潰し、海の底へ投げ捨てる。そして、外のテーブルに置いてあったネックレスを手にする。

「…こ、怖…かったっ…!怖かったよぉ〜!!」

 一条の腕の中で、月夜は泣き崩れる。

「君を探すのに、時間がかかってしまった!さあ、家に帰ろう!」

「…う、うん…!」

 一条は、車を走らせる。それと同時に、パトカーが横を通り過ぎ、ジャック・キースのいるクルーザーへ向かっていく。

「もう、大丈夫だ月夜!あの犯罪人は捕まる。それにしても、何故電源を切って奴の元へ行ったんだ?」

「…あいつが、ネックレスを持っていて…。返してほしけるば、言う事を聞けって…。」

「そんなことで、なんで?無茶な事を!!」

「た、大切な…物だから…それで…。」

 一条は、月夜の方を向くと、息が荒くなっていることに気づく。

「どうした、月夜!?」

「…あいつに、変な、媚薬を…飲まされたんだ…!」

「くそっ!あの男!!」

 一条は、怒りが込み上げてしかたなかった。事務所に着き、一条は苦しそうにしている月夜を抱き抱えて自分の部屋へ行った。月夜は、いまだに激しく息をしていた。

「大丈夫か、月夜!?」

「あ、熱い…!身体が熱いんだ!苦しくて、…欲しい!助けて、彰さん…!!」

 一条は、やるせない気持ちになった。だが、このまま苦しんでいる月夜をそのまま放っておくわけにはいかなかった。

「本来なら不本意だが、楽になるまで…!」

 一条は、月夜にかけていたコートを外す。すると、身体のあちこちにキスマークがついていることに気づき、くっ!と怒りが込み上げてくる。

「くっ…!」

 一条は、自分も服を脱いで、月夜に口づけをした。

「んんっ…!!」

 一条は、徐々に月夜を開放していく。月夜は、苦しくて涙を流しながら、一条の中で喘いだ。

            ※

 何時間経っただろうか。ようやく、月夜に盛られた薬の効果が切れ、一条のベッドの中で力尽きていた。朝になり、一条は気を失って涙で腫れている月夜の目を見て、頭に手を置き優しく撫でた。


 出勤の時間になり、神谷が事務所に入ってきた。

「おはようございます、先生。」

「ああ、おはよう。」

 デスクで、ボーッと座り煙草を吸っている一条を見て、珍しい、と神谷は思った。

「今朝は、お一人で起きてらっしゃったんですね。そういえば、月夜さんは…?」

「彼は、昨日酷い目に合ってしまったんだ。可哀想だから、しばらくそっと寝かしておいてやってくれ。」

「は、はい。」

 神谷は、理由を聞かず、一条の言われるままにしたがった。


半日近くが経っただろうか。ようやく、月夜は目を覚ます。

『身体中、ダルい…。』

「んん…。」

 あの薬は、ようやく切れていて、痺れていた身体は自由に動くことに気づいた。ともかく、起きなくては、と体を起こす。

「…。」

 何を言っていいかわからず、月夜はそっとドアを開けた。

「起きたかい、月夜君。」

 一条が、声をかける。

「あ、は、はい…。その、昨日は…すみませんでした。」

 月夜は、少し目線を落として言った。

「シャワーを浴びて、服を着替えなさい。さっぱりするだろうから。」

「そう…します。」

 一条の提案に従うことにして、風呂場に気だるそうに歩いて行った。

「月夜さん。もう、お昼でお腹すいたでしょう?食べ物を用意しておきますね!」

 神谷が、珍しく声をかけてきた。

「あ、ありがとう。」

 月夜は、シャワーを浴びながら、体中にキスマークの跡が残っていることに気が付き、そっと涙を流した。

「好きでもない奴に犯されるなんて、もうまっぴらごめんだ…!」

 でも、最後に一条がギリギリのところで助けに入ってくれて、とても嬉しかった。首には、奪われたはずのネックレスがかかっていた。昨晩、薬が切れるまで、一条は優しく開放してくれた。そのことに、感謝せずにはいられなかった。シャワーを浴び、すっきりした月夜は、しどろもどろで一条に頭を下げる。

「…その。昨夜は、本当に助けていただいて、ありがとうございました!」

 一条は、フッと笑う。そして、その後の展開を話しする。

「例のフリード・マイケルこと、犯罪者ジャック・キースは、一度はお縄についたけど、その後、いつの間にか逃げ出して逃走中だそうだ。」

「えっ…!?」

 一条は、テレビをつける。

「ーー次のニュースです。〇〇劇団内で、窃盗を繰り返していたジャック・キース容疑者二十九歳が、逮捕されましたが、その後逃走をし、警察が身柄を探しています。警察は、指名手配をし、行方を追っています。また、ジャック・キース容疑者は、宇佐美月夜さんを誘拐及び性的暴行をした疑いもあります。」

 テレビ画面には、キースの顔が映し出された。

『よ、良かったぁ〜!俺の顔は、出されてないや。…にしても、性的暴行…。恥ずかしぬ…!!』

「月夜さん、お食事です。」

 神谷が、月夜のいつも座っているソファーに食事を置く。

「そ、その…。気を、落とさないでくださいね!」

「あ、ああ。ありがとう…。」

 ニュースの内容を知った神谷は、同情の言葉をかける。

『それにしても、俺の事が、大々的に放送されてしまうとは…。』

 月夜は、食事を食べながら、ため息を吐く。

『でも、警察を使うまでして、一条さんは必死に俺を探してくれていたんだな。』

 なんだか、嬉しくて、心の重荷が少しだけ軽くなった。







 仲間内に、月夜の身に起きていた事件を知って、電話がかかってきた。

「月夜、大丈夫だったか!?ジャック・キースのこと色々調べたけど、ヤバい奴に目をつけられたものだな!」

「まあ、ちょっとな。でも、あいつは危険な奴だ!早く捕まってくれないとな!」

「そうだな。…実は、奴の仲間だったらしい連中からタレ込みがあった。こっちに被害が出るようなら、好きにしてくれて良いそうだ!李やヒナコたちにも、話しはつけてある。奴が現れたら、俺らの好きにしてやろうぜ!」

「ああ。そのつもりだ!実はな…。」

 月夜は、キースと話しをしたことを鮮明に話す。キースの身の上話し、脅されて仲間の情報を全て話す羽目になったことを…。

「なんて野郎だ!頭にくるぜ!よし、今の話しを仲間に全て話す。俺たちの命運もかかっているしな!構わないよな?」

「ああ、いいよ。元はと言えば、油断していた俺のミスだったわけだから…。」

 月夜は、申し訳なさそうに言う。

「あまり、気にするな!俺たちは、いつでもお前の大切な仲間だ!危険にさらされれば、どこへでも駆け付ける!」

 その言葉を聞き、月夜は嬉しくなる。

「ありがとう、フュー!俺は、果報者だ!」

 フューは、照れくさそうに、ヘヘッと笑う。そして、電話を切った。

「戻るか…。」

 一息おいて、月夜は事務所に向かうことにした。だが、再びスマホのバイブが鳴り、足を止める。

「また、フューか?何か、他に用が…。」

 不思議に思い、スマホの画面に目をやる。そして、招かれざる客の名前が表示されていて、静かに電話に出る。

「やあ、月夜ぁ〜!俺だぁ!実はな、仲間に売られちまって、居場所が無くなっちまってよぉ!」

「…。」

 月夜は、電信柱から顔を出し、笑って手を振っている男を見て、怒りで体が震える。

「…キース〜!てめぇ、スマホは一条さんが捨てたはずなのに、なんで持ってやがる!!」

「海の中を泳いで、探し出したぁ!いやぁ〜、苦労したぁ!!」

 自分の立場をわきまえず、再び登場した男に、言葉が無い。

『…こいつ、バカか…!?』

 月夜は、呆れながら再びフューに電話する。

「どうした、月夜?まだ、何か…。」

「奴が、目の前にいる。」

「はぁ〜!?」

 キースは、ゆっくりと月夜のほうへ歩いてくる。

「いやぁ〜!俺、お前にべた惚れしちまってよぉ〜!これから、ずっとお前について行こうと思ったんだぁ!だからよぉ、俺をお前たちの仲間に…。」

「ふっ!!」

 自分に近づいてきたキースの急所を、月夜は思い切り蹴り上げる。

「ぬぅほおぉ〜!!」

 キースは、たまらずその場に倒れ込む。その隙に、月夜はキースのスマホを取り上げ、SDカードを手で割り、スマホを地面に叩き落とし、思い切り何度も踏み潰した。

「…そいつ、バカなのか…?」

 電話越しに聞いていたフューが、答える。

「俺たちの情報は、消去した。どうする?」

「…警察に通報だ。」

「通報だな。」

 二人の意見は、同じだった。

「っちょ、ちょっと…待ってぇ〜!」

「あ、もしもし。今、指名手配されている男が一条事務所の傍にいるので、今すぐ捕まえに来てほしいんですけど。」

 月夜は、事務所に向かい歩きながら通報する。

「まぁ、待ってぇ〜!!」

 キースは、悶え苦しみながら、月夜のほうへ手を伸ばす。しばらくすると、パトカーのサイレンが遠くから聞こえてくる。

「ううっ…!!」

 キースは、ギョッとする。

「ぜ、絶対っ…、あ、諦めないからなぁ!月夜ぁ〜!!」

『付き合ってられねぇ。』

 月夜は、深いため息をつきながら事務所に入って行った。


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