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推しとの距離感

 実力テストを終え、図書委員の仕事も通常に戻った。


「はい!返却ですね。」「歴史物は壁奥の棚にあります。」「返却期限は1週間後の月曜日です。」「一度に3冊までとなってまして⋯。」


 昼休みに図書室の受付をしているのだが、静かなはずの図書室は多くの生徒で賑わっている。

 普段は片方が食事を取っている間、片方が受付をするのだが...。今日は食事が取れないほど混んでいる。


「西野くん、ご飯食べて来て大丈夫だよ!⋯返却ですね。」

「いやいや!渡辺さんこそ、ご飯食べて。僕は大丈夫だから。⋯はい。コチラでお預かりします。」

「いやいや!いくら西野くんでも捌ききれないよ!」

(ぐぅ~。)

 お腹が鳴ってしまった/////狭い受付カウンターの中では、確実に西野くんには聞こえただろう。“食べて来て良いよ”と言ったって、お腹空いてるの私じゃん!!恥ずかしい/////


「/////そ、それじゃあ、2人で頑張って早くご飯食べよう!」

「そうだね。」


 それから生徒達は途切れること無く、本のやり取りをしつつ返却された本をチェックし、棚へ戻してゆく。あっという間に時間は過ぎていった。


「⋯では、返却期限は1週間後の月曜日です。」

 最後の生徒が図書室を出た時、昼休み終了のチャイムが鳴った。


「お疲れ様。終わったね。」

「お疲れ様〜!西野くんありがとう〜!やっぱ、私1人じゃ無理だったと思う。」

「こちらこそ、ありがとう。こんなに忙しかったの、僕も初めて。」


 くぅ~!推しの“ありがとう”戴きました!!


 嵐の後の余韻で、受付カウンターから動けずにいた所に、司書の立川さんが声を掛けてくれた。生徒達の案内や、本の補修等ずっと手伝ってくれていた。


「いや~お疲れ様。今日は忙しかったね。先日の朗読会の反響かな?嬉しいことだけど、君達には悪いことしたね。今日のお昼、まだだろう?」

「はい。」と答えると図書室のバックヤードにあたる休憩室を指差して、

「今日は掃除は私がしておくから、お昼食べておいで。時間は短いけど。」と提案してくれた。


「良いんですか?」

「勿論!さぁさぁ、時間無くなっちゃう!」


 立川さんに促されて、小さなローテーブルと2人掛けのソファーの置かれた部屋で、2人でお昼ご飯を食べることになった。

 此処はいつも1人ずつでしかご飯を食べないから、柔らかな革のソファーが凄く狭く感じる。

 近いからか、西野くんが大きくも感じる。身長高いからそうりゃそうだよね~!⋯⋯って違う!私が沈んでいるんだ!ソファーが私の方だけ沈み込んでる!これって、私の方が体重が重いってこと⋯!?いぃやゃぁあぁぁあぁああ!!


「渡辺さん、狭くない?大丈夫?僕いつもそっち側に座るから、こっちはクッションが高いね。」


 おや⋯⋯?そう言えば、私はいつもと同じ位置に座った。なのに、低いってことは西野くんが座っている位置が高いって事だったのか!なぁーんだ!良かったぁ!


「違和感あるなら、交換する?」

「あっ!ごめん、そういう意味じゃなくて⋯えっと⋯⋯ここの部屋から受付カウンター見えるけど、ソファーからはそっちに座らないと見えないんだ。だから⋯」


 西野くんの言ってる事は分かる。この部屋の窓は外窓もあるが、腰の高さ程の位置に図書室の受付カウンターが見える小窓が付いている。その小窓は書類棚から溢れたファイル等で少し隠れてしまっていて、ソファーに座る位置によってはカウンターが見えなくなるのだ。


「それって、私が受付やってるの見てるって⋯」

「いやっ/////違うっ!えっと、違くないけど…/////」

「やっぱり!道理で、いつもベストタイミングだったんだ!困った時に来てくれるからヒーローみたいって思ってたんだよ〜!」


 横に座る西野くんは顔を背け俯いているが、耳まで紅く火照っている。これは、照れている!!

 可っっっっっっっっ愛いいいいいいいいいいい!!

 私の中で何かが疼いた。この感覚は何だろう。もっと見てみたい。西野くんを知りたいな...。


「食べよ?」

「うん。」

 西野はコンビニのサンドイッチ。彩葉はお弁当を開けた。


「いつも、コンビニなの?」

「(コクリと頷く)」

「そっか。」


 いつも食べるお弁当の味がしない⋯。緊張する。少し動けば肩が触れる。西野くんにも心臓の音が聞こえてしまうんじゃないかと思えば思う程、却って大きく脈を打つ。


 ⋯今までどうしてたんだっけ?私、なんでこんなに緊張してるの⋯?何か喋らなきゃ!!


「し、静か⋯だね。」

「(コクリと頷く)」


 西野くんは喋らない...。


「それだけじゃ、お腹空かない?」

「(コクリと頷く)」


 喋ってよ〜!そう言えば、前にも同じ事あったような⋯。その時は、声を聞きたくて必死に応えてくれる質問を考えてた。だけど今は、声も聞きたいけど西野くんの事が知りたい。だから話したい。喋って欲しい。会話をして欲しい!


「西野くん。喋って?」

「⋯!?⋯ごめん。⋯なんか、緊張してる⋯。変⋯だよね⋯。」


 嗚呼、いつもと同じ声が新鮮に聞こえる。初めて見る顔つきだからだろうか。でも今の気持ちは同じだ。私は小さく首を横に振った。


「ううん。変じゃない。私も緊張してる。」

 初めて、真っ直ぐ西野くんに向き合った気がした。


 チャイムが鳴る。


「お二人さん!そろそろ授業が始まるんじゃないのかい?」

 突如開いた扉に思わず2人は立ち上がった。

 立川さんが様子を見に来ただけだった。慌ててしまったが、お弁当を片付けて「ありがとうございました。」とだけ挨拶をし、教室へと戻った。


 ―――――


「どした?お前、顔赤いけど…彩葉と何かあったか?!」

 茶化す様に昴は西野に詰め寄った。


「いやっ!なんでもない!なんでもないよ///」

「嘘だぁ~!なんだよ〜じゃ、彩葉に聞いてこようかな?」

「ばっか!やめて⋯本当に何てことも無いんだ。僕だけが。。。」


 恥ずかしい。あの小さな部屋に2人掛けのソファー、どんなに端に寄っても腕が触れる。早く食べ終えて此処から逃げたい位に、緊張してた。でも気持ちとは裏腹に一口が飲み込めなくて。美味しそうにお弁当を頬張る姿を見ていたかった。それだけで嬉しかったのに⋯

『西野くん。喋って?』『私も緊張してる。』


 頭に蘇る彼女の顔は、真っ直ぐ僕を見ていた。“推し”はこういう時、ファンサをするんだろうか。僕はファンサをするべきだったのに。先日の学校帰りみたいに。


 花火の日に決意した。僕は彼女の“推し”から始めると。告白する自信が無いと自覚したあの時、彼女の“最推し”になることを目標にした。それからというもの、セリフや発声の仕方、滑舌の練習をしたり。


 でも、いざ目の前にすると出来なくて。近くに居る事が精一杯で。声が出ない。


「情けないな⋯。」


 ――――――


 日が落ちるのが早く、夕焼けに染まるカーテンが教室内に大きく揺らぐ。

 授業が終わった教室には、数人の生徒達が帰路へと向かう準備をしている。


「彩葉!一緒に帰ろ?」

 声のした方を見ると、教室の後方ドアから奈央が手を振る。


 雑に手を振り返した私は、西野くんの横を「また明日〜」と通り過ぎた。成る可く普通に。


「今日は委員会無かったの?」と聞く奈央は何処か浮ついた様子。

「萌々なら美術部で居ないよ。」

「答えが違うのだが、それは残念だ。」

「見に来たんでしょ?だいたい分かる。」


 あからさまに萎れた奈央に、私は写真をスマホに送った。


「なーにー?⋯きゃぁああ!」

「静かにして。満足ですか?」

「はい!」

 奈央に送った写真は、以前みんなで行った夏祭りの集合写真と、萌々のソロ写真。


 ○*゜。○*゜。○*゜。

「ねぇ、私だけの写真って居るの?」と不思議がる萌々に、私は必要になる時があると数枚撮らせてもらった。

 ○*゜。○*゜。○*゜。


「ブツは確認した。要求は?」

「相談に乗って欲しい。」

「場所を移そうか。」


 エージェント2人(彩葉と奈央)はファミレスに来た。


「どうやって話すんだっけ?」

「何が?」

「会話が出来なくなっちゃって。」

「西野くんの事か。『おはよう』『今日天気良いね』『好きです』って言えば?」

「言えるわけないでしょ!!⋯前は声が聞ければいいと思ってたんだけど、、」

「だけど?」


 私にも分からない。“だけど”に続く言葉が何という感情なのか。西野くんに対して抱く推しの気持ちに変わらない。声が好き。一番好き。でも、何か違う。


「分かんないなら、それは、“推し疲れ”じゃない?」

「推し疲れ⋯?」

「推しへの愛は、日常生活に支障が出るほど大きい人もいる。いっつも推し中心に生活する事で、睡眠や学業に支障が出ていませんか?」

「そんな事は!!」

「無い?⋯⋯この間、事故寸前を助けてもらったのは誰?学力テストの為徹夜した結果のその()()なんじゃないの?」

「うぐぅぅ...。」


 確かに。でも!最近西野くんの録音を聞きながらの登下校は避けてるし、(その代わりに家に帰ればエンドレスリピート)

 図書委員の受付は私も慣れてきたし、(西野くんの声を枯らしてはならない!!出来るだけ一人でやる!)

 ()()は、早起きしてお弁当を作る練習をしているからだし!(いつかお弁当を食べてもらえる日が来るかもしれない。健康管理は大事!)



「疲れてないもん!!」

「その自己犠牲!程々にしなきゃ、西野くんに認知してもらったファンのくせに“重い”って思われた瞬間に、友達でもなくなるよ!」


 衝撃が走った。そう私の推しは友達。決してテレビの向こうや、次元が違う訳では無い。遠くない存在だからこそ、距離感を間違えてはいけない。重いと思われたら、それこそファン失格どころか絶交だってあり得る。


「自重します。」

「宜しい。そんなに近付きたいなら、友達として仲良くなるしか無いよ。相手は現実世界の目の前の人なんだから。」


 奈央はう~ん。と少し考えて一つの提案をした。


「遊びに行くってのはどう?そうだよ!!今度の土日、みんなで遊びに行こう!」

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