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沼じゃん。

 夏休みも終わり、始業式。


「えーー。皆さん、夏休みは時間を有意義に過ごして⋯⋯」


 校長先生の話が入って来ない…。いや、いつもの事だけど、そうじゃなくて、、、。今日、たった今から夏休みの集大成、アノ発表会をする!!

 何故かたった一つの委員会の為に、全校集会の中でわざわざ時間を取ってくれたらしい。いらんお節介!!

 はぁ~緊張する。裏方とはいえ一発勝負。図書委員が、ピリッとしているのが分かる。こんなに鼓動が大きいのは久し振り。ソワソワするぅうう!


「大丈夫?緊張してるの?」

 列に並ぶ西野くんは、いつも通り落ち着いている。流石、声優草間紘太さんの弟!


「うん⋯裏方なのにね。西野くんは落ち着いてて凄いね。」

「僕も緊張してるよ?上手く隠してるだけ。余裕に見える様にカッコつけてる。」

「ふふっ!⋯あっごめん、そんな事言うと思ってなかったから。ふふふっ⋯」

 思わず笑ってしまった。そんな冗談言ったりするんだ。


 ニッコリと笑う西野くんの顔で分かった。私の緊張をほぐしてくれたんだ。西野くんの気遣いは凄く細やかなのに、効果抜群だ。声の成せる技なのかな?


「それでは只今より、図書委員会による夏休み企画【桃太郎に捧げよ、愛乱舞】の発表です!」

 緞帳が上がる。照明が落ち、舞台スクリーンに映し出された漫画の表紙に、生徒達の拍手と歓声が体育館に響く。


『桃太郎に捧げよ、愛乱舞。 ある所に桃太郎という青年が住んでおりました。青年はアノ桃太郎の末裔であり、桃太郎を継ぐたった一人の人物でした。そして、この度結婚が決まったのでした。然し、そのお嫁さんは鬼の末裔“鬼姫”だったのです⋯』

 ナレーションで始まる物語。


 結婚式当日、嫁である“鬼姫”は永年の夢、桃太郎への復讐を目論んでいた。が、そこに鬼姫の“魅虜力”と呼ばれる“人を惑わし虜にする鬼の力”を欲する宇宙人が現れ、鬼姫は攫われてしまう。

 利害の一致から一度は宇宙人と手を組んだ鬼姫だったが、それまで力を封じ桃太郎と過ごしてきた中で気持ちが揺らいでいた。

 その頃、仲間を集め宇宙人ソプデトが率いる宇宙船へと妻奪還に向かった桃太郎達。


『桃太郎…。私の先祖を殺した相手。決して想いを寄せてはいけない相手…。なのに!どうしても惹かれてしまうの…。』

『しっかりするんだ!あやつは君の敵であり、今は鬼プロジェクトの攻撃対象なのだぞ!』

『分かっているわ。だからこうして、貴方に付いて来たんじゃない!ソプデト!』

『分かっているなら、我らに従うんだな。』


 不思議な足音を立て、宇宙人の手下がやって来る。

『ソプデト様!たった今、桃太郎が我が宇宙船に乗り込んで来て…ぐふぁぁあ!!』

『どうした!?…くっ……桃太郎!』

『ここまでだ!鬼姫を返してもらおうか!!』

『どうやってここに!?』

『ウチの技術力ナメんなよ!!』

 雉の女の子は関西ギャルでメカに強いキャラ。ジャラッと工具を構える。

『お前達!やっちまえ!』

 ソプデトの合図で襲いかかる手下達と交戦する桃太郎達。剣の交わる音と複数の足音。


 会場からは臨場感ある音とライティングに喚声があがった。

 練習した甲斐があるぅー!!


『鬼姫だとしても、俺と一緒に来てくれないか?』

『私は貴方の敵。私、、裏切ったのよ!?』

『それでも良い。君が俺を許せるのなら。。。いや、憎んでいても俺が塗り替えてみせる。だから、一緒に来い!!』

『⋯⋯/////うんっ!!』


 良いッッッ!!ここ好きなんだよね〜!西野くんのセリフに聴き惚れる。“俺”が聴ける幸福…。


 宇宙人らの謎の光線に苦しむ桃太郎達を救うため、鬼姫は魅虜力を使い本来の姿を取り戻した。虜となった宇宙人は、大人しく宇宙の彼方へと消えた。だが、鬼姫の本来の姿に恐れる人間達を見て、鬼姫は姿を消す。


『もう、戻れない。さようなら…。』

『鬼姫!姿が変わろうとも、想いは変わらない。いつまでも、何度でも、愛している。』


『それから長い年月が過ぎ、青年だった桃太郎も歳をとった。たった一人で。鬼姫は鬼であるが故、あの時と変わらぬ人の姿で現れた。』


『あ、あ、、姫⋯』

『今度は、私がいつまでも、、、何度でも待っています。⋯愛してる。』


 こうして幕を閉じた。緞帳がゆっくりと下がり、体育館の明かりが戻ると、所々から啜り泣く声。生徒よりも先生達にぶっ刺さったようで、めっちゃ泣いてる。

 分かるッ!分かるよぉー!伝わったようで良かった。声優が良いからねっ!!って私がドヤってどうする。


「ご清聴有難うございました。図書委員会会長岩槻です。今回は漫画の読み聞かせをすることとなりました。本の中でも身近な漫画は、絵がメインで読み易いと思います。然し、御存知の通り学校には漫画はありません。小説やエッセイは文字ばかりで、読む気にならない人も多いかも知れません。でも、その紡がれた文字や言葉に、色を付けることができるのは読者だけです。是非、偉人や作家さんの物語を覗いてみてください。皆さんの想像力で本の世界は無限に広がります。図書室でお待ちしています。」


 拍手が大きく体育館に響き渡り、発表が終わった。

 教室へと戻ると、西野くんは囲まれていた。


「あの主人公の声やってたんだね!!」「スゲー良かった!!マジで!」「あんな声出せんだな!」「めちゃくちゃ良かったよー!!」


「あ、ありがとう。/////」

 照れくさそうに俯きながら、耳まで赤くなってる。


「西野くんの“俺”カッコよかったぁ!いつも“僕”だから新鮮!」「これからも“俺”にしたら良いのに。」

 なんということでしょう!今まで私が言いたかった言葉を、こんなにもあっさり伝えてしまうとはッッッ!行けっ!もっと押せ!!私は“一人称俺”をもっと聴きたいんだ!


 ジーーーっと念を込めていたら、西野くんの声が聞こえた。

「“俺”かぁ。⋯僕は、“僕”が良いかな。恥ずかしいし/////。」


 可愛いかよ/////!!さっきのキャラからのギャップで死ぬ!!


「さぁ~席付けー!!今日から2学期。中弛みしやすい時期でもあるからな!!気を引き締めて今学期も勉学に励んでくれよ!」

「先生〜泣いてたよな!俺見た!」

「いいから!お前達も、ちょっと位本読んでくれよ!!直ぐに実力テストがあるからな!!」

「「あぁぁぁ。。。」」

 落胆する声とともに、気力が失せる教室内。


 そうだった…。私も夏祭りと図書委員企画で夏休み満喫したから忘れてた…。でも、今年の夏休み⋯忙しかったけど楽しかったな。何より、この録音が私にとって一番の収穫!



 昼過ぎのジメッとした帰り道。蝉の声が辺りにまだ夏を引きずっている。

 だけど、私には先輩に貰ったこのデータのお陰で、爽やかな風が吹いている!スマホにイヤホンを挿して再生する。


『鬼姫を見捨てたりなんかしない!』

『死に腐れ、クズ共が。』

『俺達の気持ちは一つだ。』

『⋯何度でも愛してる。』


 こりゃ堪んないぜ!!思い出して泣けてくるぅ。。。遂に、推しの声を手に入れた私!もう何でも頑張れる!!


 住宅街、信号の無い交差点に差し掛かる。ニヤニヤしながら歩いていると、急に後ろへと引っ張られ、ドサッと倒れた。

「ッ痛った⋯くない⋯?」


 目を開けると、私の下敷きになっている西野くんの姿。

「西野くん!?」

「大丈夫?ケガしてない?」

「私は何ともない、けど、西野くん手⋯!!」

「良かった。角からバイクが来てて、気づいてないみたいだったから。」

「そっか。イヤホンしてて気付かなかった…助けてくれてありがとう。でも、西野くん擦りむいて⋯」

「あ、、これくらい平気だよ。」

 擦りむいた掌をヒラヒラさせて、ニッコリ笑う。


「でも、取り敢えず洗わないと!」

 私は近くの公園のベンチに西野くんを座らせた。


「そのままは良くないから、水で洗って!」

「ありがとう。」

「見せて。あー痛そ〜!!」

 公園の水道で砂を落とし、傷が顕になるとやっぱり血が滲んでる。そっとハンカチで水を拭い、絆創膏を探す私を見てクスクスと笑う西野くん。


「なんで笑うの?」

「ククッ⋯ごめん。昔もあったなぁって思い出して。その時も、こうやって(痛そ〜)って言いながら手当てしてくれたんだけど、それが僕より痛がってて、変わんないなぁって。」

「そうだっけ?だって、痛そうなんだもん。」

「大丈夫だよ。痛くない。」


 大きくて温かいごつごつとした手は、私の手に余る。ずるい笑顔を浮かべて私の耳まで包む声は、“推し”だけでは抱えきれないのかもしれない…。


「/////出来たよ!!」

「ありがとう。ところで、何聞いてたの?」

「/////へっ!?」

「バイクの音も聞こえないくらい、集中してたみたいだし。何聞いてたの?」

「///いやっ?!なんでもないよ?!/////」


 言えない言えない言えない言えないッッッ!!絶っっっっっ対に言ってはいけない!

 図書副委員長の先輩に頼んで、元音源をコピーしてもらって、自宅でちまちま編集して、西野くんオンリーのオリジナル音源にしたのを聞いてた・・・・

 こんなの気持ち悪がられるに決まってる!!いくら友達でもドン引きだよ!教えられない!ダメ!絶対!


「気になる⋯。あれ?音漏れて⋯」

 西野くんの近くに私のスマホ。そのスマホに挿したイヤホンから若干の音漏れ&画面にはファイル名、[推し声]の文字。

 認識時間僅か0.01秒。叫びと共にスマホは鞄の下敷きになった。


「ああああああああ!」

「ダメなんだ。」

「だめ。」

「聞きたいなぁ。ダメ?」

「だめ。無理。絶対!」

「そこまで言われると、余計知りたくなるよ。」

「暗くなっちゃうから、帰ろう?」

「あ、話そらした。」


 私は鞄にスマホを仕舞い、ベンチから立ち上がる。

「行こう?」


 少し間をおいて、西野くんも立ち上がる。

「そうだね。知られたくないこともあるよね。」

「そういう訳じゃないんだけど⋯」

「恥ずかしいんだ?」

「/////恥ずかしいし、聞いたら絶対、引く。」

「クククッ!うわぁ~余計に気になること言うね。」

「あぁ~/////そう言う意味じゃ///いや、そうだけどぉ~/////」

「⋯俺の声が最推しなら、この声だけ聞いててよ。」

「///へひゃっっっ!?///」


 夕焼けに染まった空の下、オレンジの光が私達を眩しく照らす。西野くんがいつもより強くて近い…。


「なんてね。僕こっちだから。気をつけてね!また明日。」

 くるりと背を向けて帰っていく西野くんを見送った。


「私⋯ヤバい⋯⋯かも/////⋯⋯沼じゃん。」

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