5話 王国への帰路
馬車の揺れる音が微かに耳に届く。硬い床の感触とわずかに湿った空気。ぼんやりとした意識が戻るにつれて、全身を覆う疲労感がじわじわと蘇る。
「……ここは?」
目を開けると、そこには見慣れた木造の天井と、柔らかな布で覆われた馬車の中。
視界の端に見慣れた服装の女性が映る。
「グラン、気がつきましたか?」
隣に座るイリスの声が優しく耳に響く。
顔を向けると、彼女は心底ほっとしたような表情で俺を見ていた。
「どうやら、馬車に帰る途中で意識を失ってしまったようですね。体調は大丈夫ですか?」
「あぁ……なんとか。」
喉が乾き、声が少しかすれている。
体を起こそうとするが、思った以上に力が入らない。
「まだ無理はしないでください。魔力が少し回復したので回復魔法をかけておきましたが、まだ万全ではないはずです。」
イリスは俺が起き上がろうとするのを静かに制し、そっと肩に手を添える。その手から、わずかな温かさが伝わってきた。
「セラは?」
「彼女は外で御者をしてくれています。」
「そうか……。なら、もう少し休ませてもらうかな。イリス、ありがとう。」
「ええ、どうぞお休みください。何かあればすぐ呼びますから。」
彼女の穏やかな声に促され、俺は再び体を横たえた。馬車の外からは風の音が聞こえ、足元で馬の蹄が規則的に地面を叩く音が響いている。どこまでも続く草原を走り抜けているのだろう。
俺たちは確実に、王国への道を進んでいるのだ――そう実感しながら、俺は少しずつ意識を手放していった。
それから十数日。
馬車の中で幾度も朝を迎え、夜を越えながら、俺たちはついに王都へとたどり着いた。