第8話 レナードとルミナリアの散策
「……俺は学校とあの廃墟以外に行ったことがないんだ。食事をしたついでに街の案内を頼めないか?」
無愛想に、だがはっきりと聞こえる声でレナードが告げる。
「……えぇ、いいわよ」
ルミナリアはそう答えると、レナードの隣へ並ぶ。
(この人はいつもこんな感じなのかしら?)
横目で隣を歩くレナードを見ながら、ルミナリアはそんなことを考えていた。
先ほどまでとは打って変わり、彼は積極的に話しかけてくることはなかった。
まるで何かを待っているかのように、ゆっくりとルミナリアの横を歩く。
ルミナリアは、そんな彼の様子を不思議に思いながらも、特に言及せずに歩を進めた。
「ここが魔術師の塔よ」
しばらく歩いたところで、ルミナリアは目的地である建物へ到着した。
その建物は街の中央にあり、他の建築物と比べて高く、頑丈な造りをしている。
「随分と高いな……」
塔を見上げながら、レナードはぽつりとつぶやく。
「えぇ、知っていると思うけど、ここは世界で唯一魔法の研究を許可されている場所よ」
「ほぉ……」
興味深そうに建物を眺めながら、レナードは感嘆の声を上げる。
レナードが知らない訳がないと思っていたルミナリアは、意外そうな表情をした。
「あれ? あなたは知っていたんじゃないの?」
「あぁ、もちろん。ただ俺は知識としてしか知らなかったんだ」
「知識として?」
ルミナリアは首を傾げながら、レナードの言葉を繰り返す。
「あるのは知っていたけど来たことがなかった。こう言えばわかるか?」
「そういうことね」
納得した表情を見せるルミナリアを見て、レナードが補足するように話す。
「ここへ入るには許可が必要なんだろう?」
「そうよ。魔法学校だと学校長クラスの人が許可をくれないと中へ入れないわ」
「今日は入れないな。中にどんな奴がいるのか見たかったのだが……」
肩をすくめながら答えるレナードに対し、ルミナリアは苦笑いを浮かべる。
「ふふっ、そうね。残念だわ」
「仕方ないか。次に行くぞ」
「ちょっと待ってよ! どこへいくつもりなの?」
踵を返して歩き出したレナードの後ろを、ルミナリアは慌てて追いかけた。
そんな彼女に対して、レナード考えるように顎へ手を当てて口を開く。
「そうだな……とりあえず武器屋へ案内をしてくれ」
「武器? あなた自分の杖は?」
「これだが、マルコに折られたらしい」
レナードの取り出した真新しい杖が、真ん中で折られている。
折れている杖を見たルミナリアは、驚きの声を上げた。
「折られた……そんなことになっていたのね」
マルコがレナードの杖を折ったことをルミナリアは初めて聞いた。
(マルコ、こんなことをしていたなんて……)
杖が真新しいのは、魔法学校の入学と同時期にレナードが杖を購入したためだろう。
ただ、なんとなくレナードの口調が他人事なのをルミナリアは不思議に感じた。
「でも、折られた【らしい】ってどういうこと?」
「まぁ、色々あってな……」
レナードは言葉を濁すと、手に持っていた杖を元の場所へと戻す。
杖を懐に入れるレナードの横顔をルミナリアは黙って見届けた。
(お互い言えないことが沢山ね……)
ルミナリアは彼が自分にしてくれたように、深く追求しなかった。
「そう……なら行きましょう。見たいのは杖?」
「いや、杖以外の武器だ」
ルミナリアはレナードの返事を聞くと、先導するように声をかけた。
「わかったわ、こっちよ」
ルミナリアが歩き出し、レナードがその後に続く。
二人は裏道にある小さな武器屋へ足を踏み入れた。
店の内装は至って普通であり、カウンターの奥に店主と思われる初老の男性が見える。
「らっしゃい……」
店主は不機嫌そうに声を出すと、二人を一睨みしてから手元の作業へ戻った。
二人の来店を歓迎していないことは明らかだった。
「どうも好かれていないようだ。ルミナリアよ、どうしてこの店を? 来る途中に他の店もあっただろう?」
入り口で店内を見回したレナードは、不満を隠すことなく尋ねた。
「ここは街で有数の品質を誇る店よ。よく見ればわかるけどどれも良い品ばかりだと思うわ」
ルミナリアは当たり前のように答え、不機嫌そうな店主へ近づく。
「おじさん。私たち冷やかしできているのではなく、彼が使う武器を探しにきたの。見繕ってくれるかしら?」
「お前さんたち魔法学校の生徒だろう? 杖はいらんのか、杖は」
ルミナリアの言葉を聞いた店主は鼻を鳴らし、「杖ならない」と言葉を付け加えた。
「見たいのは槍だ。なぜか店内には剣しかない。槍はどこにある?」
店主の態度を気にすることなく、レナードは自分の要求を口にする。
「魔法使いが槍なんて使わないだろう。接近されたときに使う剣が欲しいんじゃないのか?」
「槍だ、俺は槍が使いたい、もしかしてないのか?」
「……ちっ。ついてこい」
舌打ちをした店主は、奥の部屋へ向かうと扉を開けて入っていく。
レナードとルミナリアはその背中を静かに追った。
「ここが剣以外の武器が置いてある保管庫になっている。好きなものを持っていけ」
部屋の中は薄暗く、棚に様々な種類の武器が並んでいる。
店主はそう言うと部屋から出ていき、すぐに扉を閉める音が聞こえてきた。
「どれにするの? なんだかお店に飾ってあるのと比べて、埃をかぶっているわ」
ルミナリアが棚へ乱雑に並べられている武器を見渡しながら尋ねた。
「適当に選んでくる。ルミナリアは待っていてくれ」
「ええ、わかったわ」
レナードが武器を選びに離れると、ルミナリアは一人になった。
薄暗い部屋に一人でいると急に寂しい気分になってくる。
(早く戻ってよ……)
心の中でそう呟くと、寂しさを紛らわすために考え事に耽ることにした。
(私が死を受け入れている理由……今のレナードに話す? ううん。いつもみたいに馬鹿にされるだけよ)
自分の感情を落ち着かせるように大きく深呼吸を行い、ルミナリアは目を閉じた。
(そもそもレナードに言ってどうにかなる問題じゃない……私にもわかっていないのに……)
「待たせた」
いつの間にか背後に立っていたレナードが、そう言いながらルミナリアの肩に手を置いた。
「ひゃっ!?」
突然の出来事に驚いたルミナリアが、小さく悲鳴を上げて振り返る。
「な、なによ!」
「すまない。驚かせるつもりはなかった」
レナードは素直に謝り、ルミナリアから数歩離れた。
レナードが手に一本の槍を持っていることに気付いたルミナリアは、興味深そうに視線を向ける。
「それがあなたの選んだ武器?」
「あぁ、一番良い槍を選んだつもりだ」
レナードの持つ槍は彼の背丈以上あり、穂先は鋭く尖っていた。
柄の部分は太くなっているものの、握りやすい形状をしている。
「そう、なら良かったわ」
ルミナリアはそう答えると、保管庫の扉を開けて店主の待つ部屋へ向かった。
「決まったか?」
二人が戻ると、店主が面倒くさそうに問いかけた。
「えぇ、彼が持っている槍? を買うわ」
レナードは手に持った槍を丁寧に店主へ差し出す。
その槍は刃が【また】 になっており、ルミナリアが見たことがないような代物だった。
「ほぉ……これが気に入ったのか?」
「そうだ。この戟が良い」
「ふぅん……」
店主は鼻で笑うと、レナードが戟と呼んだ槍を受け取ってカウンターへ置いた。
近くにあった布で槍を磨く店主へ、レナードがカウンターへ手を付ながら話しかける。
「それで、値段はいくらだ?」
「金はいらない」
「なんだと?」
予想外の回答を受け、レナードは思わず聞き返した。
「倉庫の片隅に眠っていた物だからな。売り物としての価値はない」
レナードの質問に、店主は一切表情を変えずに淡々と答える。
店主の様子に違和感を覚えたレナードだったが、深く追及するのはやめた。
「それなら遠慮なく、貰っていこう」
「あぁ好きにしろ。たまに手入れをしてやるから持ってこい」
槍の手入れを終え、穂先に布を巻きながら店主がぶっきらぼうに告げる。
「感謝する」
レナードは短く礼を言うと、槍を手にして店を出る。
ルミナリアもそれに続くと、そのまま大通りへ向かって歩き出した。
しばらく歩いたところで、ルミナリアが満足そうに槍を持つレナードに尋ねる。
「もう行きたい場所はない?」
「俺は無いが……ルミナリアはこのまま解散してもいいのか?」
「私は……その……」
自分の考えがまとまり切れていないルミナリアは、困った様子で言葉を詰まらせた。
「お前は俺を助けようとしてくれていた。お前が困っているのであれば、協力したいと思っている」
「それは……」
「ただ、これも無理強いはしない。嫌なら断ってくれ」
レナードはそう話すと、ルミナリアをじっと見つめて返答を待つ。
「…………」
ルミナリアは口をつぐむと、黙って俯いてしまった。
そんな彼女を見て、レナードは何も言わずにじっと待つ。
数分後、彼女は顔を上げると、瞳に涙を溜めながら口を開いた。
「ごめんなさい」
謝罪の言葉を口にしたルミナリアはこの場を走り去る。
レナードは佇んだまま一歩も動かず、ルミナリアを追おうとしない。
頬を流れる涙を拭い、ルミナリアは唇を噛み締めた。
(私に関わったらあなたが死んでしまうから……頼れない……)
自分がレナードと関わることで、生きる可能性の芽生えた彼が死んでしまうかもしれない。
そんな恐怖がルミナリアの胸の内を支配していた。