第7話 ルミナリアという少女
「ふぅぅぅうううう」
レナードとマルコの決闘から数日。
レナードは街から離れたところにある森の奥で、深く息を吐いた。
自らの体内に意識を集中させ、魔素をできるだけ多く取り込む。
体内の魔力で魔素を練り上げ、レナードは魔法を発動させる。
「身体能力強化」
詠唱を行うと、レナードの全身が淡く発光する。
「なるほどこれが本来の使い方か」
身体に纏わりつくように現れた淡い光を見ながら呟く。
「ハッ!!」
そしてそのまま何もない空間へ全力で正拳突きを放つ。
拳は音の壁を突破し、衝撃波と共に空気を吹き飛ばした。
離れている場所にあった木々が粉々になり、余波で周囲の植物も薙ぎ倒される。
「魔法を使えるようになって数日でこれほどとは……」
今使った【身体能力強化】は身体能力を強化する補助系の魔法だ。
「この調子なら俺はもっと強くなれる」
レナードはそう言って笑みを浮かべる。
「よし、では最後に鍛錬をするか」
この世界に来てからの日課である鍛錬を行うため、レナードは体内に眠る炎へ意識を傾けた。
身体能力強化は魔力と魔素を使って、体の外で身体能力の補助をする魔法だ。
この魔法を体内で行うことで、強靭な肉体を手に入れることができる。
それこそ、レナードの行っている鍛錬法だった。
緻密な魔力コントロールと痛みに耐える精神力がなければ死に至る鍛錬。
その鍛錬をレナードはここ数日毎日のように長時間行っていた。
今日も鍛錬を行うべく、レナードが体内に魔素を取り込んでいたら、近くで砂利を踏んだ音が鳴った。
「すぐに止めて!! 死ぬわよ!!」
「……ん?」
聞き覚えのある声が聞こえたため、レナードはそちらを見る。
見知った顔の人物が焦るようにレナードの傍へ駆けつけてきた。
「ルミナリアか? 俺に何か用か?」
レナードの言葉通り、傍に寄ってきたのは教会で彼を治療したルミナリアだった。
彼女はレナードを見て、ほっとした表情を見せる。
「良かった……無事なのね……」
「あぁ問題ない。それよりどうしたんだ?」
「どうしたんだって……あなた自分がどれだけ無茶なことをしているのか分かっているの!?」
ルミナリアは怒気を含んだ声で叫んだ。
彼女の言う通り、レナードが行った鍛錬はかなり危険なものだ。
だが彼はそれを当然のこととして受け入れていた。
「もちろん分かってる」
冷静に答えるレナードを見て、ルミナリアは整った眉をひそめる。
「わかっていたら禁忌にもなっている【錬気修練法】なんてやらないでよ!!」
「どうしてだ?」
不思議そうな顔をするレナードに対し、ルミナリアはさらに声を張り上げた。
「どうしてですって!? せっかく助かった命を捨てる真似だからよ!!」
ルミナリアはそう叫ぶと、心配するようにレナードの顔を見た。
レナードは自分の体に目を向けると、淡々と口を開く。
「強くなるのに一番最適な手段をとっているだけだ。心配することはない」
そう言って軽く笑うレナード。
彼の言葉を聞いたルミナリアは大きく目を見開いた後、静かに口を開いた。
「……なんでそんなに危険を冒してまで強くなろうとするの?」
ルミナリアの声には戸惑いの色があった。
なぜ彼がそこまで強さを求めるのか理解できなかったからだ。
そんな彼女にレナードは微笑むと、ゆっくりと語り始めた。
「俺には戦わなくてはならない相手がいる。その相手に勝つために俺はできるだけ強くなりたい」
「戦わないといけない相手……ですか?」
首を傾げるルミナリアに対して、レナードはその相手を脳裏に浮かべながら答えた。
「あぁ、まあな」
主神のことを口にせず、レナードは言葉を濁して話を止めた。
ルミナリアは、意見をはっきりと言っていたレナードが言い淀んだことに違和感を覚える。
さらに質問をしようとした時、レナードの腹部から「グゥ~」という地響きのような音が鳴った。
「腹が減った。俺は学校の食堂へ向かうぞ」
腹の音を聞いて、レナードはそう宣言するとその場を離れようとする。
「ちょっ! 待ちなさい!!」
呼び止めるルミナリアを無視して、レナードは森の中を歩き始める。
「待って!! 今日は休日だから昼に食堂は開いていないわよ!!」
「なんだと?」
立ち止まったレナードが振り返ると、ルミナリアは呆れたようにため息を吐いた。
「……はぁ。話を聞かせてくれるならご飯奢ってあげてもいいわよ」
「本当か? それならいくらでも話をしよう」
ルミナリアの提案を聞き、目を輝かせながらレナードが答える。
嬉しそうにしているレナードを見て、ルミナリアは苦笑いを浮かべた。
「現金な人ね……こんな人だったかしら?」
「ん? 何か言ったか?」
「なんでもないわ。さぁ行きましょう」
そう言ってルミナリアは先を歩く。
レナードもその後に続き、二人は街の中心に向けて足を進めた。
◆◇◆◇◆◇◆◇
「それで、戦わなければならない相手の話だけど……」
街の中央にある喫茶店に入り、昼食を食べている最中、ルミナリアはレナードへ尋ねた。
彼女はパンケーキを口に運びながら、テーブル一杯に広げられた料理を1つ1つ食べ尽すレナードの話を聞く体勢に入る。
「その前に確認したいことがある」
「なに?」
「お前はどうして俺に付きまとう? マルコとの勝負も見ていただろう?」
「それは……」
レナードの問いかけに、ルミナリアは視線を落とした。
「別に責めてるわけじゃない。ただ何度も会うと気になってな」
「…………」
黙り込むルミナリアを見て、レナードは言葉を続ける。
「それに……」
食事の手を止めたレナードは、真剣な表情でルミナリアの目を見た。
「お前、どうして生きるのを諦めているんだ?」
「えっ…………」
レナードの言葉に、ルミナリアは思わず顔を上げた。
ルミナリアの対面に座るレナードはまっすぐと見つめており、冗談を言っている様子はない。
「ど、どうしてそんなことを言うの?」
動揺を隠しつつ、ルミナリアが尋ねる。
「最初に会った時からずっと思っていた。お前からは死の匂いを感じる」
「死の……匂い?」
ルミナリアはレナードの発した単語の意味を考える。
(私にそんなものが……だけど……どうしてこの人はわかるの?)
だがすぐに答えは出ず、彼女は困惑気味な表情を浮かべた。
「お前の目、表情、雰囲気、すべてが死を受け入れている兵士のそれだ」
「…………」
ルミナリアは黙ったまま俯く。
否定されなかったレナードは肉の乗った皿を自分の前へ持ってくる。
「だからこそ気になった。なぜそこまで死を望むのかと……な」
レナードが次に運ばれてきた肉へフォークを突き刺し、それを頬張った。
「死を望んでいる訳じゃ……」
もぐもぐと口を動かし、飲み込んでから再びレナードは口を開く。
「なら何故死を受け入れている? なにか死を連想するような出来事でもあるのか?」
「そ、れは……」
レナードの追及に、ルミナリアは顔を伏せて口ごもった。
その反応を見て、レナードは少し考える素振りを見せた後、口を開く。
「……いや、これ以上聞くのはやめておこう」
「どうして? 聞きたいんじゃないの?」
「言いたくないことを無理矢理聞き出す趣味はない」
レナードがルミナリアを見ずにそう言い、開いている皿を重ねて次の料理を手にする。
そしてそのまま、二人は会話することなく食事を続けた。
「……ありがとう」
「ん?」
会計を終えて店を出たルミナリアが、外で待っていたレナードへ小さく呟いた。
「私のことをそんなに気にしてくれて」
どこか悲しげに、ルミナリアは笑みを作る。
その表情を見て、レナードは無言のままルミナリアへ背を向けた。