第5話 決闘の作法
教授が声を張り上げ、その声で一斉に生徒が動きを止めた。
「これより、名前を呼ばれた者から中央で戦闘技術を競ってもらう! 辞退しても構わんが、成績はつかないからな!」
教授が広場へ集まった生徒を眺めて、声高らかに授業開始を宣言をする。
すぐに始めそうな雰囲気だったため、レナードは記憶に残る教授の名前を思い出しながら口を開いた。
「サイモン教授、何もルールが決まってない。得物、手段、勝敗条件、最低限これだけは聞かせてほしい」
「レナード、お前……」
レナードの問いかけに対して、サイモンはチラリとマルコへ一瞬視線を投げた。
それを見逃さなかったレナードだったが、ここではあえて何も言わずに黙る。
マルコの表情をうかがったサイモンは咳払いをして、改めて口を開く。
「魔法戦闘に細かいルールなどない! 勝敗は相手が敗北を認めた時! 以上だ!」
「了解した」
「他に質問は無いな!?」
サイモンはレナードだけではなく、他の生徒も見渡しながら問い掛ける。
「無いようであれば始める!! まずは――」
誰も質問をしないのを待ち、サイモンは紙を見ながら名前を読み上げていく。
広場で生徒たちの戦いが始まると緊張感が高まり、自然と空気がピリついた。
そんな中でもマルコはクラフトと笑いながら談笑している。
(自分が死ぬなんて微塵も思っていないのだろう……徹底的にやる必要があるな)
レナードはあのような輩が簡単に敗北を認めないことを知っていた。
だからこそ、勝負に介入してきそうなクロフトの存在が邪魔だった。
(なにか手を考えなければな……)
戦闘が始まるまでの僅かな時間を使って、レナードは作戦を考える。
その思考はすぐに中断されることとなった。
「次!! レナード!! 前へ出なさい!!」
「……わかった」
レナードは自分の名前が呼ばれるのを聞き、ゆっくりと歩き出す。
広場の中心で待ち構えていたのは、不敵な笑みを浮かべるマルコだ。
「ようやくこの時が来たぜ」
「…………」
「おいおい、無視かよ。まあいいさ。せいぜい楽しませてくれ」
マルコは懐に手を入れて杖を取り出すと、それを天に向かって掲げる。
「どうしたビビッて杖も出さないのか? クックックッ」
顔を歪め愉快なものをみるかのように、マルコは口角を上げる。
そんな挑発に乗ることなく、レナードは無言のまま腕を組んだ。
「マルコ、貴様に決闘を申し込む」
「はぁ?」
レナードは静かに口を開き、決闘の申し込みを行う。
制服の胸部分についている魔法学校のエンブレムを引き千切り、地面へ叩き付けた。
「どうした怖気づいたのか?」
今度はレナードがマルコへ挑戦的な笑みを浮かべ、指でかかってこいとジェスチャーする。
「この野郎!!」
マルコは激昂し、レナードの顔面に目掛けて拳を放とうとした。
「貴様は決闘も受け入れられないほど臆病なのか!?」
拳が当たる直前でマルコが手を止め、レナードは声を荒げる。
「てめぇ、絶対に殺してやる!!」
「できるものならやってみろ!! 先ほどから口だけではないか!!」
「ぶっ殺す!!」
怒り狂うマルコは、そのまま勢い良くレナードと同じようにエンブレムを制服から剥ぎ取る。
地面へ叩き付ける直前、マルコの腕を慌てて駆けつけてきたクロフトが止めた。
「マルコさま! そこまでせずとも!!」
「黙れクロフト!! 止めたらお前もぶっ殺すぞ!!」
「お、落ち着いてください!!」
「うるさい!! 離れろっ!!」
興奮状態のマルコは強引にクロフトが掴む腕を振り払う。
強引に振り払われたクロフトはそのまま尻餅をつき、痛そうに顔をしかめた。
「お前はそこで見ていろ!!」
マルコはクロフトへそう告げると、レナードへ向き直った。
そして、握りしめていたエンブレムを思いっきりレナードのエンブレムへ叩きつける。
「レナード、後悔するなよ? お前から始めたことなんだからな」
エンブレムを叩きつけたマルコが、ニヤリと笑う。
その表情を見たレナードは、冷静な態度で応じる。
「ああ、もちろんだ」
レナードが返事をすると、呼応するように二人のエンブレムがゆっくりと浮上してきた。
その行方を、周りの生徒達は固唾を飲み込みながら見守っている。
広場には異様な雰囲気が漂っていた。
二人のやり取りを聞いている周囲の生徒達には緊張が走った。
決闘とは、魔法学校に通う者同士が絶対に引き下がれないときに使われる決着方法であった。
この方法自体は入学式や学校案内で紹介してある。
ただ、実際に行われるとなると話は別であり、生徒の大半は目の前の光景を信じられないでいた。
レナードは決闘という手段を、戦っている生徒を眺めているときにひらめき、このように実行させた。
『決闘が了承されました。結界を生成します』
頭上まで浮上した二枚のエンブレムから無機質な声が広場中に響く。
「これは……すごい……」
「なんだよこれ……こんなふうになるのか……」
生徒達が戸惑いの声を上げている中、レナードは周りに張り巡らされた半透明の膜に目を細める。
それはまるでガラスのように薄く、透き通ったものだった。
「これで俺とお前は勝負が決まるまでここから出られなくなった……望み通り殺してやるよ」
マルコは得意げに言うと、レナードの方へ歩み寄ってきた。
「お前こそわかっているのか? 決闘で負けた者は退学するのだ」
「俺は負けねぇよ。お前なんかにな!!」
マルコが持っていた杖を振り上げ、詠唱を唱える。
「終末の炎よ、我が敵を焼き尽くせ! <インフェルノ>!!」
マルコの周囲に赤い魔法陣が展開され、そこから真っ赤な火柱が噴き上がる。
その熱量によって、レナードの頬を汗が伝った。
レナードは腕を組んだまま微動だにせず、マルコの魔法をじっと見つめる。
「火の上級魔法か。口だけではないということ……か?」
観察をしただけでマルコが何の魔法を発動させたのかレナードは分析した。
それと同時に、この魔法をこのまま直撃すれば、自分が無事では済まないことも理解する。
「死ね!!」
マルコが杖をレナードに向けると、炎の柱が同じ方向へ放たれた。
レナードは迫りくる業火の壁に対し、指先さえ動かさないまま待ち構えていた。