第18話 強さへの第一歩
「協力ってなに?」
ルミナリアが振り返りながら問いかける。
質問をされたレナードは黙ってルミナリアを見つめた。
「な、なによ?」
レナードの鋭い視線にルミナリアはたじろぎながらも見つめ返す。
「お前は強くなれる」
「そう簡単に言わないでよ。私がこれまでどれだけ抗おうとしたのか分かって言っているの?」
ルミナリアがレナードに詰め寄りながら反論する。
だが、言葉や態度とは裏腹にその目は悲哀に染まってゆく。
「…………」
レナードはしばしの間黙り込んでルミナリアを真っ直ぐに見据える。
「分かっている」
レナードは強く言い放った。
ルミナリアにとってその一言がどれほどの重みを持つのかを知っていながらも。
「…………」
無言を貫くルミナリアに対して、レナードは言葉を続けた。
「初めて会った時のお前の眼は絶望に染まり切っていた。しかし、今は希望を抱いているだろう?」
「……何が言いたいのよ」
「お前が今までどんな人生を送ってきたのかは知らない。だが、その過去に囚われるな。お前自身が変わらなければ未来も変わらないぞ?」
そんな回答を耳にして、ルミナリアは苦虫を噛み潰したような表情をする。
「私だって今まで頑張ってきたわ! それなのに殺されるのよ!!」
ルミナリアの怒りに満ちた声が廊下に響く中、レナードはゆっくりと口を開く。
「殺されるお前の横に俺は居たか?」
「一度だけ……居たわ……」
「ほう?」
ルミナリアの答えにレナードは意外そうに呟いた。
「公国の刺客たちに襲われて一緒に殺されたわ」
「そうだったのか。だが、そのレナードは俺ではない」
「でも! 公国に狙われたらあなただって殺されてしまうわ!!」
ルミナリアは感情的になりながら叫んだ。
その目には涙が浮かんでいる。
「そうならないために鍛えるんだ。敵を知っているのなら越えれば良いだけだろう」
「そんな簡単に言わないでよ!!!!」
ルミナリアが悲痛な叫びを上げる。
「簡単だ」
レナードは言い切る。
ルミナリアの目を真っ直ぐに見据えて。
「だからっ!! ……もういいわ。じゃあ、おやすみなさい」
ルミナリアはレナードから視線を逸らすと、そのまま部屋に向かって歩き出す。
そんなルミナリアに対して、今度はレナードがその背に言葉を投げかけた。
「待て」
「…………」
ルミナリアは振り返ることなく、去っていくのだった。
◆◇◆◇◆
翌日の早朝。
「こぉぉぉぉおおおおおおおお」
学校の敷地内にある森林でレナードが一人佇んでいた。
レナードの口元からは白い息が漏れている。
白い息は触れただけで火傷しそうな熱量だ。
「ふぅ~」
(体が熱い……血管の一本一本が破裂しそうだ……)
熱い息をゆっくりと吐いて体の熱を放出する。
(体中の魔力を爆発させて限界を越える)
自らの肉体が悲鳴を上げる中、レナードが眼前の大木を見据えた。
「はっ!!」
体を捻りながら拳を木の幹に撃ち込むと、拳大の穴が開く。
大木を貫通するように繰り出されたレナードの拳。
「まだだ……はぁぁぁああ!!」
そう呟くと、一心不乱に拳を打ち続ける。
(もっと……もっと強く!!)
これまでにない程の集中力と筋力により、並みの人間では出せない威力を実現していた。
ルミナリアに禁忌と呼ばれた鍛錬法を続け、レナードはさらなる高みを目指している。
「ハッ!! フッ!! ヌン!!」
レナードの拳が大木に撃ち込まれる度に木の破片が弾け飛ぶ。
ベキベキベキベキ!!!!
とうとう大木の幹がレナードの拳によって打ち砕かれた。
「はぁ……はぁ……はぁ……」
レナードは肩で息をしながら、その場に座り込む。
(まだ足りない)
これくらいのことは【レナードになる前】でもできた。
それも、今よりも速く鋭い一撃で。
「はぁ……くっ……」
地面に倒れ込んだレナードは奥歯を嚙みしめながら自らの限界を認める。
過去の自分を越えるにはまだ力が足りないということを。
(魔力による鍛錬……これと俺がしてきた修行を組み合わせればと思ったが……安易な道ではないな)
拳を握りながらもさらに強くなる方法を考えていた。
もっと効率的に力を上昇させる術が必要だとも感じている。
「主様、そろそろ学校の時間です」
考え込んでいるレナードの後ろから、そんな声が聞こえた。
漆黒の長髪をなびかせながらタオルと着替えを持った女性が歩みよってくる。
急に聞こえた声に驚き、レナードは振り返った。
「お前は……誰だ? なぜ俺を主と呼ぶ?」
レナードはその女性を訝し気に見つめる。
レナードの反応に、女性はハッと息を呑んで足を止めた。
「もっ! 申し訳ございません!! 私、何の説明もせずにこの姿で──」
女性が焦ったように謝罪を始めるのを呆然と眺めるレナード。
レナードと女性はお互いに固まっていたが、やがてレナードが何かに気付く。
(俺を主と呼ぶ存在……こいつは……)
平謝りをする黒髪の美女。
レナードはまさかなと思いつつ、恐る恐る問いかける。
「月影……なのか?」
黒髪の美女は慌てた様子で顔を上げながら答えを返す。
「は、はい! 私は月影です!」
「本当に月影なのか……こんなにも綺麗な女性になるとは……」
レナードは率直に感じたことを告げた。
そんな感想を述べると、月影はしおらしくなる。
「あ、ありがとうございます……とてもうれしいです」
月影の反応を見たレナードは笑みを漏らすと、立ち上がって月影の持っている服を見る。
「ところで、この着替えは?」
「学校の制服です。もうすぐ授業が始まってしまいますよ」
月影はそう言いながら、レナードの服に手をかける。
「お……おい、自分で着替えられるぞ?」
戸惑うレナードに対して月影は笑顔で答える。
「いいえ! 主様のお召し物を着付けるという大役を私に任せてください」
「……そうか」
月影に気圧されたレナードは素直に頷いた。
そんなレナードを見て、月影も笑顔になるのだった。
「今日の授業はデンホルム教授による基礎魔法学です」
「デンホルムか……あまり好かないな」
名前を聞いたレナードの心象があまり良くない。
感想を呟くレナードに対して月影が首を傾げた。
「そうなのですか? 30代という若さでこの学校の教授になったデンホルムはとても有名ですが……」
「いや……それはそうだが、俺はあまり好かん」
レナードがそう答えると、月影は納得したように頷いた。
「なるほど、そうなのですね……お着替えが終わりました。身だしなみも整えさせてください」
月影がレナードの乱れた髪や服に手をかける。
なすがままになりながら、レナードは自分の心と向き合う。
(デンホルム……どうしてこんなに胸がざわつくんだ……)
レナードの悩みも知らず、月影は甲斐甲斐しく世話を焼いていた。