第17話 アルフレッド学校長への要件
アルフレッドはレナードの言葉を待っていたが、やがて笑みを浮かべた。
その顔には楽し気な感情が込められているように見える。
「ワシに頼みか……言うだけ言ってみるが良い」
レナードの予想に反して、アルフレッドは快く頼みを受け入れようとしてくれる。
(これは……)とレナードは内心驚いたが、すぐに平静を装うと口を開いた。
「マルコという男についての対応だ」
レナードがマルコの名前を口にするとアルフレッドの顔が引き締まる。
「……ふむ……彼女がここにいるのもそれが理由か?」
「ああ、そうだ」
「なるほどのぉ……」
そんな呟きを漏らしながら、アルフレッドはゆっくりと執務椅子にもたれかかった。
「名誉の決闘により退学になった生徒はいかなる理由があっても覆ることはない」
アルフレッドの言葉には有無を言わせぬ圧力があった。
(この爺さんには逆らわない方が良さそうだな)
そんな感想を抱きつつ、レナードは素知らぬ顔を続ける。
「良い事を聞いた。退学が覆らないのは喜ばしいことだ」
「どういうことじゃ? そこのお嬢さんはマルコの姉であろう? てっきり、退学を取り消す相談かと思ったんじゃが?」
アルフレッドが疑問を口にすると、ルミナリアは申し訳なさそうに俯いた。
それを見たレナードはルミナリアを庇うように前に出る。
「ルミナリアも関係あるがその件ではない……いや、無関係ではないのか?」
レナードが言葉を濁しながら呟く。
「どういうことじゃ?」
眉間にしわを寄せながら問いかけてくるアルフレッドに対してレナードは答えることにした。
マルコの名前が出てきた以上、隠すよりもすべてを話した方が得策だろうと判断したからだ。
「クロフトという男がアーガレイン公国を動かして俺たちに復讐しようとしている。ルミナリアだけでも学校に守ってもらいたい」
「……なるほどのぉ……じゃがそれは出来ん相談じゃな」
そんなレナードの言葉にアルフレッドは小さく首を横に振った。
「何故だ?」
レナードが問いただすと、アルフレッドは執務椅子から立ち上がって窓辺に立つ。
「確かにアーガレイン公国は屈強な軍隊を有しておる。しかし、この学校を敵に回すことだけはないじゃろう」
アルフレッドは窓の外を眺めながら、レナードの疑問に対して答えた。
「そう言い切れるのはなぜだ? マルコなら退学させた俺たちへ恨みを晴らすためにくると思うが?」
レナードは鋭い視線を投げかけながらアルフレッドに問いかける。
「確かに、あの少年が権力を持っているのならくるじゃろうな。だが、賢明な公王なら世界に対して中立を守るこの学校を敵に回せばどうなるか、それくらい分かっておる」
アルフレッドはレナードに向き直りつつ答えた。
「……そうか、分かった」
「うむ、ではワシからの話は終わりじゃ。お主たちは早く自分の部屋に戻ると良いぞ」
アルフレッドはそう言って話を締めくくり、再び椅子に腰かけた。
ルミナリアとレナードはそんなアルフレッドに対して軽く頭を下げると部屋を後にするのだった。
◆◇◆◇◆
「レナード、その……残念だったわね」
ルミナリアが歩きながらレナードを気遣うように話しかけた。
「いや。必要なことは聞けた。有意義な時間だった」
レナードは淡々と答えつつ、ルミナリアの歩幅に合わせるようにゆっくりと歩いている。
「本当? それなら……良かったわ」
レナードの言葉を聞いて、ルミナリアは表情を曇らせた。
それも無理のない話だ。
公国から狙われるというのに、学校から何の援助も期待できない。
今のレナードたちには護衛をつけることすらしてくれなかったのだから。
不安を抱えるように怯えるルミナリアに対して、レナードは平然としている。
無表情のレナードを見てルミナリアは意を決したように口を開く。
「……ねぇ……これからどうするつもりなの?」
「学校長の言っていたように授業を受けるつもりだが?」
レナードは涼しい表情で答えた。
「それだけ? 対策とかしなくちゃ……えっと……私だけでもなにか準備しようか?」
ルミナリアの声が次第に小さくなっていく。
「その必要はないだろう。学校内にいれば公国の介入は防げるようだからな」
レナードはルミナリアの不安を和らげるように、落ち着いた口調で答えた。
「そ……そう? でも、公王が私たちを敵視してきたら……本当にどうなるか……」
ルミナリアは心配そうにそう言いながら、服の裾をぎゅっと握る。
「ルミナリア。お前は学校内で殺された経験があるのか?」
「えっ……」
レナードの疑問を受けて、ルミナリアは息を吞む。
立ち止まったレナードは校舎内を見回してからルミナリアに視線を移した。
「この学校内にいれば安全。学校長がそう言っていたではないか。しかし、ルミナリアは安心していないのだろう? それは過去の経験によるものか?」
「…………」
レナードの鋭い指摘を受けたルミナリアは言葉を詰まらせる。
そんなルミナリアに対してレナードは淡々と言葉を続けた。
「俺はこの学校内にいれば安全だと考えている」
「どうして? 根拠はあるの?」
「さっきの学校長との話だ」
「……えっ?」
ルミナリアが思わず聞き返すが、レナードは気にも留めずに続ける。
「だが、学校長が俺たちに嘘を言う意味はない。この学校内にいれば安全だというのは事実だろう。それで、さっきの質問の答えは?」
「あ、ああ。えっと……そうね……学校の敷地内で死んだことはないわ」
ルミナリアは戸惑いながらも答えた。
「それで十分だ。ルミナリアが不安になる要素は後は何がある?」
レナードは淡々と現在自分たちが置かれている状況を整理する。
「その……学校から出た時襲われないか……とか?」
「なるほど。それについては対策をするべきだろうな」
「対策? なにをしても無駄に終わってしまうわ……」
憔悴しているルミナリアを見たレナードは小さく溜息を吐いた後に諭すような口調で話を続けた。
「まずは自分自身が強くなることだ」
「いくら努力しても殺されるの……私に強くなる才能なんてないわ」
「それは違う」
自虐的ともとれる発言をするルミナリアに対してレナードははっきりと宣言した。
「お前自身が自分の限界を決めてしまっているだけだ」
「そんなこと……」
ルミナリアは悲し気に目を伏せた。
レナードから容赦のない言葉が浴びせられたのだ。
ルミナリアは諦めた表情のままレナードに背を向ける。
「ごめんなさい……今は何も考えたくないの……」
この場から立ち去ろうとするルミナリアに対して、レナードはため息をつく。
「今までは一人で強くなろうとしていたのだろう? 俺が協力する」
「……どういうこと?」
レナードの言葉にルミナリアは振り返って振り向いた。