第11話 召喚の儀
「なんだ急に?」
訳がわからず尋ねると、顔を上げたティムが説明を始めた。
「実はきみがくる前までは僕もいじめられていたんだ……」
「ほう……」
「あいつらに逆らうと、自分がいじめの対象になるから、みんな怖くて見て見ぬふりをしていたんだ……」
悔しそうに拳を握りしめるティム。
そんな姿を見たレナードは、特に責めることなく黙って話を聞いていた。
この体が持つ過去の記憶にティムという者はいない。
それどころか、この学校で友人と呼べる存在がいなかったことをレナードは自覚する。
だからこそ、目の前の少年が自分を気にかけてくれることが新鮮だった。
「別に気にしていない」
一言だけ告げると、レナードは再び魔方陣のほうへ目を向けた。
「……ありがとう」
感謝の言葉が聞こえた後、二人はしばらく魔法陣の上に立つ生徒を眺め続ける。
すしばらくすると、一人の女子生徒がこちらに向かって手を振ってきた。
「あ、僕の番みたい。行ってくるよ!」
そう言うと、ティムは慌てて立ち上がり小走りで魔法陣の方へ駆けていく。
ティムを見送るレナードだったが、その顔はどこか浮かない顔をしていた。
(使い魔か……卒業のためだ……)
レナードにとって、使い魔召喚の儀はあまり興味がないことだった。
自分にとって使い魔がどのような存在なのか想像できないからだ。
それでも、学校の卒業やアルフレッドと戦うためにはこの儀式を終える必要がある。
「それにしても俺の順番はいつなんだ?」
ティムが魔法陣に立つ中、レナードは独り言のようにつぶやいた。
もう魔法陣の近くにいる生徒は少なく、次々と呼ばれていっているのがわかる。
にもかかわらず、未だに呼ばれないということは何か問題があるのではないかと思ってしまう。
その時、背後から気配を感じて振り返る。
「ん?」
「え? どうしてあなたがここに?」
振り返った先にいたのはルミナリアだった。
いつの間にか、ルミナリアが自分のすぐ後ろに立っていたことに驚くレナード。
しかも、彼女はレナードを見てとても意外そうな表情をしている。
「俺は順番待ちをしている。お前も使い魔か?」
「ええ、そうですけど……ちょっと失礼するわね」
そう言って、すぐにルミナリアはこの場を離れた。
彼女は魔法陣の方に向かい、黒いローブの女性と会話を始める。
何度か二人がレナードへ視線を送ってきた。
(一体なんなんだ?)
二人の様子に違和感を覚えたため、レナードも立ち上がる。
自分の話されているのなら、直接聞いた方が早いと思ったからだ。
レナードが二人に近づいていると、ローブの女性が手招きをしてきた。
そのままこちらへこいという意味だと解釈したレナードは二人のそばに立つ。
「ごめんなさいレナードくん、きみの番を飛ばしていたわ」
そう謝るローブの女性は長い黒髪を後ろで束ねており、黒縁の眼鏡をかけている。
歳は20代に見え、レナードは彼女の風貌から研究者といった印象を受けた。
物腰の柔らかそうな女性であり、温和な印象を受ける人物だ。
「ミネルバ先生よ。覚えているわよね?」
隣にいたルミナリアが紹介するようにレナードへ確認をしてきた。
その言葉にレナードは頷く。
「ああ、もちろんだ。魔法生物学を担当してもらっている」
ミネルバを紹介された途端、彼女についての情報が一気に頭に流れ込んできた。
彼女の名前はミネルバ・リーデルト。
面倒見が良く優しい教師であることを知っているため、信頼できる先生だ。
入学当初、陰湿な嫌がらせを受けていた時に何度かレナードを助けてくれたのがミネルバだった。
(なるほど。この女性がレナードが恋焦がれる相手か)
そのおかげで、過去のレナードはミネルバに恋心を抱いていたようだ。
「……どうかした?」
「いや、なんでもない」
不思議そうに尋ねるミネルバに対して、レナードは首を横に振る。
じっとミネルバの顔を見つめてしまい、不審に思われたらしい。
「最初の方でレナードくんのことを呼んだんだけど、いなかったみたいだから後に回したのよ。ごめんね」
「不在にしてすまなかった。所用でここにくるのを忘れていたのだ」
だが、ミネルバは見つめられたことを気にする素振りを見せず、申し訳なさそうに話す。
学校長に勝負を持ちかけ、レナードが使い魔召喚の儀に来れなかったことは事実だ。
ミネルバの言葉を聞いて謝罪するレナード。
それを聞いたミネルバとルミナリアはほぼ同時に眉をひそめる。
「まさかまた?」
「何があったの?」
「それはだな──」
ミネルバとルミナリアに詰め寄られたレナードだったが、ここで事情を話すわけにはいかない。
レナードが答えようとしたとき、魔法陣の上にいた生徒が使い魔の召喚を終えた。
魔法陣の上から生徒がいなくなってから、レナードが口を開く。
「俺の番か?」
「……そうよ。コホン」
咳払いをしたミネルバは真面目な表情に切り替えると、説明を始めた。
「この儀式は自分の生涯を共に過ごすパートナーを決める大事なものよ」
「生涯を?」
「そうよ。これからずっと付き合っていくことになるのだから、真摯に向き合うの」
「…………」
真剣な表情で語るミネルバの言葉にレナードは黙って耳を傾ける。
隣にいるルミナリアも静かに話を聞いていた。
ただ、レナードには話を聞いているルミナリアの顔が辛そうに見えた。
「そして、使い魔と契約を結ぶことができれば契約者は魔法使いとして成長することができるわ」
「……わかった」
真剣に話をするミネルバとは対照的に、レナードの心は冷めきっていた。
今の彼にとって使い魔などどうでもよいことだからだ。
むしろ、さっさと学校長に会いに行きたいというのが本音だった。
(俺にとっての生涯のパートナーはあいつだけだ……)
レナードが国包だったとき、戦場を共に駆けた友がいた。
国包を乗せて黒毛の鬣をなびかせながらかけた黒馬。
その名を『月影』という。
戦火の中を駆け抜ける姿はまさに流星の如く速く、その姿に何度目を奪われたかわからない。
しかし、今はもういない。
あの日、神域での戦いの最中に散った。
月影が倒れた瞬間のことは今でもレナードは鮮明に覚えている。
敵が放った光矢が直撃し、背中から胸にかけて大きな穴が空いてしまった。
即死ではないものの、助かる傷ではなかった。
それでも、レナードは必死に呼びかけた。
何度も名前を呼んだ。
けれど、反応はなかった。
やがて、月影の目から光が消えていった。
(月影……お前以外と生涯を共にするものを選ぶ……本当にすまん)
最期まで自分に付き合ってくれた愛馬に謝り、レナードは魔方陣を見つめる。