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この作品には 〔ボーイズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

省電力の高橋くん

作者: 碧瀬まど

幼馴染の高橋君は、不思議な人だ。とにかくしゃべらない。

なんで話さないの?と聞いてみると、省電力と高橋君は言った。

でも僕だけが、高橋君の省電力じゃない一面を知っている。

※pixivにも掲載あり(https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=21925990)

高橋君は、不思議な人だ。

とにかくしゃべらない。例えば、今日の朝ご飯なんだった?と聞かれたりする。聞いてはいるので、相手の方を見る。が、口を開かない。だから相手は黙っている高橋君を見て、思い出し中かなぁとか考えて、そのうち沈黙と、高橋君のきょとんとした表情に耐えられなくなり、違う話題を始めたりする。

なんで話さないの?と一度聞いてみた時がある。省電力、と高橋君は言った。答えるときと、答えないときの違いが、僕にはわからない。

今日も高橋君は窓側の席で、夏の終わりを告げる風が吹いてきているのを、そよそよと受けている。肩までの長い髪が、風になびいて気持ちよさそうだ。

眠たげな視線で窓の外をボーっと高橋君が見ていると、おーい高橋ー、と校庭から声がかかった。高橋君は席を立って見るわけでもなく、視線だけを地上に送っている。相手も多分、その視線に気づいたのだろう。サッカーやらねぇー?と高橋君をお誘いのようだ。

高橋君は、運動神経がすごくいい。この前の体育祭でも、リレーのアンカーで、バトンを受け取った時は4位だったのに、ゴールした時には1位になっていた。

でもサッカーに誘われた高橋君は、肘をついたまま顔を振った。乗り気ではないご様子。こういう時、粘っても意味はない。2年生になった頃にはクラスメイト達ももうそれを知っているから、じゃあまたなー、と相手もすぐ引き下がった。今日は隣のクラスとジュースをかけてのサッカーだと言っていたから、できれば高橋君にも参加してもらいたかったのだろう。

会話が終わったところで、僕は高橋君の席に向かった。


「高橋君、お昼食べた?」


僕の質問に高橋君は首を振った。昼休みはもう20分も過ぎている。僕は高橋君が寝てる間に、高木君とお昼を食べ終わってしまった。


「お腹減ってないの?」

「……」


高橋君は肘をついていた状態から、椅子にだらりと背中を預け、だらりと腕を足の間に落とした。椅子に座ったまま、僕を見つめる高橋君。こういうときの高橋君は、僕の質問に肯定しているときだ。お腹は減っている、けど動くのが面倒くさいのだろう。


「お昼、買いに行こうか」


そう僕が言うと、高橋君はゆっくりと立ち上がった。じゃあ行くよ、と僕が歩き始めると、ゆっくりと後ろをついて来る。ピタリ、と僕は止まってみた。すると高橋君もピタリと止まった。なんで止まったんだろう、というように不思議そうに顔を傾けている。ちゃんとついてきているのか、僕は確認したかった。


「お財布持った?」


そう聞くと、高橋君はコクリと頷いた。


「じゃあ行こ」


廊下に出ると、高橋君は僕の隣に並んだ。

 僕と高橋君は、お隣さんだ。幼稚園の頃から、ずっと一緒にいる。

高橋君は小さい頃から変わらない。無口・無表情。基本的に省電力。

話しかけても返事しないのはなんで、と歴代クラスメイト達に聞かれてきた。でも無視してるわけじゃない。ただ、口を開かないだけだ。高橋君の口を開くのは、非常に難しい。ただ、


「たかはしくーん」


廊下を歩いていると、他のクラスの女子が高橋君に手を振った。それに高橋君は、10度くらい頭を傾けた。手を振り返すのは、腕を上げて、手を振るという2段階構成となるが、ちょっとお辞儀するくらいなら省電力で済む、というところだろうか。

お辞儀を返された女子たちは、きゃあ、と嬉しそうにはしゃいでいる。当の高橋君は、スン、とした表情のままだ。

相変わらずモテるんだなぁと思う気持ちと、小動物を愛でているような感じに思われているんじゃないだろうかと思う気持ちで悶々と高橋君を見つめていると、高橋君が躓いた。


「あ、高橋く─」


こける。僕が手を伸ばしても、もう間に合わない。

そう思っていると、高橋君はそのまま重心が傾いたのを利用して、廊下に手をつき前転をした。見事に真っ直ぐ一回転。思わず僕も、周りにいた廊下にいた人達も拍手をした。

立ち上がった高橋君は少しだけ恥ずかしそうにしながら、振り返って僕をじっと見た。高橋君が前転している間に、僕と高橋君の間には10歩以上の距離が空いてしまった。


「相変わらず運動神経いいね」

「……」


何も言わないし、表情も変わらない。でもなんとなく、嬉しいような恥ずかしいような面白いような、そんなふわふわした感情を、僕は高橋君から感じ取っていた。

高橋君はしゃべりはしない。でも今みたいなことをするし、それに愛嬌がある気がする。すごくイケメンというわけではないけど、整った顔をしている。だから返事をしなくても、きょとんとした顔で見つめ返したり、こくび傾げたりするだけで、これまで相手がよしとする反応を返してきた。そういうことを繰り返してきた結果、あんまり話さなくとも別に大丈夫、と高橋君は思ってしまったんだと、僕は思っている。

結果、省電力モードが現在まで続いている。


「なに買う?」


購買には、もう商品は残り少なく、ほぼほぼすっからかんな状態だった。

じーっと高橋君は商品を見つめ、クリームパンを手に取った。珍しい。

でもわかる。購買のクリームパンは甘さ控えめでおいしい。僕も大好きだ。

それともう一つ、焼きそばパンを高橋君は手に取った。二つも買うんなら、お腹はだいぶ空いていたんじゃないだろうか。空腹よりも、動かないことを選ぶ高橋君。省電力が過ぎると僕は思う。


売店でパンを買い終わり、教室に戻ろうとしたが階段のところで、くいっと高橋君にベストをつままれた。そっちじゃないということだろう。僕の前を歩き出した高橋君に従って、僕と高橋君は立ち入り禁止の屋上に続く階段へと向かった。そこは日当たりも悪く、屋上にも入れないので人がこない。

隣に座る高橋君は、カサカサとパンの袋を開け、クリームパンをちぎった。甘いものはあとの方がいいと、僕は思う。


「ん」


高橋君はちぎったクリームパンを、僕の口の前に出した。


「それは高橋君の分でしょ?」

「……あー」


そう言っても、高橋君は譲らない。僕に口を開かせようとしている。


「あー」


口を開かない僕に、高橋君は口を開けろと言ってくる。こういう時も、省電力。これ以上の語彙は使わない。


「はいはい、あーん」


早くパンを食べさせないと昼休みが終わる。早々に僕は諦めて、口を開いた。

満足そうに、高橋君は僕にクリームパンを食べさせる。なにが嬉しいのか、高橋君は省電力モードを弱にして、はにかんでいる。


「あー」

「はい、あーん」


僕が食べ終わると、続けて二つ三つと、高橋君は僕の口へと運んだ。ひな鳥にエサでもあげている気分だろうか。高橋君から陽気な感じが漂っている。


「あ、ついた」


四つ目を僕の口に入れると、僕の口の横にクリームがついてしまっていたようだ。高橋君は、それを親指でぬぐって、なめた。

言ってくれたら自分で取ったのに、見てる僕は恥ずかしくなった。


「……甘い」

「クリームパンだからね。僕は好きだけど」


そう言うと、ようやく高橋君はクリームパンをちぎって、自分の口に入れた。

もぐもぐと食べる高橋君。ごくりと飲むと、またちぎって、僕の口に入れようとした。


「もう僕はいいよ。お腹いっぱい。高橋君、食べなよ。自分のために買ったパンでしょ?」


もう終わりなの、と高橋君は不服そうだ。もうちょっと続けたかったと顔が言っている。


「焼きそばパンはそうだけど、クリームパンは、明久瑠(あくる)が好きだから」


そう言うと、高橋君はクリームパンを置いて、大きな口を開いて焼きそばパンを食べ始めた。


「俺甘いのより辛い方が好き」

「知ってる」


高橋君は、何年僕が隣にいると思っているんだろう。そんなこと、当の昔から知っている。

高橋君が黙々と焼きそばパンを食べ終わるのを、僕はただただ見つめていた。




教室に戻ると同時に、昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴った。

席に着く前に、先生が教室のドアを開け、テスト返すぞーと言うもんだから、僕は少しげんなりした。

すっかり小テストがあることを忘れてしまっていた僕に戻って来たテストは、惨憺(さんたん)たる結果で、放課後に課題をしなくてはならなくなった。


「今回の最高得点は高橋。97点」


おー、とクラスが感嘆の声を上げる中、後ろの方の席の高橋君を見てみると、少しだけムツリとしていた。よい点であろうが悪い点であろうが、勝手に発表されたのに納得できていない様子だ。


「課題はあとで配るからなー。それじゃあ、テキストの126ページから──」


授業中、何度か高橋君の様子をうかがってみると、最後の方は授業を聞かずに外を眺めていた。

数学は夏休みの間にハマってたから、今年の学習範囲全部やったと言っていた。授業の内容も、もうわかりきったことなんだろう。

そよそよと風を受ける高橋君の、そのけだるげな表情が、僕は昔から好きだ。




「悪いな、角野(すみの)。じゃあ俺行くわぁ」

「うん、部活頑張ってね!」

「おう」


今日は僕と高木君とで日直だったけれど、高木君は練習試合が近いとのことで授業終わり、すぐに部活に行った。

謝られちゃったけど、部活にすぐ行かないといけないことを気にした高木君は、各授業終わりのホワイトボード消しも僕が行くまでもなく終わらせてくれていたし、現国ノートの回収も全部やってくれた。残っているのは日誌記入と、この資料のホッチキス止めだけだ。

さすがに授業終わりに言われたから、しょうがない。山積みになった資料を1枚づつ重ねて、6枚束ねたところでホッチキス止めだ。

他に残っているのは、課題提出組の子たちだけで、僕は課題をする前に資料作りに取り掛かった。

なんとなく、気持ちが焦ってきちゃうけど、早く終わらせないと。

1枚づつ重ねて、ずれないように整えて、ホッチキスで止める。何度かそれを繰り返していると、肩を軽く叩かれた。

見上げると、鞄を持った高橋君が立っていた。


「あ、もう帰る?僕これしてから帰るから」


約束をしているわけじゃない。でも、僕と高橋君は毎日登下校を一緒にしている。

資料作りが終わっても、僕にはまだ課題が待っている。高橋君を待たせるわけにはいかない。

そう思っていると、高橋君は隣の席を僕の机にくっつけて、隣に座った。


「ん」


高橋君は手を出してきた。どうやら、ホッチキスを渡せと言っている。


「え、いいよ。悪いし」

「……」


少し眉をひそめた高橋君は、譲らない。渋々ホッチキスを渡すと、高橋君は僕の席にあった資料を自分の席へと移した。

どうやら、全部やってくれようとしている。


「え、いいよ。僕が日直だし」

「………………課題終わるまで」


そう言いながら高橋君は、さっそくまとめた資料にホッチキスをした。ちゃんとトントンと揃えなかったから、少しバラついている。やり直すかどうするか、高橋君は少し迷ったようだけど、すぐに次のに取り掛かった。


「ありがと」

「ん」


お言葉に甘えて、僕は課題に取り掛かることにした。早く終わらせて、資料作りに戻ろう。


明久瑠(あくる)

「なに?」

「……そこ、間違ってる」

「えっ」


さらりと横目で見ただけの高橋君に指摘されるほどできないだなんて、僕はこの課題をクリアするのにどれだけ時間がかかるだろうか。




結局、僕が課題を終わるころには、高橋君は資料作りを終えていた。終えていたし、終わった後に課題を解くのを手伝ってくれた。


「今日はありがとね」

「ん」


じゃあね、と僕が家の門扉に手をかけようとすると、逆の手を高橋君が握った。


「なに?」


高橋君は、自分の家を指さした。遊びに来て、ということだろう。


「母さんに言ってくるから、ちょっと待っててくれる?」

「ん」


今日は確か、母さんはパートが休みの日だったはず。晩御飯まで高橋君の家に行くと言っておかないと。

そう思って門扉を抜け玄関に手をかけると、中から笑い声がした。そっと扉を開けると、母さんと高橋君のおばさんがおしゃべりをしていた。


「あら、明久瑠(あくる)。おかえり」

明久瑠(あくる)君、こんにちは」

「ただいま。おばさんもこんにちは。ちょうど高橋君家に行こうとしてたんだ」

「あら、そうなの?いつも上がらせてもらってばかりでごめんなさいね~」

「いえいえ、こちらこそよく晩御飯もごちそうになっていてすみません。そうだ、あとで親戚から送られてきた梨が──」


話が尽きなさそうな二人に、じゃあ行ってくるから、とそそくさと僕はその場をあとにした。


「お待たせ。おばさんもこっちに来てたよ。今日お休みなんだね」


家の前で待っていた高橋君は、スマホをいじっていたけれど、僕が家から出てくるとすぐにスマホを鞄にしまった。僕といるとき、高橋君はあまりスマホを使わない。

コクリと頷いた高橋君は、スマホの代わりに家の鍵を取り出した。


「おじゃましまーす」


靴をそろえて高橋君の家に上がり、いつものように2階に上がった。階段を上がってすぐの部屋が、高橋君の部屋だ。

部屋に入ると、高橋君は上着を脱いでクローゼットのハンガーを取った。僕はとりあえず、部屋に入ってすぐのところに鞄を置いた。

さっきの課題の時も思ったけど、このままだと中間テストが恐ろしいことになりそうだ。晩御飯までもう少し数学を教えてもらえるよう、高橋君にお願いしようか。

そう考えていると、いつの間にか高橋君が僕の後ろに立っていた。


明久瑠(あくる)

「な──」


なに、って聞こうとした。けれど高橋君に口をふさがれてしまった。

鞄の持ち手を持ったまま中腰の状態で、僕は上から被ってきた高橋君を受け止めている。

もうそろそろ放してほしい。そう思っていたところで、高橋君は反対に僕の首の後ろに腕を回してきた。


「もっと口開けて」


少しだけ顔を離した高橋君は、そう言いながら僕の口を開こうと、僕の顔に手を添えて、僕の口に親指を入れようとしてきた。

だけど僕はちょっとだけ強く口をつぐんだ。


「…………」


なんで口開けないんだよ。

言いはしないけど、高橋君の顔がそう言っている。

そっちこそ、普段からもっとお口開いたらどうなの。他の人ともちゃんと喋りなよ。

僕はそう言い返したい。けど今それを言うと、口を開くことになる。それだと僕の負けだ。


「……」


しばらく二人で譲らないぞ、と軽くにらみ合っていたけれど、高橋君はどうやら諦めたようだ。僕から手を離し、僕に背を向けた状態でベットの横に座って、頭だけベットに乗せた。さっきかけようとしていた高橋君の上着に頭を乗せ、ぐりぐりと頭を押し付けている。こういうときの高橋君は、ブーたれている。拗ねられても、しょうがない。


「はいはい、しわになるから頭どけて」


僕は手がかかる子だなと思いつつ、高橋君の上着をハンガーにかけようと、高橋君の頭を少しだけ持ち上げた。すると、僕の二の腕を高橋君ががっしりと掴んだ。高橋君の頭を抱え込むような姿勢になっていた、僕の負けだ。僕に持ち上げられずとも頭を上げた高橋君に、またキスをされてしまった。僕もすっかり気を抜いて、世話焼きモードになっていたものだから、口もすっかり開かれて、高橋君の舌も入ってきてしまった。

息継ぎするのが苦しくて、もうそろそろ体の力も抜けてしまいそうになって、高橋君はようやく僕を放してくれた。呼吸を整えようと、今度は僕の方がベットに寄り掛かった。


明久瑠(あくる)、もう一回」

「……今は、無理。苦し──」


言い終わるより前に、高橋君はまた僕の口をふさいだ。けれど今度は長いのじゃなくて、ついばむように何度も何度も、僕の口に高橋君の口が吸いついてきた。


「抱っこして?」

「はいはい」


もう僕の呼吸も整ってきたところで、僕の胸に高橋君が飛び込んできた。高橋君は、僕の心臓の音に耳を澄ませるようにしながら、両腕でぎゅっと僕を抱きしめた。僕はそんな高橋君の頭に自分の頬を乗せつつ、高橋君の頭を抱きしめた。


明久瑠(あくる)、心臓の音、よく聞こえる」

「自分でどうにかできるものじゃないんだから、うるさくても我慢して」

「んーん、どきどきしてるの、うれしい」


そう言いながら高橋君は、僕の胸に頭をすりつけて来た。

僕だけが知っている高橋君。僕だけに見せてくれる、省電力じゃない高橋君。

こんな高橋君、他の誰にも知られたくない。

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