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ウチのトイレには花子さんがいる

**

 登場人物

  男

  ・A太

  ・U間

  ・D介

  女

  ・K子

  ・Z菜

**


U間:やっぱやめとこー。ここ超怖い


A太:ただのトイレじゃん。お前だっていつも使ってるだろ


U間:そんなこと言ってもさー、あんな話聞くとさー


A太:あんなも何も実際いつも通りじゃん


U間:女子の方は使わないからわかんないし


K子:何?私たちが嘘ついてるって?


A太:そうとは言ってない


D介:俄かには信じがたいですけどね。今どき学校のトイレに、 本当に花子さんが出たなんて


K子:でも、私たちだけじゃないんだよ。花子さんに会ったって子は学年に何人もいて、みんな決まって放課後、居残ってた子たち、遊んでた子たち、宿題が終わらなかったり、日誌に何を書こうってなったりしながら、缶蹴りしてた声が遠のいてくのを感じて、ふと気が付いたら、カレーの匂いがしてきそうな夕暮れ時。トイレに一人で入ろうとして、コンコンコンってノックすると、コンコンって、返事が返ってくる


Z菜:仕方ないから帰ろうとするじゃん。だけど、踵を返したとこで背中から聞かれるらしい。「何して遊ぶ?」って


U間:僕帰る


D介:聞かれてどうなるんですか?


Z菜:わかんない


A太:わかんないの?


K子:いなくなっちゃってるから。聞かれた女の子が


U間:僕帰る!


A太:聞かれた子がいなくなってるなら、お前は誰から聞いたんだよ


K子:友達から


A太:その友達は?


K子:友達の友達から


D介:まぁ、そうなりますよね


Z菜:わたし、友達6人辿れば世界中の人に繋がれるって聞いたことある


A太:っていうかさ、本当にいなくなったやつなんかいるのかよ


K子:いるよ。私の友達


(間)


A太:ごめん


K子:その子もさ、楽しそうに話してたんだよ。ウチの学校のトイレ、花子さんが出るんだって。ウケる〜って。私もさ、その子が楽しそうに話してるのを見るのは嬉しくてさ、いいじゃん、会ってきたらとか言ってたの。そしたらウケる〜って、ケラケラ笑って、笑ってたのにさ


(間)


Z菜:だから気になるんだよね。大人は信じてくれなかったし、私たちの話


A太:わかったよ。ノックすりゃいいのか?


K子:3回ね


A太:3回?


K子:決まってるらしいよ。なんでかはわからないけど


Z菜:あんた、今何時?


U間:5時30分と…少し


Z菜:天気は?


D介:晴れですね。カレーの匂いこそしませんが、ここトイレですし。でも、いい夕陽です


Z菜:お化けが出るには?


D介:もってこいの日


(A太は3回ノックする)


(間)


D介:ギィィ


U間:ぎゃあああ


A太:何も起こらないじゃん


D介:足りないものがあるんじゃないでしょうか?


K子:足りないもの?


D介:先ほどから話を聞いてて思ってたんですが、皆さんの話してる花子さんは、普通の花子さんとは違うんですよね


A太:普通の花子さん?


U間:お化けに普通も何もないよー


Z菜:いきなり大きくなるとか?ガオオ


D介:今回のケースでは皆さん、あなた方は本当に花子さんがいると、 そう主張されています。存在するということは、一定のキリツがあるということです


Z菜:起立?


U間:霊?


A太:おはようございます


D介:キリツとはルールのことです。A太くん!


A太:はい!


D介:U間くん!


U間:はい…


D介:Z菜さん!


Z菜:はい


D介:K子さん!


K子:はい!?(K子は急に呼ばれて驚いている)


D介:皆さん、私のことは見えていますね?


全員:はい?


D介:見えていますね?


全員:はい!


D介:なるほど、たしかに皆さんには私のことがよく見えている。私のことを私だと、もしかしたら私よりもよくわかっている。しかしです、そんなあなたの目の前の私も、ただの粒子の集まりに過ぎないと言われたら…?


(ざわつく)


A太:悪い。全く意味わかんないわ


D介:もしもキリツが無ければ、私という存在は崩壊します。私は無数の粒子として拡散し、宇宙の彼方を観測不能な風となって、あてもなく彷徨うことでしょう


K子:君が空気だってこと?


D介:失礼な。事実今、あなたの目の前にいるように、私は私です。無数の粒子が何らかの引力、パワー、ダークマターだかエナジーだかでギュッと凝集し、現実に今、私というこの姿を保ち、均衡しているんです。これがキリツ。ルールです


A太:スゲェな起立。だから授業も始められんだ


Z菜:ヤツの眼鏡が鼻の上でちゃんと止まってることすら不思議に見えてきた


D介:花子さんの存在を明らかにしたいなら、この大宇宙のキリツから明らかにしていきましょう。まずは…


K子:ノック3回


A太:それはもう試した


D介:続きがありましたね?


(間)


K子:連れてかれちゃう


U間:「何して遊ぶ?」って背中から聞かれる


D介:トイレで何をどう遊べるんですかね?しかしそうです。時間と空間の限定、回数の指定、遊びの提案。これらは全て、厳密に規定され、ルールになっています。そうしたルールが存在を存在たらしめてキリツするのです


Z菜:わかった。花子さんの噂って、降霊術なんだ


A太:こうれいじゅつ?


Z菜:幽霊を呼び出す方法ってこと。去年やったじゃん、百物語。暗い部屋でそれぞれのロウソクに火をつけて、みんなでひとりずつ怖い話して、自分の話が終わったら一本ずつ消してくってやつ


A太:ああ、あれねー(A太は覚えていない)


D介:コックリさんも降霊術の一例です。10円玉の上にみんなで指を置いて質問しました


Z菜:百物語では、最後の火が消えた瞬間に幽霊が


D介:コックリさんでは、とり憑かれたように指が動いて答えが


U間:出てくるって話だったけど、何も起きなかったよね


A太:意味ないじゃん


K子:友達のこと諦める気?


A太:そうは言ってないだろ。間違ったことしてても意味ないってだけだよ


D介:その通り。手順が重要な降霊術で、間違えていたら意味がありません。実は皆さんが聞いているという噂話、変なところがあるんですよ。トイレで3回ノックしての、その後がおかしいんです


U間:「何して遊ぶ?」って背中から聞かれちゃうやつが?


D介:そうです。だって向こうの方から、花子さんの方から聞いてきたら、それはもう降霊されちゃってるじゃないですか


A太:降霊術なんだから、降霊できてれば万歳だろ


D介:良くないですよ。考えてみてください。その時点だとノック3回。たったのノック3回ですよ


Z菜:わかった


K子:またわかったのZ菜ちゃん


Z菜:手順が簡単すぎちゃうんだ。夕方、トイレ、ノック3回。これだけだと、花子さん日本中で大忙し


D介:トイレの花子さんには古来より語り継がれた、より伝統的かつ詳細な方法が存在します。そちらを試された方がよろしいかと


K子:どうやって?


D介:放課後のトイレで3回ノックする。そこまでは同じですが、古来伝統的な方法には続きがあります。こちらから聞くのです。「はーなーこーさーん、あーそーびーまーしょー」と


K子:なんでそんな言い方するの?


D介:そういうものです。では、A太くん


A太:俺がやるの?違う流れだったじゃん


D介:さっきも君だったので


Z菜:あと、さっきのトイレじゃなくて、3番目のトイレで


A太:なんで?


Z菜:そういうものだから


D介:そういうものです


A太:3番目って、どこから3番目?


(間)


Z菜:あんたの心がそうだと、そう思うところから3番目で


D介:そういうものです


(A太は3番目だと思うトイレで3回ノックする)


A太:はーなーこーさーん、あーそーびーまーしょー


(間)


Z菜:ばぁ


U間:うわぁぁぁ


D介:失敗ですね。後は大人に任せましょう


K子:ちょっと諦め早くない?


D介:だって花子さんが出ないんじゃつまらな…仕方ないでしょう


K子:あんた今つまらないって言おうとしたでしょ


Z菜:でも、何か手がかりがなくちゃこれ以上探せないってのも確かじゃない?


K子:うーん


U間:どうしていなくなっちゃったのか、もう一度やってみたら?


K子:は?


U間:刑事ドラマとかでさ、見たことあるんだ。事件現場の再現?ってのやるの


Z菜:「ごめんだけど〜、放課後〜、音楽室〜、付き合ってくれない?」


A太:え?なに?


Z菜:現場の再現


A太:こんな感じだったの?


K子:まぁ、 おおむね?だいぶオーバーだなとは思うけど


Z菜:バンバンバンバーン!


U間:なんで『運命』?


Z菜:場面転換


K子:もう、一体なんで音楽室なんかに?


A太:続けちゃうんだ


Z菜:「え〜?理由がないと呼んじゃダメ〜?K子は真面目だ〜」


K子:ダメってわけじゃないけど


Z菜:言っとくけど、あんたみたいに暇じゃないんだよ、ウチら


U間:君もいたんだね、そこに


K子:そしたらあの子、本当にすまなそうな顔してね。普段そんなキャラじゃないのに。いつもは教室の真ん中でコロコロ笑ってるみたいな子で


Z菜:耳に響いて、ちょっとウザいんだよな


A太:くち悪ッ!


Z菜:それがなんでウチをのけ者にするみたいに?ってのも興味があって、私もついてった。なのに歯切れ悪いんだもん。何?ってこっちから聞いたら「練習付き合って」って


K子:「ピアノが弾けるようになってみたい」って言ってた。たぶん、私がピアノ習ってたから、私に頼もうと思ったのかな


Z菜:そんなの他にもいるだろ


K子:「でもほら、 K子さん優しいじゃん。だからお願い」


D介:自分の名前を恥ずかしげもなく…


Z菜:「私もそんな上手いってわけじゃないし」


K子:「一生のお願い!お願いだから」


U間:頭こんがらがる


Z菜:それが一生のお願いとは、安い一生だねー


K子:わかったよ。何が弾きたいの?


Z菜:そしたら彼女、顔いっぱいを笑顔にして


(Z菜は見えない鍵盤を叩く)


Z菜:「バンバンバンバーン!」


U間:伏線だったんだ


A太:普通ジブリの曲とかじゃない?俺も弾いてたよ、風の通り道とか


D介:意外だ


K子:私もそう思って、いきなりそれは難しいよって言ったんだけど「それがいい」って。じゃあ、最初のところだけならって


Z菜:こっからがすごいのよ


D介:何が?


(K子は見えない鍵盤を叩く)


A太, U間, D介:おおおお!


Z菜:「すごい!かっこいい!どうやってやるの」


K子:いきなり全部は無理だよ。だから、今日は最初だけね。鍵盤のここのところに指を置いてみて


Z菜:「こう?」


K子:それから12音を越えて、ソとソをつないであげるの


Z菜:「指が届かないよ」


K子:じゃあ、一緒にやろうか。私が右半分を弾いてあげる


Z菜:「揃わないね」


K子:こんなよれよれの『運命』聞いたことないや


Z菜:いつもだよ。揃わないんだよね、私たち


K子:いつも?


Z菜:コックリさんやった時も失敗したじゃん。コックリさんコックリさん、おいでください。ウチら頑張ってお祈りしたけど、10円玉の上に置いた指先はピクリとも動かなかった。本当は動いてもよかったはずなのにさ、あんなの、ただの集団催眠なんだから


D介:ロマンが無いなぁ


Z菜:何も起こらない退屈さったらないよね。みんなでわざわざ放課後に集まってさ、せっかく聞いたのに、私は偉大な科学者になってノーベル賞をもらえますか?


(間)


Z菜:ハイって言えよコックリ風情がよー


A太:俗物根性が凄い


Z菜:ああん?


U間:怖い


Z菜:「もう一回やってみたい。コツとかないの?」


K子:迫力を出したいなら、やっぱ曲の由来を知ることかも。運命はこのように扉をたたく、らしいよ


D介:あと、10円も添えてみましょう


K子:は?


Z菜:コックリさんのやり直しか。10円でどのように扉をたたく?


(A太は3回ノックする)


(扉が開く音が聞こえる)


K子:「ちょっとトイレに行ってくる」


Z菜:行ってこーい。ウチら、ここで待ってるんで


K子:「あ、そうだ!」


Z菜:なんだよ


K子:「今日はさ、K子さん超カッコよかった。我が校のベートーベンさんだね」


(K子は扉から出ていく)


Z菜:で、三十分待っても、一時間待っても、帰ってこなかった


D介:夕陽が沈んでいく


U間:暗くなった音楽室ってさ、なんか怖いよね


A太:ただの音楽室じゃん。お前だっていつも使ってるだろ


U間:でもさー、あんな話聞いちゃったらさー


D介:昼の喧騒を知ってるから怖いんですよ。ギャップが僕たちの想像力を刺激しているんです


Z菜:ギャップ萌えってやつだ


A太:萌えじゃないだろ


(間)


Z菜:思い出した


U間:何を?


Z菜:あの子さ、すごく残念そうにしてた。コックリさんなんかいないってわかったとき。じゃあ、私たちのこと、誰にもわかんないんだって。百物語のときも、あの子が一番残念そうにしてた。じゃあ、私たちは死んだら、本当にいなくなっちゃうんだねって


A太:俺も思い出した。そのときさ、笑ってたよな。コロコロ笑ってた。教室の真ん中でさ


U間:思い出した。ちょっとうるさかったかも


D介:コロコロってより、ケラケラって感じでしたよ


(間)


Z菜:K子のこと大好きだったんだろうな、アイツ

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