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食事情の改善

時は少し遡って、六月中旬(旧暦)のこと。

時期的にちょうど良いということで、俺は上州からある農産物を取り寄せていた。

ここで問題です。

梅雨時期に大量に収穫できる、上州を代表する農作物とは何でしょうか。

答えは『梅』でした。ちなみに、梅の生産量は群馬県が全国二位だぞ(一位は和歌山県)。

えー、船田義昌からはランビキ(兜釜式焼酎蒸留器)ができたとの報告が有り、俺の方では味噌職人たちによる麦芽糖作りが軌道に乗り出した結果、ここで梅酒作りが可能となったわけである。

ということで、俺は手の空いている者どもを集めて梅酒作りを始めることにした。

まずは、梅の黒いヘタを取り除く下ごしらえだ。

梅の割れ目とヘタの境目に竹串を斜めに刺し、テコの様に上に上げると簡単にとれるぞ。

ヘタを取った梅は水で良く洗い、水気は布巾で拭き取る。

その後は、消毒した瓶に梅と麦芽糖を交互に入れて、ランビキで作った焼酎を注ぎ込み、封をして暗く冷たい場所で三ヶ月以上寝かせれば完成だよ。

「なに?三ヶ月も待てないだと。しょうがねー奴らだな」

仕方がないので、瓶を持って別室に移動した上で、俺は鬼切を呼び寄せた。

郎党どもを驚かせて、いちいち説明するのも面倒くさいしね。

『出でよ、鬼切』そして『祓いたまえ、清めたまえ、顕現せよ退魔の力!』と言いつつ、梅酒に退魔の力を放った。

瓶に入った梅酒がいきなり光り出す。

そして、一刻ほど待つと、それなりに美味い梅酒が完成したのだった。

「いやー、この酒は甘くてまろやかで、実に口当たりの良い物ですな」

「酒に漬かった梅も美味ですぞ。実に果肉が柔らかい」

「酒精は結構強いですな。飲み続けると働けなくなるような気が・・・」

「焼酎とやらも酒精が強くて美味いぞー」

「おい、お前ら。売り物まで飲むんじゃねーよ。さっさと、梅酒作りの作業に戻らぬか」

こんな感じで、上州から取り寄せた梅は、全て梅酒になったのである。

皆の評判も良いようだし、梅酒は良い収入源となりそうだな。


天ぷら蕎麦を食べよう


突然だが、俺は麺類が大好きだ。

ラーメンやうどんも良いけど、一番はなんといっても蕎麦だね。

熱いのよりは、冷たいざるそばとかもりそばの方が好みかな。

ということで、この時代で一般的な『そばがき』でなく、江戸風の『そば切り』を料理人に教えることにした。

俺は、前世で蕎麦作り教室に通っていたことがあるから、蕎麦だけは作れるんだよね。

醤油もあることだし、めんつゆもなんとかなるだろう。

本当はみりんが必要らしいが、大根おろしを混ぜた醤油(おろし醤油)で蕎麦を食べても、結構いけるぞ。それに、毎日大根おろしを食べていれば、いざという時にまた大根の兵士が助けに来てくれるかもしれんぞ、なんてね。

俺は、集めた料理人たちに向かって、いつもの様に料理作りの意義について話し始めた。

「料理人は、ただ美味しい料理を作るだけではだめだぞ。料理を見れば、その家の勢力範囲とか外交関係とか技術水準が分かるわけだからな。料理で相手を屈服させることも出来ぬようでは、武家の料理人は務まらんぞ。料理とは、食材や技術で斬り合う戦争なのだ。皆には、これから俺の知る未来の料理をどんどん再現してもらうぞ。いずれ、新田家の料理人は日本一と称されるようになるであろう。お前ら、日本一の料理人になりたいか」

「「「はい、なりたいです」」」

「じゃあ、まずはそば切りを教えよう。そこの料理人、蕎麦と聞いて露骨に嫌そうな顔をしたな。日陰者と言われる蕎麦も料理次第でものすごく美味くなる、それを教えてやろうじゃないか」


※そば打ちの仕方

①水回し:そば粉と小麦粉を混ぜた物に水を加える。小麦粉が多いとそばもまとめやすくなるぞ。一度に全部の水を加えるのではなく、三回に分けて加える。

②コネ:一回目の加水では、全体に水が行き渡るようにそば粉をすり合わせたりして念入りに行う。二回目の加水で、そばの玉も大きくなってくる。三回目の加水では、固まってきたそば玉の硬さを確認しながら行う。耳たぶより少し固めが良いらしいぞ。そば玉を一つにまとめたら、上半身の力を利用しながら百回程度しっかりこねる。

③延し:そば玉の形を円く整えて、打ち粉をふった『のし台』の上に置く。そば玉にも打ち粉をふって、円盤状にする。そば玉に打ち粉を追加して麺棒で延す。生地の厚さが1.5ミリくらいになるまで均一に延す。

④たたむ:均一な厚さに延した生地をたたむ。その際、打ち粉をしっかりふる。そば切り包丁の刃の幅以下までたたむ。

⑤切る:そばの太さ・厚さが同じになるように生地を切れば完成。


「どうだ、こいつを茹でて冷水で洗い、ざるに乗せればざるそばの完成だ。じゃあ、皆で試食しようか」

俺は、おろし醤油を料理人どもの前に置いて、皆に食べるよう促した。

皆がそばを一口食べると、あとは取り合いとなった。

「お前ら、そんなに食いたけりゃあ自分で作れ。ごほん、俺は冷たいそばを好むが、中には温かいそばが好きという者もいるだろう。そういう場合は、醤油・にぼし・焼酎・麦芽糖を使って温かいつゆを作ってみてくれ。うーん、蕎麦を食べたら天ぷらも食いたくなってきたな。お前ら、ニワトリの卵はどこで手に入れられるか知っているか?」

「ニワトリとは何ですか?」

「明け方に、コケコッコーと鳴く鳥だよ」

「ああ、庭っ鳥のことですか。その卵であれば、近隣の農村で手に入ると思いますが、本当に食べるんですかい?卵を食べる人など見たこともありませんが・・・」

「卵を料理に使わないなんて、勿体なさ過ぎるぞ。ほれ、モロコシの人間は、四本足のものは机と椅子以外何でも食べるというではないか」

「まあ、義貞様がそこまで言うなら」

ということで、産みたての卵を数個用意することができたよ。

野菜は茄子で、魚介類は・・・、鯛と伊勢海老か。すげー高価な天ぷらになってしまった。

では、早速天ぷら作りに取りかかるとするかな。

もちろん、手の空いている料理人に『かけそば』を作らせることも忘れていないよ。


※天ぷらの作り方

①小麦粉と冷水と卵を手早く混ぜる

②具材に衣をつけて油で揚げる。以上。


あるマンガだと、良い天ぷら職人は音で天ぷらの揚がり具合を見極めているらしいが、俺には分からないしな。まあ、天ぷらをたくさん揚げれば、なんとなく分かるようになるんじゃねえの。

鯛と伊勢海老の捌き方が上手い料理人は・・・、又右衛門と伊兵衛かな。

よし、両名にはあとで別な仕事も任せるとしよう。

おー、良い具合に天ぷらとかけそばが出来たではないか。

じゃあ、皆で味見としゃれ込もうではないか。


うな丼を食べよう


俺は、麺類も好きだけどウナギも好きなんだよね。

しかも、この時代のウナギって下魚だったらしいではないか。

それなら、うな丼を作って価値を上げるしかないよね。

ということで、魚の扱いに長けた料理人に、泥抜きの済んだウナギを捌いてもらうことにした。

「又右衛門と伊兵衛。前に出て来い」

「「へい、何で御座いやしょう」」

「以前天ぷらを作る際に見せてもらったが、お前らは他の者より魚を捌くのが上手だからな。特別に、ウナギを捌く役目を与えよう。ちなみに、お前らの手に傷はないよな」

「「へい、怪我などしておりませんが」」

「ウナギの体液には毒があるからな。目にも入らぬよう気をつけろよ。じゃあ、捌き方を教えるとしよう。残りの者は、タレ作りと飯炊きをしろ。では、作業開始」


※ウナギの捌き方

①ウナギをまな板に乗せ、目の部分に釘を刺して固定する。

②頭から1寸ほど離れた場所に包丁を入れて、中骨に当たったら包丁を寝かせて、尾の方向に向けて切り進める。

③尾まで開いたら内臓を取る。

④中骨を取る。

⑤血合いとひれを切り取る。

⑥最後に頭を切り取る。

⑦食べやすい長さに切ったら、ウナギに串を打ちタレをつけて炭火で焼く。


※ウナギのタレの作り方

①醤油・麦芽糖・蒸留酒を鍋で煮込む。

②その中に、良く焼いたウナギの頭と骨を入れてさらに煮込む。


ウナギが焼けるとともに、良い匂いが陣所のみならず隣近所まで広がっていった。

皆が『何事!!』と集まってくるぞ。

そうこうしているうちに、最初の一杯が完成した。

世界初のうな丼。

下魚と言われたウナギが高級魚になる、まさにその瞬間に俺は立ち会っているのかー。

うな丼を一口頬張ると、あまりの美味しさに涙が溢れた。

「美味い、美味すぎる。脂の乗ったウナギはあくまでも柔らかく、外は炭火で炙られて香ばしくなっている。タレの甘さも実に良い。ほれ、お前らも一口ずつ食ってみろ」

「「「このような食べ方、思いもよりませんでした・・・」」」

料理人たちも、感動のあまり涙を流しているぞ。

一方、義助や義顕たち武士連中は、お預けを食らって激おこであった。

「こんな良い匂いを嗅がせておいて、うな丼とやらを食べさせてくれないとは。これは、拷問ですぞ」

「義助よ、まあ落ち着け。うな丼は逃げやしないよ」

「本当でしょうね。待たされたあげく『材料がなくなりました』などと言われた日には、反乱が起きるかもしれませんぞ」

「ハハハ、ウナギが足りなくなるのを危惧しているのなら、手下に捕りに行かせりゃいいじゃねえか」

「佐助はおるか。忍び衆は今から川に向かい、できるだけ多くのウナギを捕ってくるのだ」

「「「承知いたしました」」」

ありゃまー、本当にウナギを捕りに行かせたよ。

うーん、泥抜きの済んでいないウナギを調理しても、美味いうな丼が出来るかな。

でも、この時代の川は未来と違ってきれいだから、大丈夫じゃね。

そんなわけで、うなぎの匂いにやられた新田一族とその郎党は、仕事をほっぽり出してうな丼に舌鼓を打つのであった。

今は周囲の者たちだけだが、いずれは庶民にも安くて美味しい料理を広めてやるぜ。

頑張るぞー、俺はそう心に決めたのだった。


◇ 足利直義視点 ◇

鎌倉の間者から報告が来たか。

どれどれ、『佃煮が甘塩っぱくて美味しい』『水飴が甘くて美味しい』『どら焼きが甘くて美味しい』『蕎麦が美味しい』『天ぷらがサクサクして美味しい』『梅酒美味しい』。

なんだこれは、全て料理の感想ではないか。

肝心の軍事機密はないのか。

『六月某日、義貞の陣所である勝長寿院から摩訶不思議な匂いが流れてきたので潜入を試みた』

おっ、これは良さそうだな。

『陣所内では、義助たち新田一族が義貞に食ってかかっていた。このままでは反乱が起きるという言葉も聞かれた』

なんと、義貞・義助の兄弟は不仲なのか。なんとも利用価値のありそうな情報ではないか。続きはどうかな。

『不和の原因は、新しい料理『うな丼』の取り合いによるものであった』

なんじゃこれは。

『今は、新田一族とその料理人しかうな丼を食べることが出来ませんが、いつかうな丼を食して、その味を直義様に伝えたく存じます』

どいつもこいつも報告内容は料理のことばかりで、肝心の大きな音を出して敵を負傷させるという謎の武器の情報が無いではないか。

ここまで軍事機密が守られているとは・・・。

私が義貞を甘く見ていたのだろうか。

それとも、義貞の能力は私を遙かに超えるとでもいうのか。

こうなれば、私が直々に鎌倉に出向いて調査をするより他はないな。

者ども、兄上のところへ向かうぞ。

やはり、義貞は危険すぎる。

ありとあらゆる手を用いて、義貞の力を徹底的に封じ込めてやるとしよう。

◇ ◇ ◇ ◇ ◇

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