鎌倉での日々
新田義貞(五領徳業):主人公。新田義貞に転生して、犬死人生を回避するため悪戦苦闘する。物語開始時33歳
祟り神(新田義貞の怨霊):ネズミや天狗を使役することができる
新田義顕:新田義貞の子、16歳
脇屋義助:新田義貞の弟、32歳
脇屋義治:脇屋義助の子、11歳
船田義昌:義貞の執事
新田四天王:栗生顕友、篠塚重広、畑時能、由良具滋
佐助:由良具滋配下の忍び
岩松経家:新田一族。先祖が足利家から新田家に婿入りしているので足利寄りの行動が目立つ。
保子、知子、宣子:義貞の妻たち
安藤聖秀:義貞の正室保子の伯父
青銅砲とコンクリート製建築物を作ろう
先の話し合いから数日が経過した。
安藤聖秀には、数日間俺の知る農法と建築法を叩き込んだ上で新田荘へ向かわせた。もちろん、未来の農業とか金山城の築城等をやらせるためにね。
吾妻行盛についても、自領の吾妻郡に帰して、忍びの育成に全力を注がせることにした。
一方、飽間盛貞・家行・定長には、甲斐に寄って甲州ブドウを入手してから上州に戻るよう命じた。飽間村(群馬県安中市)は梅の産地だし、榛名山南麓だから、未来の榛東村(榛名山の東麓にある)みたいに良いブドウが実るんじゃないかな。
とにかく、政権交代のどさくさに紛れて、欲しいものはできる限り手に入れておきたいんだよね。金銭面では幕府滅亡時に北条家の財宝を差押しておいたから問題ないし、怨霊対策でも退魔の力を持つ『鬼丸』を入手できたからばっちりだ。
ちなみに、世良田満義から借りた一万貫は、この財宝を使って倍にして返しておいたよ。約束したことは必ず守るのが、俺の義(人として守るべき正しい道、正義)ね。
話を戻す。
そんなわけで、世良田の商人上州屋清兵衛や鎌倉商人を使って、宇久須(静岡県西伊豆町宇久須)の珪石、梨本村(静岡県賀茂郡河津町梨本)の白色粘土、奥多摩(東京都西多摩郡奥多摩町)の石灰岩等を集めさせて新田荘へ送るのだった(一部は鎌倉で保管しているよ)。もちろん、後でガラス製品や耐火煉瓦等を作るためにね。ちなみに、江戸湾から利根川を通って新田荘まで船で荷物を運ぶのは、意外と楽だったりする。
火薬や金属の備蓄も増えているし、職人集めも順調だ。
職人たちのために、工房及びそれに付随する設備や道具を作ることも忘れていないぞ。
義顕・義助・義治の勉強の進み具合は、まあまあかな。
鶴岡八幡宮の宝物庫で見つけた『鬼丸』は俺の物にしたけど、『八幡太郎義家の御旗(もちろん紋は二つ引両ね)』は千寿王に渡しておいたから、足利家との仲も良好だ。
今のところは順調といった感じだけど、この後どうしようか。
確か、史実だと八月五日に除目と論功行賞が行われるので、義貞は兵をまとめて京に向かうんだよな。
『北条の残党が鎌倉を窺っているので、それを放って上洛はできない』とか理由を付けて鎌倉に居座ることもできるのだが、今人事権を握っているのは帝だから、その命令を無視して朝敵扱いされたら一巻の終わりか。
ここは、やはり建武の新政が崩壊する二年後までに、大砲や南蛮船を開発するなどして新田家の勢力を大きくするしかないな。
ということで、いきなりだが栗生顕友らが集めた鋳物師に、青銅砲を作ってもらうことにした。
梵鐘を作れるのだから、青銅砲ぐらい簡単に作れるんじゃねーの、多分・・・。
俺は鋳物師たちを集めると、早速青銅砲の絵図面を示して製作可能かどうか聞いてみた。
鋳物師の一人が口を開いた。
「青銅製ですと随分お高くなりますが、大丈夫ですか(青銅製は鉄製より4~5倍高価らしい)」
その鋳物師は、弥右衛門という名であった。
「まあ、金のことは心配するな。確実に青銅砲を作れるようになったら、次は安価な鉄で大砲を大量生産してもらう予定だ」
「・・・左様でございますか。上手くいくか分かりませんが、早速試作品を作ってみましょう。失敗した場合は、命で償えばよろしいのでしょうか」
「ええい、失敗しても死ぬ必要はない。失敗は次に生かして、少しでも良いものを作ってくれ。繰り返し言うが、失敗は何度しても良いぞ。くれぐれも命は大事にするように」
「それを聞いて安心しました」
弥右衛門たちは、心底ほっとした様子を見せながら鍛冶工房へ引き揚げていった。
(青銅砲作りが上手くいったら、新田金山城に据え付けるのが良いかな。この時代であれば、誰にも落とすことのできない難攻不落の城になるであろう。フッフッフ、完成が楽しみだぜ)
次は、大工たちにコンクリートの作り方を教えることにするかな。
ということで、急いで完成させた石灰窯の前に、大工たちを集合させた。
「これから、お前らにコンクリートというものを教えてやるから、こいつでどうすれば丈夫で安上がりな建造物を短時間で作ることができるか、試行錯誤して良いから色々と考えてもらいたい。ちなみに、コンクリートを採用することで、人類は初めて建物は四角いものという常識から解放されることになったんだ。俺らがやろうとしていることは建築業界の革命だから、心して聞くように。用意する物は、竹・縄・板・川砂・生石灰(酸化カルシウム)だ。ここまでは良いか?」
「「「ははー」」」
何だか、大工たちは緊張しているねえ。俺の機嫌を損ねたら、命は無いとでも思っているのだろうか。
「そんなに緊張する必要はねえよ。これから、竹筋コンクリート造り建築物の立て方について説明するから、気分を楽にして聞いてくれ。なあに、作り方は簡単なものさ。竹と縄で骨組みを作ったら、その周囲に板で型枠を作ってコンクリートを流し込み、コンクリートが固まったら完成だ。どうだ、簡単だろう。それじゃあ、まずこの設計図通りに竹で骨組みを作ってもらおうか」
俺は大工に設計図を渡して骨組みを作らせる一方、手の空いている大工にはコンクリート作りをさせることにした。
「えー、この奥多摩から採ってきた白い石が石灰岩で、こいつを石灰窯で蒸し焼きにすると生石灰になる。生石灰は、肌に触れれば炎症が生じ、吸い込めば呼吸困難になり、目に入れば失明する危険性があるので、取り扱いには注意するように。今日は、あらかじめ作っておいた生石灰を使うぞ。生石灰・川砂・砂利・水を混ぜてドロッとしたものがコンクリートだ。こいつは放っておくと固まるので、固まる前に型枠に流し込んでやれば、壁が完成するわけだ。ちなみに、このコンクリートでは水・生石灰・火山灰が接着剤の役割を果たしているぞ。関東には火山が多く、川砂には必ず火山灰が含まれているから、関東の地でコンクリート製建造物を作るのは容易なのさ。骨組みは出来たか?じゃあ、その周囲を板で囲んで、コンクリートを流し込んでみようか」
「「「へい、承知しました」」」
型枠内にドロドロしたコンクリートを流し込んでいく。その後、コンクリートに木の棒をブスブス突き刺して中に入っている空気を抜いて五日間養生(保護)すれば、荷重をかけても大丈夫になるぞ。
「それじゃあお前ら、後は大丈夫だな」
「「「へい、我々にお任せ下され。義貞様の満足する建物を、見事完成させてご覧に入れましょう」」」
こんな感じで、今後益々増えるであろう職人たちの入居する建物を、大工たちに建てさせたのだった。
こいつらがコンクリートの扱いに慣れてきたら、半数を新田荘の金山城に回すとするかな。
安藤聖秀の城作りも進むであろうし、なにより青銅砲に加えてコンクリート製の堡塁を備えた城作りなんてされたら、攻め手にとっては悪夢と言うより他あるまい、なんてね。
(へへっ、早く完成した金山城を見てみたいぜ)
などと妄想にふけっていると、忍びが俺の傍に駆け寄ってきて跪いた。
「殿、ご報告がございます」
「えーと、お前は具滋配下の忍びか?名は何と申す」
「佐助にございます。具滋様の命で殿の身辺警護をしておりますが、最近殿の様子を窺っている連中が多く見られます。殿がお命じ下されば全員始末しますが、いかがいたしましょうか?」
「うーん、俺を探るということは、足利兄弟か朝廷の仕業かな?」
「具滋様もそのようにお考えです」
味方に探られているというのは気分が悪いけれど、俺もいずれは足利兄弟や朝廷の動向を探るために忍びを放つのであろうな。であれば、お相子といった所か。
「とりあえず、皆殺しはやめろ。軍事関連施設は立ち入り禁止にして、それでも侵入してくる奴がいたら、そいつは殺せ」
佐助は『承知しました』と答えると、そのまま姿を消した。
たぶん、身辺警護の仕事に戻ったんじゃないかな。
それにしても、本格的な情報漏洩対策もしないといけないのか。
後で、義助や具滋たちと話を詰めるとしよう。
醤油と麦芽糖を作ろう
前世の記憶を取り戻してから1ヶ月と少々経つが、何が問題かといえば、やはり食事が質素すぎることなんだよね。
主食は蒸した玄米で、おかずは焼き塩・味噌・梅干し・焼き魚・漬物を少々といったところか。狩りをした後には、肉が出ることもあるよ(ジビエってやつね)。
とにかく、調味料が塩と味噌しかないから、味付けが単調なんだよね。やはり、醬油は欲しいよな。
あと、甘味が無いのも問題だ。
俺は、半月に一度はチョコレートパフェが食べたいんだ、なんてね。
醤油については味噌の上澄みが『たまり醤油』になるし、甘味も『麦芽糖』の作り方を知っているから家族分ぐらいは何とかなると思うが、やはりこの時代(南北朝時代)で生きていくことが確実となった今、家族だけでなく国民全体の食事情を改善させたいなあ・・・。
そうだ!工場で醤油と麦芽糖を大量生産して、国民全員に販売すればよいではないか。
とりあえず、大きい工場は新田荘に作るとして、経営は上州屋に任せるのが良いかな。そして、ここ鎌倉の地では職人育成を主とすることにしよう。
ちなみに、醤油・麦芽糖関係の情報漏洩については、全く考慮する必要はないぞ。
国民の食事情を改善させるなら、むしろ積極的に情報提供していくべきだよね。
あと気付いたんだけど、醤油作りと味噌作りの違いなんて、途中で炒った小麦を入れるか入れないかだけじゃねーの。ということで、味噌作り職人を強制的に集めて、醤油と麦芽糖作りをさせることに決めたのだった。
醤油も甘味も、一度食べたくなると我慢できなくなるよね・・・。
急遽集められた味噌作り職人たちに向かって、俺はこう言い放った。
「えー、これからお前らには醤油と麦芽糖を大量生産してもらう。調味料と甘味の充実は、日本の食生活改善に欠かせないことだからな。お前らは、食事面での革命の当事者となるのだ。なお、高給は約束する。反論は認めん」
(いやー、かなり強引だったかな)
とは思うが、我慢できぬものは仕方がない。
案の定、不満を訴える連中が続出した。
そこで、俺は忍びの佐助を呼ぶと、味噌の上澄みを持ってこさせて、職人たちに『たまり醤油』の味見をさせることにした。
職人どもは、『これは素晴らしい』『濃厚なうまみと独特の香りがありますな』『塩味だけでなく甘みもありますぞ』などと騒いでいる。
「まあ、醤油とはそんな感じのものだが、俺の作りたい醤油はそれよりとろみが少なくて、どんな料理にも合うものになるはずだ」
宗八という職人が挙手をした。
「義貞様、発言してもよろしいですか」
「かまわん。申してみよ」
「醤油作りには麹が必須ですが、麹づくりは麹座が独占しております。醤油を大量生産して販売するには麴座の許可が必要ですが、その点について義貞様はどうお考えでしょうか」
「そうだな、当面は麴座に上納金を払って許可を貰うことにするが、俺がもっと偉くなったら、麴座に限らず全ての座をぶち壊して、何でも自由に商売できるようにしてやろうではないか(楽市楽座)」
「義貞様のお考えは良く分かりました。不肖宗八は、全面的に協力させていただきます」
「それじゃあ、まず醬油作りから始めようか」
「「「ははー」」」
そんな感じで醤油作りが始まった。
※醤油の作り方
①原料処理:大豆は蒸して、小麦は炒って砕く。
②麹づくり:蒸した大豆と炒った小麦に種麹を加えて、2日程度繁殖させる。その際、定期的にほぐして空気を送り込む必要がある。
③発酵・熟成:醤油麴と塩水を混ぜたもの(もろみ)を、1~2年かけて熟成させる。見た目は水分の多い味噌。
④圧搾:もろみを布に入れて絞る。
⑤火入れ:搾った生揚醤油に熱を加える。直火の上に置かれた大釜で、30分程度熱を加えるのが一般的。
⑥瓶詰めをして完成:余計な雑菌が入らないよう注意する。
「「うーん、完成まで1~2年かかるのですか」」
職人たちの士気が落ちているぞ。こいつはまずい。
えーと、うーんと、あっそうだ。俺の必殺技『退魔の力』だ。
俺の『退魔の力』が、なぜ怨霊の力に当てられておかしくなった人々を正気に戻せるかというと、人々の持つ生命力を活性化させる作用があるからなんだよね。
付け加えると、退魔の力によって人々の持つ『怨霊に対する免疫力』を強化しているわけなのだが、詳しい説明は割愛するとして、ここで俺が言いたいのは、『退魔の力』を麴菌に向けて放てば、麹菌が活性化して『②麴づくり』や『③発酵・熟成』の時間を大幅に短縮できるのではないか、ということだ。
(まあ、ダメ元でやりゃあいいか)
そんなわけで、『種麹を加えた大豆と小麦』に向けて『退魔の力』を放つことになった。
「出でよ、鬼切」
俺が叫ぶと、目の前に鬼切が現れた。
味噌作り職人どもは、信じがたい光景にビビっているぞ。
「祓いたまえ、清めたまえ、顕現せよ退魔の力!」
『種麹を加えた大豆と小麦』がいきなり光り出し、その光が収まるのと同時に、大豆と小麦は熱を放ち始めた。
「ほれ、何をしている。さっさとほぐして空気を送り込まんか」
正気に戻った職人たちは、早速作業に取り掛かる。
数分経つと、大豆表面に緑色の胞子がついてバラバラになった。本来2日かけて作る醤油麹が数分でできたわけである。
「それじゃあ、醤油麹に塩水を混ぜて、この大樽に入れてくれ」
職人たちが作業を終えると、俺は再び『退魔の力』を振るった。
『麹づくり』と同様に『もろみ』は光り出し、その光が収まるのと同時に発酵が始まった。
職人たちは、せっせと『もろみ』をかき回している。
「あとは、3日くらい攪拌した『もろみ』を布で絞って、火入れをすれば完成だな。では、醤油作りはいったん終わりにして、次の麦芽糖作りに移ろうではないか」
食が関わると、必要以上に力の入る俺であった。
◇ ◇ ◇
※麦芽糖の作り方
あらかじめ、大麦を発芽させて麦もやしを作り、乾燥させて粉末にしておく。
①鍋に洗ったもち米と水を入れ、おかゆを作る。
②おかゆが出来たら鍋を火から下ろし、60度くらいまで冷ましてから乾燥麦芽を加えて混ぜ合わせる。
③ドロドロのおかゆがサラサラに変わったら、このまま一晩放置する。
④翌日、布でおかゆを漉す。
⑤絞った液を、ヘラで鍋の底に線が書けるくらいの硬さまで煮詰める。その際に出るアクは、全てすくう。
⑥好みの硬さまで煮詰めたら、瓶に入れて冷やして完成となる。
「ほー、1日で麦芽糖ができるのですか。アクを取るのは大変ですが、それ以外は簡単ですし、この水飴はなかなか美味しいものですな」
「おい徳太郎よ、そんなに取るんじゃない。全員が食べられないだろうが」
「へん、こいつは早い者勝ちだ。そんなに食べたければ、自分で作れば良いじゃねーか」
「お前ら、つまんねーことで喧嘩すんなよ。それじゃあ、醤油と麦芽糖作りは任せたからな。大工場が完成するまでに、一通りの作業をできるようになっておくんだぞ」
「「「ははっ、承知いたしました」」」
こうして、俺は醤油及び麦芽糖作り職人の育成に成功したのだった。
次は、料理人の育成か。
着到状・軍忠状へのサイン書きも終わりが見えないし、まだまだやることが多くて大変だ。
でも、8月5日の除目に遅れるわけにはいかんからな。余裕を持って京に行くなら、半月前の7月20日には鎌倉を出発しないといかんか。そして、今は6月中旬である。
「俺に残された時間は、あと1ヶ月か・・・」
(時間が無いのはいつものことだ。この1カ月でできる限りのことをしよう)
俺は、そう心に決めたのだった。