実践を終えて(完)
「お疲れだったな」
「ねー。大活躍だったよね」
「いえ、そんな大したことはしてないので……」
今日の報告をするというアロイスさんと一緒に、隊長の執務室――つまりはクラウスさんの部屋に来ていた。クラウスさんからは労われ、アロイスさんからも褒められるが、そこまで言われるほどのことはしていないため、なんだか申し訳ない気持ちになってしまう。
「魔獣の反応に最初に気付いたのはリンだと聞いている。気づかずに襲われるのと、先に気付いて準備をして待ち受けるのとでは大きな違いになる」
クラウスさんに真顔で褒められる。
「そうそう。極大魔術で致命傷まで負わせてるわけだし」
アロイスさんにも言われるが、きちんと訂正しておく。
「いや、それはアロイスさんに言われてやったことですし……! あ、そういえば、あの魔術に巻き込まれた人とかいませんでしたか? 大丈夫でした?」
探索魔術で見ていた限りは巻き込まれた人もいなさそうだったし、巻き込まれて怪我をしたような人も回復魔術をかけるときに見かけなかったが、念のため確認しておく。
「ああ、大丈夫だ。極大魔術の発動は初めてだったんだろう? 精度も高いんだな」
「それはアロイスさんに教えてもらったからで……。えっと、巻き込まれた人もいなくて、よかったです」
クラウスさんに微笑まれ、少しどぎまぎしてしまう。美形の微笑みの破壊力はすさまじい。違和感をもたれないように、さりげなく視線を外す。
「うーん、謙虚なのはいいことだけど、リンちゃんがやったことは実際すごく役に立ったんだから、素直に褒められておこうね?」
「そうだな。魔獣を探知したことも、極大魔術での攻撃も、回復魔術も、どれも助かった」
アロイスさんからもクラウスさんからも手放しで褒められるが、なんだか気を使われているようにも感じていたたまれなくなってしまう。
「えっと、でも、全部、アロイスさんに助けてもらいながらですし……」
「リンちゃん?」
にっこりと笑顔のアロイスさんに若干の圧をかけられる。
「う……えっと、ありがとうございます……?」
この反応で正しいのだろうかと思いながら、おずおずとお礼を言うと、ようやくアロイスさんからの圧が消えた。
「うんうん。あ、そんなに俺たちの言葉が信用できないっていうなら、何か褒賞でも出そっか。ねえ、クラウス?」
「そうだな。実際、あの魔獣を倒した一番の功労者はリンだろうし、褒賞を出すに値するだろうな」
「ぅえ!?」
褒められ慣れていないために褒め言葉を素直に受け取れずにいたら、褒賞というさらに恐れ多い言葉が出てきた。
「何がいいかな」
「今回のだと、このあたりか」
褒賞について書いてあるのだろう本を出してきて、二人が真面目に検討し始めている状況に焦る。
「いや、あの、褒賞とか恐れ多いので。少しでも役に立ったならそれで十分ですし」
「んー、やっぱり俺たちの言葉じゃ信用できない?」
「いえ、そうじゃなく! 褒めてもらえただけでも私には十分なので! 本当に!」
「だが、成果に対しては褒賞を出すのが筋だからな」
アロイスさんは少し面白がっている気がするが、クラウスさんは真顔で本当に褒賞を出すことを考えている気がする。
「私に褒賞出すくらいなら、アロイスさんに出すのが筋だと思います! 使った魔法陣は全部アロイスさんに教えてもらったものなので!」
「えー、俺ー?」
「こいつが魔法陣のことを教えるのはそれが仕事だからな。褒賞を出すようなことじゃない」
アロイスさんになすりつけようと思ったが失敗する。どうにか褒賞をもらうことを回避しようと、何か理由を考える。
「だったら、私も実践のために魔法陣を使っただけなので、褒賞を出すようなことじゃないですよね!?」
「いや、でも――」
「あ! 私、帰ってからやることあったんでした! すみません、失礼します。――本当に褒賞とかいらないんで、お願いします」
特にやることがあるわけではなかったが、これ以上ここにいると分が悪い。特にアロイスさんにはなんだかんだと丸め込まれてしまいそうなため、卑怯だが言い捨てて逃げることにする。
「おつかれさまー。今日は疲れてるだろうしゆっくり休んでねー」
アロイスさんは気にした様子もなく、ひらひらと手を振って見送られる。
「ああ、お疲れ様。明日は休みにしておくから、ゆっくり休むといい」
「えっ……あ、じゃあ、明日のお休みが褒賞の代わりってことでお願いします。お疲れ様でした。失礼します」
クラウスさんから明日の休みを言い渡され、遠慮しようかと思ったが、休ませてもらう代わりに褒賞を回避できるように言い足しておく。アロイスさんが面白がっていただけなら褒賞が出されることはないだろうが、クラウスさんが本気で考えていたとしてもこれできっと回避できるはずだ。
そのまま特に引き止められることもなく部屋を退出して、自分の部屋に戻ることにした。
* * *
くすくすとこらえきれないというように赤髪の男が笑う。
「ほんと、焦ってたねぇ」
「ああ。だが、冗談じゃなく、褒賞を出してもいいくらいのことなんだがな」
金髪の男は彼女が去っていった扉の方を見て、軽くため息をつく。
「まあ、でも、今の状態で褒賞出しても、恐縮して返してきそうだし、少しずつ慣らしていくしかないんじゃない? ひとまず、褒め言葉は、少しは受け取れるようになったようだし」
「そうだな。まったく、あれは元々の性格なのか、元の世界で何かあってのことなのか――」
「そのあたりも、もう少し慣れたら俺たちに話してくれればいいけどね」
そう言って、赤髪の男も苦笑を漏らす。
「まあ、まずは自信をつけさせるのと、評価されることに慣らしていくか」
「野生動物を手懐けるみたいで楽しいよねー」
「……お前、そういうことを言ってるから警戒されるんじゃないか?」
「えー、そうかなー? 直接言ったことはないと思うけど」
「思っていることが伝わってるんじゃないか」
「そーいうところも野生動物っぽいよね」
「はぁ。まったく……」
二人の男はそうして話をしながら、今日の演習の報告書をまとめ、残りの仕事を片付けていった。