ようやく実践?
「できた……かな」
こんなこともあろうかと持ってきていた魔法陣についての本も使って調べながら、なんとか課題の魔法陣を一通り書き上げた。間違えて魔法陣用の紙を無駄にしてしまうのが怖いため、普通のメモ用の紙に書いている。アロイスさんに確認してもらったら魔法陣用のインクと紙を使って書きなおす予定だ。
範囲魔法陣をいくつかまとめて一つにしてしまおうかと思っていたが、結局すべて別々で作成したため、全部で六種類になった。
(種類の違う魔術を一つの魔法陣に組み込むのが意外と難しそうだったんだよね……結局別々に作った方が早くできそうだったから、別々にしちゃったけど、あとでもう一回考えてみようかな……)
「アロイスさん。課題、できたので、確認してもらえますか?」
「あれ、もう全部できたんだ。早いね」
アロイスさんは魔法陣を書いた紙を受け取ると確認し始める。そのまま抜き打ちテストのように書き換えた部分の内容の説明をさせられたり、より魔力効率のよい書き方を教えてもらったりして課題の魔法陣の確認がすべて終わった。
「もうだいぶ書けるようになったね。基礎的な間違いはほとんどなくなったし」
「ありがとうございます。じゃあ、魔法陣用の紙に清書してきますね」
「うん。終わったら探索魔術から試してみよっか」
「はい」
できあがった魔法陣を書き写すだけのため、書き間違えないように気を付けつつ、先ほどよりは時間もかからずに書き上げる。アロイスさんに声をかけようと思ったが、ちょうど他の人と話しているようなので、少し待つことにする。
手持ち無沙汰なため、回復と解毒、状態異常解除をまとめた範囲魔法陣を考えてみることにする。それぞれの魔法陣を清書しているときに、ここをつなげればうまくいくのではと思いついたことがあったため、その思い付きを試すのも兼ねてメモに簡単に構成を書いていく。
「終わった?」
「! ……っはい。確認お願いします」
突然話しかけられて驚いたが、気づかないうちにアロイスさんが近づいてきていたらしい。そのまま魔法陣の紙を渡して、念のための最終確認をしてもらう。その間に書きかけのメモ用紙は見えないところに移動させておく。
(アロイスさんに見られたらまた課題を増やされそうだし……)
「うん。問題ないね。じゃあ、試しに行こっか」
「はい」
魔法陣を書き直すために一度防壁の中に入って室内で作業していたが、もう一度防壁の上に出る。
「まずは探索魔術だね。演習で森に入ってしばらく経っているし、隊員の位置も探知できるんじゃないかな」
「じゃあ、起動します」
書き換えた範囲魔法陣は、せっかくなので演習で行くと言っていた範囲を少し越えたところまで探知できるように設定した。範囲指定の方法を変えたため、最初に考えていた魔法陣よりも使用魔力量は少なく済んでいる。
「――五人ずつで行動している感じですか?」
探索魔術はレーダーのように反応が見える形で、探知できたものを見ながら確認する。アロイスさんは無詠唱で同じように探索魔術を起動させているため、正しく探知できているか答え合わせになる。
「そうだね。基本的には五人で一つの班をつくって行動するけど、大きめの魔獣がいるときとか、近くにいる班と連携する場合もあるね」
「あ、あっちの班がそうですね。十人くらいと、一つ少し離れたところにあるのが魔獣ですか?」
十人くらいの反応がまとまって表示されている方向を指して言う。魔獣らしき反応と対峙しているように見える。
「正解。ちゃんと探知できてるね」
アロイスさんもにこにことうなずいてくれる。魔法陣が正しく書けていることは確認してもらっているが、きちんと発動できて、結果を読み解けているのは、やっぱりうれしい。
せっかくなので発動した範囲の一番端――演習で行くと言っていた目印となるくらいの大きな樹の少し先まで目を向けると、他よりも一回り大きい反応が見えた。
(……あれって、何だろう。魔獣……?)
他の魔獣の反応よりも一回り大きい反応があり、少し離れたところには演習の一つの班らしき数人分の反応が見えた。
(アロイスさんに言ってみた方がいいかな。気づいているなら余計なお世話かな……)
ちらっとアロイスさんを見上げて、迷いつつも声をかける。
「あの……」
「ん? どうかした?」
にっこりと笑って返事をしてくれる姿に勇気をもらって、話してみることにする。探索魔術で見えた反応の答え合わせと思えば、間違っていても、読み方をまた教えてもらえばいいだけだ。
「あそこの樹の向こうに少し大きい反応が見えるみたいなんですけど、魔獣、ですかね……?」
「……あっち? そっか、この範囲指定のやり方だと、あのあたりまで見えるのか……」
ちらりと私の発動した魔法陣を見てから、ひとりごとのようにつぶやいて、私が指さした樹の向こう側に目を向ける。おそらく探索魔術を起動しなおしているのだろう、小声で詠唱をしている。
「あー、ほんとだ。結構大きい反応だから、連携して対応しないとまずそうだな。ちょっとごめんね」
そう言うと、少し離れてから、片手に持った水晶玉を使って話をし始める。
ちなみに、あの水晶玉は通信機のようなものらしい。過去の異世界転移者の持ち込んだ知識や技術を活用して、こちらの魔術も使って遠距離での通信を可能にしたものだそうだ。ただ、距離や使用回数の制限があり、技術改良の余地はまだあるらしい。
アロイスさんが話しているのを気にしつつ、探索魔術の反応に目を戻すと、先ほどは気付かなかったが、少し離れたところにいた演習の一つの班らしき数人は、魔獣と戦っていたようだ。魔獣のものらしき一つの反応が小さくなり消えていくのを眺めていると、少し離れたところにいたもう一つの班の反応が近づいてきて合流するようだった。
「おまたせ。あの近くにいる班には連絡したし、連携して待ち受けられるなら、あのくらいの魔獣なら余裕をもって対応できるよ」
戻ってきたアロイスさんは安心させるように笑いかけてくれる。
「そうですか。なら、よかったです」
特に焦っている感じもないアロイスさんの様子にひとまず安心しつつも、なんとなく気になって、そわそわと探索魔術の反応の動きを見てしまう。また一つの班が合流して待ち受ける人数が増えたようだった。
「心配?」
隣で同じような方向を眺めていたアロイスさんから聞かれる。
「そう、ですね。こういうの初めてなので」
ごまかしていても仕方がないので、正直に話す。探索魔術の反応だけでは実感もわいていなかったが、アロイスさんが水晶玉でやり取りするのを見ていて、探索魔術で見えている反応の一つ一つが部隊の中の誰かなのだと実感できてしまった。連携して対応しなければならないような大きな魔獣がいるのに、遠くにいる自分は何もできることがないのだと、じっとりと汗のにじむ手を握りしめる。
「じゃあ、手伝ってみる?」
「……え?」
唐突に言われた言葉の意味が分からずに聞き返すと、何かをたくらむようなにんまりとした笑みが返ってきた。
「たぶんあの開けたところにおびき出して戦うことになるだろうから、今日まだ使ってない極大魔術をそこに撃ち込んでみない?」
「え、いや、演習中は攻撃魔術を使わないようにって言われていますし……」
「そこらへんは俺が今から許可取るよー。炎のとかやってみる?」
「いや、森に炎は燃え移るのが怖いので……。うーん、安全寄りに判断するなら土を使って…………落とし穴を掘るとか……?」
土は地形を変えてしまうが、他よりも被害が少ないイメージがあるため言うと、そのままアロイスさんが許可を取ってしまい、向こうにいる人たちが開けたところまで誘導し、おびき出されてきた魔獣に対して土の極大魔術を使用して落とし穴を作ることになった。雷系が苦手な魔獣という情報までもらって、なぜか落とし穴に落としたらそのまま雷の極大魔術も使うという話になってしまった。
「む、無理ですよ。初めて使うのに。発動場所ずれたりしたら他の人巻き込んじゃいますよ!?」
「あ、じゃあ、探索魔術と組み合わせて、魔獣を中心とした発動になるようにする?」
「なんでここにきて課題を増やすんですか!? 魔法陣書き換えている時間ないですよね!?」
「だいじょーぶ。まだ魔獣の方はこっちに気付いてないから、魔獣をおびき出すのを待ってもらったら時間あるし。土の極大魔術の魔法陣見せて。うん、これは発動場所指定してないでしょ。だからこの部分に探索魔術のこれを組み込んで――」
土と雷の極大魔術の魔法陣の発動場所の指定を探索魔術の術式で書き込んでいる間に、魔獣をおびき出してくる開けた場所を囲うように人が配置されていた。巻き込んでしまうのが怖いため、念のため、もう少し離れたところに移動してもらうよう伝えてもらって、魔法陣が間違っていないかの確認もアロイスさんに何度も見てもらうなどしながら、魔獣がおびき出されるのを待つ。さっきまでの心配とは別の――緊張で汗のにじむ手を握りしめる。
「魔獣がおびき出されて、囮の隊員も離れたタイミングで、俺が合図したら発動ね」
「はい」
探索魔術を起動しなおして、魔獣と隊の人たちの位置を確認する。開けたところまで出てきたら目視でも確認できると思うが、巻き込まれる人がいないように確認しておきたいため、探索魔術でも見ておく。一つだけ離れた反応が魔獣の反応の方向に近づき、ある程度まで近づくと魔獣の方も気付いたのか、今度は魔獣の方から近寄ってくる。そしてそのままつかず離れずの距離を保ったまま開けた場所まで出てきた――。
「今!」
「はい!」
囮の人も離れたことを確認し、アロイスさんの合図に合わせて土の極大魔術を発動させる。探索魔術の反応を見る限り巻き込まれた人もいないようで、無事に魔獣を中心とした落とし穴ができ、その中に魔獣を落とせたようだった。
「次、雷だね」
「はい」
そのまま、雷の極大魔術を発動させる。
「お、うまく起動したね。これでこっちの仕事はいったん終わりだね」
最初に書いた魔法陣――私の魔力の最大値――から、発動できる最小限まで威力を抑えた魔法陣だったが、そこそこの威力ではあるため、落とし穴に落としたときのダメージも加味すれば、そのまま魔獣を倒せる可能性もあった。もし倒しきれなかった場合でも、その場にいる隊員の人たちで対応してもらうことになっていた。
「はーーーー…………」
うまく発動できたことと誰も巻き込まずにできたことに安堵してずるずると座り込む。それでもまだ終わったわけではないため、魔獣の反応が消えるまではと探索魔術の反応からは目を離せずにいる。
「おつかれ~。向こうの後始末が終わったら下に集まってもらって、次は回復魔術の実践かな。さっき聞いた感じだと今日はそんなに怪我人もいなさそうだし、最初に作ってたのと軽い回復のやつだけで十分だと思うけど」
同じように探索魔術を使いながら、目視でも状況を確認しているのだろう、魔獣のいる方向に目を向けたままのアロイスさんから声を掛けられる。そうして話している間に魔獣の反応も消えて、他の隊員らしき反応が集まっていく様子が見えた。おそらくこれから後始末をするのだろう。
「それなら、下で待っていた方がいいですね――あっ」
「――っと、危ない。魔力の使いすぎかな。ちょっと見せてね」
気が抜けて座り込んでしまっていたが、まだやることは残っているため、立ち上がろうとしたら少しふらついてしまった。アロイスさんに腰を取って支えられて、そのまま流れるように頬に手を当てられて目をのぞき込まれる。
「いえ、ちょっと気が抜けちゃっただけなので、大丈夫です……」
普通に話をするだけなら意識せずに済むのだが、こうして顔をのぞき込まれて目を合わせられるとアロイスさんの美形っぷりを直視してしまうため、どうにも挙動不審になってしまう。魔力量を確認するためだとはわかっているため、うろたえながらも目をそらしたり閉じたりはしないようにと我慢する。
「うーん、そこまで減ってる感じでもなさそうだけど……普段とは違う環境だし、念のため、回復魔術の魔法陣を使う前に魔力の回復はしておいた方がよさそうかな。全員が戻ってくるまでにまだ時間はあるから、下でポーションもらって少し休憩しながら待とうか」
「はい。ありがとうございます」
そのまま一緒に下に降りて、ポーションをもらって魔力回復しつつ、みんなが戻ってくるのを待つことになった。
* * *
聞いていた通り怪我人も多くなく、重傷者もいなかったようだ。怪我をした人たちを一部屋に集めて、その部屋を範囲とした範囲回復魔法陣を起動させる。特に問題もなく、無事に起動できたようだった。
そして、軽い体力と魔力の範囲回復魔法陣を、部隊全体を範囲として起動させるつもりだったのだが、建物全体を範囲に入れて起動させることになった。事前の了承もなく範囲に入れてしまうと建物内にいる他の人たちを驚かせるのではないかと思ったが、いつの間にかアロイスさんが根回しまでしてしまっていたらしい。適用範囲も書き込んだ魔法陣をアロイスさんに確認してもらってから、起動させる。
「――これ、結構ごっそりもっていかれますね」
「軽い体力と魔力の回復だけでも、この範囲だからね」
使用魔力量も計算してはいたが、一気に魔力が抜けていく感覚に、使う魔力の多さを実感する。魔力を消費したからとまたポーションをもらって回復すると、そのあとは特に何事もなく帰路についた。