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実践準備

 そんなこんなで数日が経った。


「実践、ですか?」


 今日も今日とて文字の勉強と魔力操作の練習をしていたのだが、アロイスさんからお誘いがあった。


「そう。室内とか中庭で練習できるようなのはもうほとんどがうまく使えるようになったし、もう少し広い場所で使えるようなのを練習しに行くのはどうかな、って。今日は防壁の外での演習もあるから、一緒に動けばちょうどいいし」


 確かに、小規模なものや危なくないものは実践できていたけれど、さすがに大規模なものを実際に使うには場所がなく、実践は後回しにしていたものがいくつかあった。


「えーっと、私はいいんですけど、そういうのって、何か許可とかいるんじゃないですか?」


 私はいいにしても、演習についていく形になるなら許可が必要そうだと思って確認すると、随分と軽い返事が返ってきた。


「だいじょーぶ、大丈夫。どうせ許可出すのはこいつだから」


 そう言ってアロイスさんは、クラウスさんの方を指さして笑い、クラウスさんは書類を片付けながら面倒そうに返す。


「許可を出すのはいいが――ちゃんと書類は出せよ」


「ちゃーんと持ってきてるって。はい、よろしく」


 さっとアロイスさんが出した書類を確認すると、クラウスさんはさらさらと署名をしてすぐに決裁済みの書類の方に片付けていた。


「そういうわけで、午後からは外で実践ね。防壁のところまで歩くから動きやすい恰好で準備しておいてね」


「はい。わかりました」


「じゃ、またあとで」


 用事はそれだけだったのか、アロイスさんはそのまま部屋から出て行った。外での訓練に戻るのだろう。


 部屋には書類仕事をするクラウスさんと、文字と魔術の勉強をする私が残された。ひとまず途中で止まっていた魔術書の書き写し作業に戻る。午後までに外に出る準備も必要だから、今日は早めに切り上げることになりそうだ。


「無理はしていないか」


 書類仕事に戻ったと思っていたクラウスさんから声をかけられ、文字を書き写す手を止めて顔を上げる。少し眉をひそめた表情だが、この顔は怒っているというよりも心配しているときのことが多いのだと、以前、アロイスさんから聞いていた。


「いえ、無理はしていないですよ。実践できていなかった魔術もいくつかあるので、演習の迷惑にならないなら、大きい魔術も使ってみたかったですし」


「そうか。――どのあたりをやるつもりだ」


 書類を片付けたクラウスさんが手元をのぞき込んできたため、実践を後回しにしていた魔術のいくつかを見せる。


 無詠唱魔術、詠唱魔術、魔法陣による魔術と、この世界での魔術の発動方法にはいくつかの種類があるのだが、発動前に確認してもらえるため、私は魔法陣による魔術を作成しておくことが多かった。発動可能な魔法陣を作成するためには特殊な紙とインクを使う必要があり、書き方なども複雑なため、難しくはあるのだが、私の場合、話し言葉は自動翻訳されるが書き言葉は自力で読み解くしかないため、詠唱魔術は言われた言葉をまねて発動させるのなら問題ないのだが、書かれた文字を読み上げる形だと読み間違いの危険があるため、魔法陣の方が間違いが起きにくく安全だという理由があった。


「えっと、このあたりですかね」


 火の極大魔術、水や土、など、種類は様々だが規模の大きいタイプの魔術が実践できずに残っていた。クラウスさんはその中の一枚――火の極大魔術の魔法陣を手に取ると眉をひそめた。


「この規模だと魔力枯渇を起こさないか?」


 手元の魔法陣を一緒にのぞき込んで必要な魔力量を確認する。


「魔力枯渇まではいかないですけど、私の魔力量だとほとんど使い切っちゃう感じですね。一回、最大値も使ってみようってアロイスさんが」


「あいつ……」


 私の魔力量はそこそこ多い方のため、一気に最大値を使おうとすると極大魔術くらいしか使えるものがなくなるのだ。


「これ一つで魔力を使い切ったら、他が試せなくなるだろう」


「あ……」


 確かに、せっかくなら他のも色々試してみたいのに、一つの魔法陣で最大値を使い切ったら試せなくなってしまう。


「まあ、あいつのことだから、ポーションぐらいは用意していそうだが」


「いや、さすがに、練習のためにポーションを使うのは申し訳ないので、魔力値を書き換えたものを作り直します……」


 自分で使ったことはないのだが、魔力回復用のポーションというものがあるらしく、それを使えば減った魔力も回復できるという話で、聞いたときは、さすが異世界だと思った。とはいえ、ポーションを用意するにもお金がかかるだろうから、使わずに済んだ方がよいだろう。


「魔術が発動できる最低限までにとどめておいた方がいいだろうな――それでもこの規模の魔術だと使う魔力量は多くなるだろうが」


「最大値を試すために作っていたこのあたりは書き直しですね」


 火の極大魔術をはじめとして、極大魔術の魔法陣のほとんどは最大値を試す用の魔力量で記載していたため、書き直しが必要だった。午後までに間に合うかわからないが、書き直しが必要なものを一つにまとめておく。


「そうなると、必要な魔力量が少ないものから試した方がいいですかね」


 残った魔法陣を広げて必要な魔力量を確認していく。


「ああ、それでもいいが――このあたりを先に試した方がいいだろうな」


 そういって指し示されたのは、探索魔術の魔法陣だった。以前、今いる建物内を範囲として発動させたことはあり、どこまで範囲を広げられるか試してみたいよねとアロイスさんと話していたため、探索可能な範囲の目安とそれに必要な魔力量の一覧、持続時間に伴う消費魔力量を記載した計算式のメモと一緒に、あとで試す用の魔法陣の中に混ざっていた。


「今日の演習は森の魔獣を間引くためのものだから、悪いが、演習中は攻撃魔術の発動は避けて、演習が終わったあとにしてほしい。……あいつもそれくらいはわかっているだろうが」


「わかりました。攻撃魔術に巻き込んじゃうと大変ですもんね。けど、演習の手伝い? とか、私はしなくてもいいですか? 何かできることがあるのか、わからないですけど……」


「いや、部隊での活動だから、演習には参加させられない。防壁までは一緒に行くとしても、防壁内で待機してもらうことになる」


「そうですか……」


 演習と一緒に行くなら攻撃魔術を試すのも役に立てないかと少し思ったのだが、断られてしまった。部隊での活動だから、内容を知らない人間が下手に入るのも場を乱すだけになるのだろう。


「防壁の上に登れるから、そこで探索魔術の範囲の確認はできるだろうし、演習が終わったあとであれば、魔獣もある程度間引いたあとだから、防壁の外に出て攻撃魔術を試してもいいぞ?」


 落ち込んでいるように見えたのか、色々と提案される。


「それなら、演習が終わったあとに部隊のみなさんに回復系の魔術をかけてもいいですか? 範囲回復の魔術の魔法陣はなかなか試す機会がなくて」


「それは助かるが……そうだな、発動する範囲はあとでアロイスとも相談して決めた方がいいから、魔法陣の準備だけはしておいてもらえるか?」


「はい、わかりました」


 少しは役に立てそうだと笑顔で返事をすると、クラウスさんも青い目を細め、口角を上げてかすかに笑んだようだった。


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