そのあとの話
部屋に一人になってから、念のためしばらくはソファーで休んでいたが、気持ち悪さも治まって、動いても問題なさそうな状態になったため、部屋の中を見て回ることにした。
廊下につながる扉から入ってすぐの今いる部屋は、ソファーとテーブルのある応接間のような役割の空間のようだ。それなりに広い空間で、窓も二か所あり、片方の窓際には小さめのテーブルと椅子もあるようだった。この部屋だけでも私の住んでいたワンルームの部屋よりも広いのだが、廊下につながる扉とはまた別の扉があり、その扉を開けると別の部屋につながっていた。
扉の先の別室にはベッドがあり、寝室のようだった。ホテルなどでよく見るような鏡台付きの机やクローゼットもあった。また別の扉が二つあり、一つは洗面所とお風呂につながっていて、もう片方はお手洗いだった。客室のような位置づけの部屋なのだろうか。さっき話をしていたお兄さんが一通りの設備がある部屋だと言っていた通り、寝泊まりするための一通りの設備は整っているようだった。清掃なども常に入っているのか、急に現れた人間を案内した部屋で準備などもできなかっただろうに、部屋の設備はどれもきれいに整えられていた。
(そういえば、顔も洗ってない状態でさっきまで話してたんだな……。うう、恥ずかしい……)
寝ていた状態で異世界転移したため、顔も洗っていない状態だったのだと思い至る。洗面所もあるようだし、顔でも洗おうかと思ったのだが、蛇口らしきものの使い方がわからない。赤色と青色の石のついたコックらしきものをひねろうとしても動かせるような感じでもなく、手を差し出すと自然に出るわけでもなさそうだった。
(部屋の外に人がいるっていう話だから、聞いてみるしかないかな。他にも使い方がわからないものもありそうだし)
洗面所だけでなく、お風呂やお手洗いなどの他の設備もおそらく同じように使えないだろうから、早めに確認しておいた方がよいだろうと判断し、ソファーのある部屋に戻って廊下につながる扉をそっと開いて近くに人がいないか確認する。
「何かあった? おなかすいたなら朝ごはん持ってきてもらうし、服とかは今、事務員の予備の服がないか見に行ってもらってるんだけど」
扉を開けてみた先にはここに連れてきてくれた二人のうちの一人である、赤色の長い髪を結ばずに背中に垂らしている眼鏡の男性がいたが、声をかけられたのは逆方向からで、少し驚いてびくっとしてしまった。声の方向を振り向くと、同じようにこの部屋に連れてきてくれたもう一人の砂色の短い髪の男性がいて、声をかけてきたのはこちらの人のようだった。
「あ、えっと、すみません、洗面所とかの使い方が分からなくて……」
「あー……そっか。じゃあ、一通り設備の使い方とか案内した方がよさそうかな。部屋入ってもいい?」
「はい。すみません、お願いします」
砂色の髪のお兄さんはにこっと人好きのする笑みを見せて部屋に入ってきた。そのまま一緒に洗面所のある部屋に向かう。赤髪の眼鏡の人は一緒には来ずに扉の外にそのままいるようだった。
「水の出し方がわからないんですけど……」
洗面所に着いて、蛇口らしきものの使い方を聞く。
「この青い石に手を置くと水が出て、量を調整するときはこんな感じで」
青い石を覆うような形でコックらしきものの上に手を置くと蛇口から水が出始めた。石から手を離しても水は出続けていて、その状態で青い石の上に指を置いて時計回りにくるくる回すように触れると水量が多くなり、逆向きに回すと水量を少なくできるようだった。そのまま、さくさくと説明が進む。
「止めるときはもう一度手を置けばよくて、もう一度手を置きなおすと調整した水量で出てくるから、使いやすい量に調整しておくといいよ。赤い石はお湯だね。使い方は同じで大丈夫」
「なるほど。自分で試してみてもいいですか?」
「うん。どうぞ」
場所を譲られて使い方を試してみる。赤い石を触るとお湯が出て、青い石を触ると水が出ることを確認する。どちらも問題なく使うことができた。さっき自分で試したときは、ちょうど石の部分に手が触れていなかったから、水も出てこなかったのだろう。
「お風呂にあるのも同じ仕組みですか?」
「そうだね」
そう言って一緒にお風呂の設備も見に行く。せっかくだからと設置されている他の設備についても説明を受ける。シャンプーなどの備品も説明してもらったのだが、そのときに、容器に書かれた文字が読めないことに気付いた。話し言葉は通じるのに文字は自動翻訳されないようだ。
「他にわからないことがあったらまた声かけてね。基本的に今日は俺たちが外にいるから」
「はい。ありがとうございます」
一通り設備を説明してもらったので、廊下につながる扉のところまで一緒に戻る。扉を開けると、廊下側で待っていた赤髪の眼鏡の人がこちらを向き、少し大きな袋を差し出してきた。
「服だ」
「えっと、ありがとうございます……?」
とても端的な言葉で渡されて、受け取ってよいものか迷う。一応差し出された袋を受け取りつつ、二人の顔を見比べて少し戸惑っていると、設備の説明をしてくれた砂色の髪の人の方が苦笑して、補足してくれた。
「こいつ愛想ないから、悪いな。さっき話してた服で、たぶんいくつか着替えも入ってるんじゃないかな。備品とかから必要そうなものを一通り持ってくるっていう話だったし。まあ、何か足りないものがあれば、また言ってくれればいいから。――そういえば、朝ごはん食べられそう?」
「あー……今はちょっと食欲ないので……」
「そっか。魔力酔い、結構きついよな。眠れそうだったら休むといいよ。今日はもう何もないだろうし」
「はい。ありがとうございます」
お二人に会釈して扉を閉めると、言われた通り、少し休むことにする。異世界転移という初めての出来事の連続で自覚していた以上に疲れていたのか、ベッドに入るとすぐに眠ることができた。