転移後の話
「……さすがに、のんき過ぎないか?」
「確かに、ねぇ。無防備過ぎてこっちの気も抜けちゃうけど。これが策略だったりしたら怖いよねぇ」
「一応、眠らないように頑張ってはいましたよ」
「結局、しばらくしたら寝てしまいましたが」
「そっかぁ。眠気には勝てなかったんだねぇ」
くすくすと笑う声に意識が浮上する。
「ん……」
目をごしごしと手で擦り、眠ってしまう直前までの状況を思い出しながら体を起こす。
(うー、やっぱり寝ちゃったか……)
「ふわぁ……」
口元に手を当てて大きなあくびをしてから、ソファーに座った状態で眠っていたせいで硬くなった体を伸ばそうとのびをしようとしたときに、目の前のソファーに人がいることに気付く。
「ぅえ、あ……すみませんっ」
目の前には呆れた顔をした金髪の美形さんと、なぜかにこにこしている赤髪のお兄さんが座っていた。美形さんはあれから着替えたのか、先ほど見たときとは異なるかっちりした服を着ている。制服のようなものなのか、見る限り、他の人も同じ型の服を着ている。
「おはよう。よく眠れた?」
赤髪のお兄さんがにこにこしながら聞いてくる。
「う、あ、はい。すみません、寝てしまって……」
一応、起きていようとはしていたのだが、完全に眠っていたのを見られてしまっていると言い訳がきかない。
「ううん。それで、起き抜けに悪いんだけど、話聞いても大丈夫かな?」
「あ、はい。大丈夫です」
寝起きを見られた気恥ずかしさで顔が赤くなっているだろうが、話の展開によってはどういう扱いを受けるかもわからないため、ぴっと背筋を伸ばして気合を入れる。
「えーっと、それじゃあ、君は、目が覚めたらこいつの部屋にいて、特に心当たりもない、って話らしいけど、あってる?」
赤髪のお兄さんは、こいつ、と言いながら金髪の美形さんの方を指し示し、確認してくる。先ほどの部屋で美形さんに詰問されたときの内容はすでにお兄さんにも説明済みのようだ。
「はい。そうです」
こくこくとうなずいて返す。
「そっか。君の名前は、教えてもらえる?」
「……えっと、リン、です」
少し迷ってから、友人からよく呼ばれている愛称のみを伝えると、お兄さんはちょっと困ったように笑った。
「うーん。僕らのこと信用できないんだろうけど、なるべく嘘はつかない方がいいかな?」
まるっきり嘘というわけではないのだが、言いよどんだのが怪しまれたのか、お兄さんに問い質される。話を聞いているだけだった美形さんも眉をひそめてこちらを見てくるため、圧が強い。
「嘘ってわけではないんですが……フルネームだと、東林寺奏ですね」
「え、トーリ……?」
「東林寺奏です。東林寺が苗字で、奏が名前になります。たぶん、聞き取りづらいし言いづらいと思ったので。さっきのリンっていうのは、愛称みたいなものですね」
思った通り、うまく聞き取れなかったようで、聞き返される。異世界風世界だと日本語名がうまく聞き取れないってよくあるもんね、と、苦笑する。嘘だと疑われたのはちょっとドキッとしたけど。
「あー……なるほど。じゃあ、リンちゃんって呼んでいいかな?」
「はい」
ちゃん付けされる年齢でもないけど……と思いつつ、気さくな感じのお兄さんだから、女の子には誰でもちゃん付けしてそうだな、と勝手なイメージをもつ。
「うん。じゃあ、リンちゃんの記憶だと、あの部屋に来る前はどこにいた?」
「自分の部屋ですね」
「場所で言うと?」
「場所……?」
何を意図されているのかわからず、戸惑う。
「地名で言うとどこになる?」
「ああ、えっと……――市ですね」
これも嘘判定されるんじゃないだろうかと、おそるおそる地名をいう。
「ふむ。もっと広い地名で言うと?」
「え、それだと、――ですかね」
嘘判定されたのかされなかったのか、お兄さんの表情から読み取れず、とりあえずもっと広い地名ということで、都道府県名を答える。
「んー、さらに広い地名だと?」
「えっと、日本?」
なんだろう。この話、どこまで行くんだ。
「それよりも広いと?」
「え……日本よりも広い地名でいうと……地球? とかですかね」
国よりも広い概念での地名を惑星と解釈して、地球と答えてみる。
「ふむふむ。じゃあ、その上は?」
「えぇっ……さらに上、さらに上……太陽系? とか……?」
完全に疑問形になった。地球が属しているのは果たして太陽系で合っていただろうか。
「おい、いい加減にしろ」
話が進むにつれて眉間にしわを寄せて、途中からうつむいて額に手を当てていた美形さんからストップがかかる。
「いや、嘘ではないんです。たぶん、あっているはずで……」
また嘘判定されて疑われては困るため、必死で言い訳をしようとするが、うろ覚えの記憶のため、説明もできない。こんなことなら、わからないと言っておいた方がよかっただろうか。いや、それも嘘判定されるとよくないだろうし……。
「お前に言ったわけじゃない」
美形さんは顔を上げてこちらに手を振って否定すると、隣に座っている赤髪のお兄さんをじろりとにらむ。
「いやぁ、ごめんごめん。途中から面白くなってきちゃって。どこまでいけるかなって」
なるほど。からかわれていたらしい。お兄さんは美形さんからのにらみも気にせずに笑って話を続ける。
「じゃあ、――――って場所はわかる?」
「わからない、ですね」
今いるこの場所の名前がそうなのだろうか。微妙に地名が正確には聞き取れなかったが、聞き返すのもためらわれて、わからないということだけ返答する。
「うん。そっか、そっか」
何が面白いのかお兄さんはにこにこしながら一人納得したようにうなずいている。今のところ、名前とここに来る前の場所の話しかしていないのだが。
「えっとね、落ち着いて聞いてほしいんだけど、おそらく君は、この世界とは違う世界から来たんだと思う」
「はあ……」
「あれ? 驚かない?」
「いや、なんとなく、うっすら、そうなのかな、とは思っていたので」
むしろ、この短時間で、名前と地名しか話していないのに、異世界転移者だと判断できたお兄さんの方がすごいと思う。
「そうなの? 実は他の世界に行ったことがある経験者だったりする?」
「いや、それはないですけど。『異世界転移』とか物語の中ではあったりするので、状況から考えてそれっぽいなって思っていただけです。あまり実感もないですけど……」
「そっかー。それなら比較的、話も早いかな。一応、同じようなことはうちの国でも昔あって、状況から考えてもそうだとは思うんだけど、確認を取りたくてね。ほら、別の世界とかじゃなく、ずっと遠い国から飛ばされてきたっていう可能性もあるから、異世界から来たことの確認を取っておきたいんだけど、いいかな?」
あまりにも状況が現実離れしすぎていたのと、『異世界転移』系の話を読んだことがあったのもあって、異世界転移だと思い込んでいたが、私が地名を知らないだけの別の国に連れていかれただけという可能性もあるのか。その場合もどうやって移動したのかの謎は残るけど。とはいえ、異世界転移かどうかなんて、どうやって確認するのだろうか。いや、むしろ、確認する方法がある時点でここは異世界確定なのでは? と思いつつ返事をする。
「えっと、確認? はいいんですけど、どうやって確認するんですか?」
「魔力を通して身体の状態と少し前の記憶とかも確認できるから、それで確認する感じ。本当は鑑定もちがいれば、鑑定してもらうのが確実なんだけど、今はいないからね。鑑定よりも精度は落ちるけど、先に確認しておきたくて」
「なるほど……?」
「魔力」や「鑑定」など、異世界っぽい言葉が出てきて、異世界転移はほとんど確定な気がするが、相手にとってはそうではないだろうから、確認してもらうに越したことはないだろう。説明された内容をきちんと理解できたかはあやしいが、世界が違うのだから、仕方がないと思う。
「わかりづらかったかな? 魔力を使った確認は、ここに今いる中では俺が一番得意だから、俺がやるんだけど、人によっては気持ち悪くなることもあるし、全部ではないにしても記憶を見られるのは嫌って人もいるしね。鑑定できる人間が来るまで待つこともできるんだけど、うちとしてはできれば早く確認しておきたいってとこ。どうかな? 鑑定できるようになるまで待つ方がいい?」
たぶんあまりわかっていないことが伝わったのだろう、お兄さんは少し苦笑すると、注意事項をきちんと伝えて確認してくれる。
「いえ、今やってもらって大丈夫です」
「ありがとう。じゃあ、両手を出して――ちょっと手に触れるね。俺の目を見ててもらえる?」
「はい」
「少し気持ち悪い感じがあるかもしれないけど、ちょっとだけ我慢してね」
両手を出してお兄さんの緑色の目を見ると、お兄さんの方も手を出して目を合わせてきたため、向かい合わせで両手をつないで見つめあうような形になった。
(にこにこしている印象だけが強かったけど、こうやって顔を見ていると、お兄さんも相当な美形……)
美形への耐性がないため、目をそらしてしまいそうになるのを我慢して何とか目を見続けていると、ぐにゃりと視界がゆがむ感覚があった。
「……っ」
頭が揺らされるような、視覚と聴覚がゆがむような感じがして、思わずつないでいるお兄さんの手を強く握ってしまう。
「ごめんね。もうちょっとだけ――――うん。もういいよ」
ぱちりと瞬きをして視線を外され、握っていた手も離される。頭が揺らされるような感覚はなくなったが、まだ少しくらくらして乗り物酔いのような気持ち悪さが残る。うつむいて口元に手を当てて目を閉じると、どうにか吐き気をこらえる。
「気持ち悪くなっちゃった? 水持ってこようか? 飲めそう?」
お兄さんが声をかけてくれるが、口を開くと吐き気がこらえきれなさそうなため、吐き気が悪化しないように気を付けながらゆっくりと首を横に振って返事に代える。
「ごめんね。背中さすってあげたいんだけど、たぶん魔力酔いだろうから、今触ると悪化すると思うんだよね」
魔力酔い。さすが異世界、そんなのがあるのか。顔を上げられないまま、心配そうな声にも返事ができずに、しばらく動かずにいると、ようやく少し落ち着いてきた。
「すみません。もう、大丈夫です」
口を開いたら吐く――といった気持ち悪さがようやく落ち着いたため顔を上げると、少し席を離れていたらしい赤髪のお兄さんがちょうどソファーに戻ってきたところのようだった。眉を下げて心配そうにした顔と目が合う。断ったはずだが、水の入ったコップがテーブルに置かれる。
「水は飲みたくなったらでいいよ。飲めなければ残してくれていいし」
「ありがとうございます」
こくりとうなずいてお礼を言う。
「一応さっきので確認はできたから、今日はもう終わりにするね」
「……え?」
まだ話が続くと思っていたが、あれで終わりにするらしい。ほとんど何も話していない状態だが、さっきのでそんなに多くの情報がわかるものなのだろうか。
「さすがにこんなに青い顔した子に無理はさせられないからね。代わりに明日、もう少し詳しい話を聞くことになると思うんだけど、それでいいかな?」
「はい。私は、大丈夫です、けど……」
疑いは晴れたのだろうかと、ちらっと美形さんの方を見てしまう。基本的にお兄さんと私のやり取りを、表情を変えずに見ているだけだった美形さんの眉が少し寄せられている。やっぱりあまりよくないんじゃ……と不安に思っていると、軽くため息をついてから美形さんも口を開いた。
「必要な情報は確認できているから問題ない。気にせず、今日は休め」
「――ってことだから、心配しないで。この部屋、一通りの設備はあるから、そのまま使ってね。部屋の外に人を置いておくから、わからないことがあれば聞いてくれればいいし、今は食欲ないかもしれないけど、お腹が空いたら声をかけてくれれば持ってこさせるようにしておくね」
「あ、ありがとうございます。でも、私、今、お金とか何ももっていなくて……」
気を使ってもらって休ませてもらえるうえに、至れり尽くせりな対応をされそうなのだが、寝ていた状態でそのまま来たために、手持ちが何もないのだ。
「それは大丈夫。異世界から来た客人は保護するようにって国の方針として決まっていて、きちんと補助もでるから、ここにいる間の費用は気にしなくていいよ。ただ、部屋から出るのはちょっと我慢してもらわないといけないかな。ここでの手続きとか、いろいろあって、それが終わるまではちょっとね」
「はい。わかりました」
「うん。じゃあ、ゆっくり休んでね」
お兄さんと美形さんがソファーから立ちあがったため、私も慌てて立ち上がる。
「あの、色々とありがとうございます」
頭を下げてお礼を言うと、まだ気持ち悪さが残っていたのか、少しふらついてしまい、ちょうど近かった美形さんに腕を取られて支えられる。
「す、すみません」
「いや、まだ気分が悪いなら、座っていろ」
また美形さんの眉間にしわが寄ってしまった。
「ちょっとふらついただけなので、大丈夫です」
それ以上は特に何も言われず、美形さんとお兄さんは、この部屋まで連れてきてくれて扉の前にいた二人とともに部屋から出ていき、私は部屋に一人きりになった。