オッサンは邂逅する
ユーリ・アナスタシア
ドキめもの推しも押されぬ主人公。
ピンクブロンドとサファイアの様な大きな瞳が特徴的な美少女だ。
光の聖女と呼ばれるほど高い光属性への適応と、膨大な魔力を持つ。
ゲーム開始時は孤児院育ちの平民だったが、物語が進むにつれて実は王国公爵の娘だったと判明する。
実にテンプレ通りの乙女ゲー主人公だな。
さて、その公爵と言う貴族階級トップから平民に転げ落ちた理由もまたテンプレ通り。
その原因は物語開始の12年前、ユーリの両親が事故死をした事に端を発するお家騒動だ。
内容的には長男派VS叔父派だったはずだ。
本来はまだ幼い長男の補助に叔父が付き、長男が成人したタイミングで徐々に権利を移行するべきだった。
しかし、あまりにも突然過ぎる当主夫婦の死は暗殺を疑われ、家臣を含め公爵家中で疑心暗鬼を振りまいた。
まだ若過ぎる2人の死が公爵家を揺るがし、最終的には長男派と叔父派に別れ、寄子の他家も巻き込んだ大きな騒動にまで発展してしまったのだ。
次第に殺伐としてくる公爵家内。
直接的にお家騒動に関係ない末の娘であるユーリは、長男派の勧めで一時的に他の領地に避難しようとする。
事件はその時起こった。
ユーリを乗せた馬車が魔物の群れに襲われたのだ。
犯人は叔父派の下っ端貴族。
本人としてはちょっとした警告のつもりだったらしい。
襲撃は馬車を直接狙ったものではなく、移動用の馬車に魔物をおびき寄せるお香を忍ばせるという消極的なもの。
馬車に襲われた場所はアーネスト家の屋敷付近の森だった。
つまりはこの森だ。
そして魔物に襲われる寸前、ユーリは身を守る為にあらん限りの魔力を放出、それが先程の光の柱という訳だ。
ちなみに、wikiによるとユーリィと発音するとロシアの男性名になるが、ユーリなのでドイツ語で7月の意味かハンガリー語の女性名が語源らしい。
俺はまず倒れた2人を屋敷に運び込んだ。
3歳の幼児に大人2人を運ぶなんて本来は不可能だが、そこは死に物狂いで鍛えた魔法で何とかした。
2人を屋敷に運ぶと、マーサを始め使用人達が大慌てで介護をしてくれている。
俺?
当然そのどさくさに紛れて森に引き換えした。
2人を助ける為には何としてもユーリ・アナスタシアの助けがいるのだ。
まぁ、あくまでもゲームの設定通りなら、と言う但し書きが付くのだが…。
本人に悪気もないし不可抗力とは分かっているが、せめて自分がやらかした事の後始末の手助けくらいはして貰いたい。
パパンの生み出した半円状の闇系結界の中は、異常成長した木々で溢れていた。
木の高さはビルの様に伸び、幹は何メートルもの太さに成長し、地面からは根が突き出し、まともに歩ける地面なんかないくらいの有様だった。
この結界は過剰回復光を防ぐ為のものなのか、中にはすんなりと入れた。
とりあえずまともに歩くことも出来ない有様だったので、肉体強化魔法を使って、枝から枝へと飛び移る。
うむ。やはり最低限の肉体強化は必須だな。
こんなNinjaじみた動きが3歳児に必要かは分からないが。
例の光の柱はもう消えたのだろう。
流石にいくら光の聖女と呼ばれるユーリでも、あんな魔力量をいつまでも出し続けれるもんじゃあないしな。
太陽の光を遮る真っ暗な結界の中を潜伏魔法で気配を消して歩く。
昔ママンに注意されたて改良した、自分だけの気配を隠す新型の潜伏結界魔法だ。
もちろん、探査魔法はさっきから全開だ。
俺の探査魔法のイメージとしてはゲームのミニマップが近い。
頭の中に浮かぶ簡易地図に敵性存在が赤い丸。味方が青丸。
それ以外か緑の丸で表示される。
俺の探査魔法の範囲は最大でもせいぜい半径200m~300m程度
それも目で見るよりマシと言った程度の精度しかないので、常に注意を払い続けている。
パパンの結界のお陰で光の柱の効果範囲は半径1キロ程度に収まっている。
当然、下手人たるユーリもこの範囲の中にいるので比較的捜索範囲は狭いのだが、いかんせんこちらは3歳児だ。
いくら魔法で身体能力を底上げしていても、致命的に足の長さが足りない。
遅遅として進まない探索に辟易しながらも、探査に引っ掛かった魔物を魔力で編まれた剣を飛ばして狩ってゆく。
光の柱の影響がどこまで残っているか分からないので、なるべく魔物の数は削っておきたい。
気分はもう完全にNinjaである。
ちなみにドキめもにはNinjaも出てくるが、あちらはもう少し現実の忍者寄りである。
魔力はまだかなり余裕があるし、このまま効率的に狩り続ければ集団暴走も防げるかもしれない。
0歳から毎日鍛え込んできたお陰だな。
ゲームの回想によると、寸前の所で一命を取り留めたユーリはその後紆余曲折を経てアナスタシア孤児院という所に拾われるのだが、その時には自分が公爵令嬢だった記憶をなくしており、そうして単なるユーリとして平民として育って行く。
この記憶喪失については、辛い記憶を自ら封じ込めたのだろうとゲームではさらっと流されていたが、今の状況的には結構大事なポイントだ。
恐らく、今のタイミングであればユーリは記憶をなくしていない。
そして今のユーリであれば使えるはずなのだ。
今回の魔力暴走を引き起こしたもう1つの元凶。
この森に隠された古より伝わる指輪。
記憶の復活と共に使える様になる覚醒イベントアイテム。
光の指輪を。
「きゃああああああああああっ!!!」
絹を裂くような叫び声が響き渡る。
―――どこだ!?
叫び声の方角に向かって探査魔法を伸ばし、短い手足を肉体強化魔法でアシストしながら暗い森の中を駆け抜ける。
いた!…けど、なんだあれ?
ユーリは10匹程の魔物に取り囲まれてはいたが、襲われるような気配がない。
目に大粒の涙を浮かべながら、きゃあきゃあユーリが叫ぶ度に、むしろ魔物達の方が苦しんでいるように見える。
なるほど。まだ少し魔力が暴走しているのか。
声を媒介に過剰回復の魔力を魔物に叩き込んでいるな。
あの様子じゃあ完全に無意識でやっているのだろうが、あの調子だと助けに行った瞬間に俺も過剰回復の餌食になるな…。
仕方ない。Ninjaムーブ続行だ。
手始めに木の枝から魔力剣を魔物の群れに叩き込む。
って、めちゃくちゃ楽だなオイ。
まともに10対1なんかやれば勝負にすらならないだろうが、過剰回復の状態異常を受けている今なら単なる10個の的だ。
状態異常って便利だな。今度絶対覚えよう。
ともあれ、自分を取り囲んでいた魔物が一瞬のうちに狩られた事で、ユーリは事態が飲み込めず惚けた顔で止まる。
俺はユーリの背後に飛び降り、彼女の口を手で塞ぎ羽交い締めにする。
「声を出すな。」
どう見ても人攫いです。本当にありがとうございました。