それでも、世界を救うから
駄文ですが、ほんっとーに駄々文ですが、初投稿です。どうぞ宜しくお願いいたします。
初めて会った時から、恋をしていた。彼を目にして、彼と言葉を交わした、その日から。
大きな大きな椛の下で見た夕焼けよりも、彼の顔が頭から離れないほどの
たとえそれが、報われないのだとわかっていても
自分の心に楔を打ち込んだ。
「恋を、したんだ。わたしは」
一目惚れなど、眉唾ものだと思っていた。その姿形だけで、恋になど落ちるものかと。そもそも、恋い焦がれること自体に疑問を持っていた。あんなものはただの発情だろう?それを恋情という言葉で包んであやしただけじゃないか、気持ち悪い
目の前でティーカップを優雅に傾ける友人に、そう吐き出せば返ってきたのは爆笑だ。
「あ、貴方、わたくしを笑い殺すつもりっ?ふ、ふふっ、そんな痛い思想を抱いている方、その歳ではいないのじゃなくて?」
「なっ、馬鹿にするな。私をいくつだと思っている。」
「ええ、知っていてよ。12でしょ、じゅう〜にぃ〜。痛々しいポエムを描くあの暗黒世代の」
「違うわっっっっ、16だっ!おまっ、ほんっ、いい加減にしろ、わらうなっ!」
「あはっはははははは、ふふっふっっふう、こ、言葉遣いが崩れていてよ、そんなに衝撃だったのぉ?自分がまだ思春期の海に漂っていたことぶふぉ」
それからも彼女は延々笑い続け、私を苛つかせた。いくらなんでも笑いすぎではないのかと。妙齢の貴族女性としてはしたないと感じないのかと。
だが、今になってわかる。彼女が大笑いした理由を。
「はぁ、あー、笑ったわ。素敵な笑いの提供、ありがとう存じます?ええ、びっくりよほんと。驚き驚き。」
「何がそんなに琴線に触れたのかは知らんが良かったなっ」
私がそう投げやりに返すと、彼女はまたも声をたてて笑う。
意味がわからないと、その時は本当に思っていたんだ。今では自分がどれほど痛かったのかがわかる。
「ええ、ほっんとーによかったわ。褒めてつかわしましょう。だってまさか、 あの魔族に一目置かれている血濡れの灰かぶり姫が、まだこっ恥ずかしい思考のなかに身を沈めているだなんて、思いもよらないじゃない?」
「っ、その名で呼ぶなっ!…そっちのが恥ずかしいじゃない。」
「ええ、どーぞー。貴方を戦場以外で撤退させられるわたくし、ほんとすごいわぁ」
「もう帰るからなっ」
私が顔を赤くしたのを見て、ああ、ニヤニヤが止まらないわー、と頬に手を当てて彼女は呟く。彼女がついでくれた紅茶ももう冷め切っていて、そこでお茶会はお開きとなった。
彼女は私の去り際に、やけに優しい声で言った。
「わたくしね、ちょっと嬉しかったのよ。貴方がまだ、普通でいてくれて。わたくし、貴方が遠くに行ってしまったて、思ってしまっていたの。だけど、よかったわ。貴方は、わたくしの一番のおともだちの貴方は、何にも変わっていなかったんだって。変よね、わたくし。弱気になってしまうなんて」
「それは…、はっ、そんな訳ないだろう。お前が言うには、私は12から全く変わっていないのだろう?未だに、ぐっ、思春期爆発中なのだろう。私が変わったと言うならば、お前がそんな戯言言った時点で灼きつくしている。お前も、私が変わったと思った時は、氷漬けにするといい。昔からの約束、だろ?なぁ、ヴィクトリア•ラ•マルコットホワイティ皇女殿下?」
「ふふっ、そう、だったわね。戦場で、血濡れの灰かぶり姫がどれほど魔族の首級を上げようとも、どれほど怖れられようとも、貴方には関係ないもの。貴方は、わたくしの唯一のおともだち。ただの、グレイエマ•アールホワイト公爵令嬢だものね。だったら、ちょっとくらい素を出してもいいのではなくて?親友さん。」
「む、んー…、はぁ、わかったわよ、ヴィ。じゃあ、待っていてね?わたしが死ぬ前に、わたしにおかえりを言う前に貴方が死んだら、わたし、許さないから。ヴィを殺した奴を殺してしまうから。だから、だからこそ、わたしが化物になってしまう前に、戦争を、…………おわらせて、ね?」
「もちのろんよ!レイ。わたくしを誰だと思っているの?マルコット皇国継承権第二位の皇女殿下よっ!貴方のチンケな願いなど、わたくしにとっては朝飯前なのよ、朝飯前。だから、安心して頂戴?わたくしが、このわたくしが死ぬ訳ないじゃない。ボロボロになって帰ってきた英雄に、ドヤ顔でお帰りなさいませをお見舞いしてあげるわ!」
「ああ、やくそく、だ。」
「ええ、やくそくよ?」
そう言って、華が咲いたように、ヴィは微笑んだ。涙なんて知らない振りをして、私を死地へと、送り出すために。
「いってらっしゃい、レイ。」
「行ってきます。ヴィ。」
さよならくらい、言ったらよかった。
「もちろん、それが彼女との最後の会話だよ。知っているだろう?お前は。簒奪の勇者 ザクロ•アカアケ。いや、異世界の住人、赤朱 石榴?」
毎日、嫌というほど相対したものな?毎日、死なないでと笑い合ったものな?
そしてわたしは、恋情をわざと零す。
何度も何度も死地をくぐり抜け、功績を挙げた私を、軍は離してはくれなかった。だからこその、最前線投入。魔族との戦いの第一線に、私は押し込まれた。だが、存外不幸でもなかったのだ。確かに、飯は不味いし、血腥い。毎日満足に眠ることもできないし、魔族を、いいや人を、殺し尽くさなければならない。
それでも、家族からの手紙は届くし、口煩い親友からの追加予算もあった。恥ずかしいことに私の二つ名も、仲間の士気を上げるのに役立っていたらしい。嬉しいことだ。それに、いつからか中立地帯で会う、少年に恋をしていた。なんとも血みどろの初恋だ、笑ってしまうとも。彼女と手紙で語らって、揶揄われた。
しかし、戦いが激化するにつれて、戦争の意味を失っていった。魔族は殺さなくてはならない、なんてことはなかったのだ。彼らも人で、私たちも人だった。だが、互いに相手のことを魔族という仮想敵に当て嵌めていた。それだけ。
そこからは、早かった。軍が、烏合の衆と成り果てるには。
維持してきた戦線は、あっという間に瓦解して。不本意ながら出戻ってきた皇女殿下のおわす城は、もうとっくに落ちていて。彼女はもう、諦め切った顔をしていて。でも、兜をしていた私を認識した彼女は、なんだか焦った顔をして魔族の制止を振り切った。そして、私に言葉を紡ぐ。その美しい相貌を涙でぐちゃぐちゃにして、馬鹿みたいにでかい声で。抵抗して抵抗して、
「レイ、おかえりなさい、お帰りなさいませ。わたくし、ちゃーんとやくそく、守ったわ?だからどうか、恨まないで、しあわsっっっ」
ゴロン、と
私の前で、その頸をはねられた。
吹き出た血飛沫が、なんだか現実感がない。彼女はさっきまで息をして、愚かにも敵の前で声を上げて。
殺されたのだ。
掠れた声に、続きなど与えず、無慈悲に彼女の首は転がった。彼女の宝石のようだった生気を失った翠の瞳が、何故だか私に冷静さを与えた。
私の前で、ヴィの亡骸を無造作に放り投げた魔族の勇者は、私を睨み付けた。そして、その薄い唇を開く。
「お前たち魔族に、どんな約束があるのかなんて興味もない。さっさとその口を閉じてくれない?同じ生き物だと言うことさえ、気持ち悪いんだ。殺しにくいだろう、言葉を発する害虫なんて」
私の初恋と、同じ顔をした男が、いた。
「ああ、情報は聞き出さなきゃいけないから、生かしとかなきゃいけなかったんだ。あー、クソっ、また一からやり直しだ。あ、おいお前らっ!そこにいる騎士ども全員捕虜にしとけ。主君失ったんだから抵抗しないだろう。あ、あとシンデレラのことを聞き出しておけ。あれはおれが殺す。」
今更、ヴィの最期の言葉の意味がわかった。しあわせに、だなんてどの口がいったのだろうか?ドヤ顔、しなかったくせに、英雄じゃなかったもの。戦争、止められなかったくせに。
約束、守ってないよ、ヴィ。
………うそつき
そうして、私たちは魔族と蔑んでいた国の、属国となった。
幸い、いつもとは違って鎧と兜をしていたせいで、殺されはしなかった。その代わり、私の影武者が身代わりになった。そして、私たちマルコット皇国の人間は、魔族と嘲られながら奴隷となった。
「あとはお前の知っている通りさ。私は奴隷で、お前は私の主人。嫌になっちゃうさ。ころすと誓った相手に仕えるのは。はははっ、でも、もう終わりだ。終わりにしよう?クロ。」
粗末な服、ボサボサの髪、ああ、まさに灰かぶりだよ。違うのは、腰に剣を下げて
恋をしていることだけだ。
それからの生活は、まさに地獄だった。番号で管理されて、名前を奪われた。与えられる仕事は最底辺。男は限界まで酷使され、使い捨てられる。女は兵士の相手をさせられ、使い捨てられる。どんどん仲間が居なくなって、どんどん心が擦り減った。日に日に摩耗してゆく彼女の最期の言葉が、私を縛りつける。
しあわせには、もうなれないのに、希望を捨てきれないわたしがいた。
でも、日に日に恐れを増幅させる彼の最後の言葉が、私を絶望へと突き落とす。
私がシンデレラだとバレたらどうしようって、わたしがシンデレラだと知ったら彼は、私を殺すのかって。
相反する思いを抱いたまま、奈落の底を彷徨えるほど、わたしは強くないのに。
いつもみたく、手を伸ばした。願いが叶わない時にだけする、悪い癖。いつのまにか痩せ細ってしまった腕を見て、苦笑が溢れた。
もう、終わりにしよう。明日、見張りの兵士を幾人か燃やして殺そう。血濡れの灰かぶり姫にご執心の彼だ。きっと来てくれるだろう。そうじゃないと、私は。そうして、この不毛な生に終止符を。
何もない部屋で真っ黒な心の矛盾に惑いながら、希望のない夢見事を描いて、眠る。
だってわたしは、化物だもの。
「そう、来てくれるって、信じていたのよ。クロ。」
灰が、降り積むっていた。やっと秋を迎えた世界を、擬似的な銀世界へと変えるくらいの灰が。
大きな大きな椛の周りを綺麗に避けてある、私が殺した兵士の骸だった物を、彼は弔うこともなく、踏み越えてきた。その黒い瞳に、瞋恚の炎を宿して。
「エマだったんだね、シンデレラは。」
苦しそうに、呟いて。
ああ、だからわたしは、あなたに恋をしたの。
「わたしはね、気づいた時にはすべて遅いの。親友の言葉にも、魔族の正体にも、クロの、願いにも。」
彼は静かに私を見つめる。あの時とは違う。甘さなんてひとかけらもない、殺し合いをする目。
「おれは、そんな無駄話を聞きにきたわけじゃないのだが、君の気が済むのなら、構わない。こんな大それたことをしておいて、死ぬ覚悟がないなんてこと、ないんだろ?それにおれは、シンデレラを殺せさえすればいい。君の無駄話くらい付き合ってやるよ。」
その、彼のあんまりな言い方に、思わず吹き出す。
「随分な自信ね、この血濡れの灰かぶり姫に勝てると思っているの?」
彼はため息をつきながら呆れ返った。
「お前、おれを馬鹿にしてる?あのね、抵抗する気のない人間くらいわかるから。」
「そ、じゃあお言葉に甘えるわ。わたしはね、自分を偽って生きてきたの。私は強い。一人で生きて行けるんだーって。今となったら馬鹿みたいに子供っぽいの。それでも、我武者羅に走ってみたら意外とおんなじ馬鹿はいて、ああ間違ってなかったんだって、安心したの。
わたし、あなたが好き。そうよ、グレイエマ•アールホワイトは、赤朱 石榴が好きなの。開き直れるくらいには、好きなの。恋をしたの。」
だから
「だから、あなたの願い、叶えようかしらーって。わたしの力全部、あなたにあげようって、思ったの。」
その言葉に、クロは目を見開いた。
「お前、いつからっ」
「わたしの親友を殺したあたりから、かしら?あなたは、わたしの力の大きさ…つまり魔力量で、やっと自分の元いた世界に帰れるのでしょう?そして、それを見越した召喚国側に、シンデレラを殺せと命じられた。そうすれば、元の世界に返してやる、と。」
合っているかと確認をすれば、小さく彼は首肯する。それを横目に、わたしは言葉を続けた。
「だから、あなたは私に固執した。私が戦場に立てば、他を投げ打って私を殺そうとするくらいには。でも、わたしが自分でその力を自ら差し出すなら、その必要は無い。そうでしょ?」
「ああ、そうだ。おれは別に帰れるのならば、お前の生死なんて別に興味はなかった。」
「ふー、そう言われると辛いものね。ま、別にいい。わたしの力、あげるわ。でも、わたしの願いを叶えて。」
彼は一瞬瞠目し、答えた。
「内容にもよるが、出来るだけ叶えよう。死ねとかは無理だが。」
「わたしも、連れていって欲しいの。あなたの元いた世界に。それだけでいい。たった、それだけで。」
夕暮れどきの風が、灰を飛ばす。世界は赤く秋色に染まっていたはずなのに、それだけで曇天模様。
「何故?」
「当然の疑問ね。わたし、親友に呪いをかけられたの。しあわせになれーって、生きてーって。でも、その前にも一つ、約束を互いにかけたの。彼女は一人だけその約束を完結させて、わたしを取り残した。わたし、そのせいで化物に、怪物になりたくないの。だから、どちらも満たせるこの願いなら、わたしは親友を無くした世界を、壊さないで済むもの。あなたがいなくなった世界に絶望しなくて済むもの。力を持っていなければ、化物にならずに済む世界なら、わたしは絶望しないわ。」
「お前、は、それでいいのか?親友の仇を、討たなくていいのか?」
「あら、討っているじゃない。それで。あなたは自分の好きな女を、自分の業を自らの世界にも持ち込まないといけないもの。立派な仇討ち、でしょ?」
私の自信満々な答えに、彼は笑い出した。
「は、はははっ、そう、だな。うん、そうだよな。あー、そっかぁー、おれ、好きな女に、恨まれながら、生きてゆくのか。でもさ、それって、ずーっとお前の心におれがいるってことだよな。それなら、いいや。エマ、一緒に行こう。一緒に、帰ろう。」
そう言って、手を差し出すクロに、目を細めてしまう。ああ、これがしあわせ、なんだよね?初恋、かなえたもの、ね。
洛陽の世界に、これ以上の破滅は、要らないもの。世界を終わらせる、化物と怪物は消えるから。どうか、安らかに眠っていって。あなたの願ったしあわせではなかったかもしれないけれど
それでも、世界は救うから
お読みくださり、誠にありがとうございましたっ!まじまんじにオリゴ糖です。