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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

戦魔

作者: Unaf

 巨大で力強そうな体躯を持つ巨人族。俊敏そうで、高い身体能力を持つ猫人族。六本の腕を持ち、武器の扱いに長けた多腕族。屈強そうな戦士たちが集まり、互いを値踏みしている。


 そんな静かに火花が散っている闘技場の大会受付窓口前広場にて、突然に常人なら卒倒するほどの殺気が渦巻いた。その殺意の対象は、鋭い目と、赤と黒が混ざったオールバックの髪が特徴的な人族の青年。彼は、強い敵意を意に介さず、闘技大会の受付を済ます。怒りのオーラが目に見える緊迫した空気は、彼が立ち去った後もしばらく続いた。


「なんだ、あいつは?」

「知らん。ただ、馬鹿だということだけは分かる」

「はっ、違いねえ」

「そういえば、人族の勇者がこの町に来ているらしいぞ」

「あいつなのか?」

「さすがに勇者があんな馬鹿なわけないだろ」


 人族は、その数の圧倒的な多さで、他種族を迫害していたことから、嫌われ者だ。そんな人族が多種族国家の首都で行われる闘技大会に出れば、どうなるかは容易に想像できる。大会は、あくまでも戦闘能力を競い合う場だが、相手を誤って殺してしまっても罪には問われない。そう、事故なら仕方がないで済まされてしまうのだ。










 闘技場で相対するは、ひょろりとした細長い体で、腕にヒレが付いている川人族の魔術師と、観客からも敵意を向けられている人族の青年。川人族の男は、殺意すら感じられる目つきで青年を睨んでいるが、青年は何も感じていないかのような目で見つめ返している。


「俺は人族に恨みがある。容赦なく叩きのめすが悪く思うなよ?」

「そうか」


 青年のそっけない返答が気に障ったのか、まだ試合が始まっていないというのに魔力を練り始める川人族。その様子をただじっと見ているだけの青年。


『第一回戦、三試合目。試合を始めます」


 ピ―――――――


 試合開始の笛が、明らかに水魔術師に有利なタイミングで鳴らされた。


「ウォーター・トルネード!」


 水流が渦巻き、凄い勢いで青年に迫る。


「ファイア・ウォール」


 燃え盛る火炎が水流の前に立ちふさがり、少しの間拮抗した。その直後、炎は水に飲まれ、それでもなお勢いが止まらない水流が、青年に襲い来る。だが、青年の表情は変わらない。


「ダーク・ゲート」


 漆黒が水流を飲み込み、消滅する。


「闇魔術……か? 人族はおぞましい魔術を使うんだな」


 会場から、音が消えた。闇魔術は、存在を消滅させたり、精神に干渉したりできることから、恐れられている。そんな魔術の使い手が表舞台に現れることなどまずない。会場が静まり返るのも当たり前だろう。


「フォールン・ウォーター!」


 額に冷や汗を垂らし、顔を青ざめさせている水魔術師は、それでもなお故郷を奪われ死んだ家族のために、牙を剥いた。人族を滅ぼさんとする激流が、青年に襲いかかる。


「ダーク・ツイン・ゲート」


 青年と水魔術師の頭上に、一瞬で大きな闇が形成される。


 自らが生み出した滝に呑まれた水魔術師。彼は、恐怖と驚愕が入り混じった表情のまま倒れ伏し、動かなくなった。すでに旅立った彼の、大きく見開いたその目から涙が一筋垂れる。さぞかし無念だったのだろう。


 再び静寂に包まれる会場。勝者をコールするはずだった司会も、その役目を忘れて呆けている。そんななか、青年だけが、試合が始まる前と変わらない様子で、その場を立ち去って行った。










「お前はこれ以上勝ち進むと、間違いなく殺されるだろう」


 観客席に届かない程度の声で、豹人族の剣士は語りかける。


「俺はお前を許せない。だが、殺しもしない。だからここで負けた方がいい」

「そうか」

「受け入れぬというのなら、力尽くで負かすだけだ」


 ピ―――――――


 開始と同時に大剣を振りかぶり、一息で距離を詰める剣士。その行く手を遮ったのは、いくつもの炎の壁だった。一つでは容易に攻略されるが、たくさんあればそれだけ抜けるには時間がかかる。


「またそれか? それは一試合目にもう見たぞ?」


 剣士は、鋭く息を吐くと、大剣を一振り。それだけで、炎は消え去ってしまった。そして、青年の頬から赤い液体がツーッと流れる。それでも、青年の表情には変化はない。


 剣士は、さきほどとは違い、居合の構えのまま突撃する。


「ダーク・ヴォール」


 漆黒の球が、剣士目掛けて飛んでいく。それを剣士は流れるように躱したかのように見えた。


 しかし、バランスを崩し、失速する剣士。そこを狙い撃つ、炎の球。かろうじて避けるが――。


「バカな!?」


 完全に態勢が崩れた剣士を上から襲ったのは、燃え盛る火の鳥だった。愛用の大剣と共に、深紅に包まれて崩れ落ちる。想像を絶する痛みを感じているはずだが、声を上げないのは、戦士の矜持だろう。


 勝者のコールは行われない。











 鋭い殺気を飛ばす鳥人族。彼もまた、人族に深い恨みを持つ一人だった。


「貴様個人に恨みはない。だが殺す。それは絶対だ」


 そういうと同時に飛び上がり、クナイを飛ばす。まだ開始の合図はなっていない。


「ダーク・ツイン・ゲート」


 クナイは闇に呑まれ、バードマンの後ろから前触れもなく現れた。それを予期していたかのように躱した彼は、意味ありげな笑みを浮かべる。


「ガ八ッ」


 青年の背中に、生えたクナイ。致命傷になるほど深くは刺さっていない。しかし、内臓を多少傷つけている様で、初めて青年の無表情が崩れた。


「自らの魔術を利用されるとは、魔術師失格なんじゃないか?」


 上空から浴びせられる言葉には、嘲笑と侮蔑が込められていた。


「ダーク・ボール」

「おっと、そんな雑な攻撃が俺に届くとでも?」


 あっさりと躱すバードマン。対して青年の足には、いつのまにかクナイが刺さっていた。


 戦闘経験の差は歴然だ。青年の力技は、このバードマンにはまるで通じない。


「そろそろだな」

「グゥ」


 膝をつく青年。とても顔色が悪い。


「そのクナイには毒が塗ってある。それを喰らった時点で貴様の負けは確定していた」

「ファイア・ピラー」


 突如現れた巨大な炎の柱は、翼の先をほんの少し焦がすだけに終わった。


「無駄だということが分からないのか?」


 青年は、炎の柱を乱立させるが、最初の不意を突かれた一度を除き、バードマンにはかすりもしない。それどころか、青年の体にはすでに二桁に達するほどのクナイが刺さっている。多量失血で死に至るのは時間の問題だろう。


「グゥァァァァァ」

「貴様、何を?」


 青年は、自らが生み出した激しい炎を浴びた。多少の炎耐性はあるのだろうが、狂気の沙汰だ。


「たとえ止血したとしても、この状況を打破する術は貴様にはない」


 さっさと死ねとばかりに、数本のナイフが青年の急所目掛けて飛んでいく。しかし、その攻撃が通ることはなかった。


「ダーク・ゲート」

「苦しまずに死ぬチャンスをやったというのに、馬鹿なやつだ。まあいい、俺の奥儀で仕留めてやる――スラッシュ・ストーム!」


 吹き荒れる強風に呑まれる青年。飛び散る真っ赤な鮮血が、どれほどの威力なのかを物語っていた。


「バースト・ファイア」


 青年を中心として膨れ上がった火炎は、斬撃の嵐を吹き飛ばした。


 青年は、ズタズタに引き裂かれ、自身の炎で焼かれながらもいまだに立っている。そして、満身創痍だというのに、不気味に笑っていた。


「何がおかしい?」

「なにも」

「なら、何故笑っている?」

「さあ?」

「まあいい、死ね――!?」


 再びクナイを放ろうとしたバードマンは、翼を痙攣させ、地に落ちていった。青年はそれを見て、つまらなそうに鼻を鳴らすと、ゆらゆらと左右にふらつきながらも自分の足で会場を出て行った。


 バードマンを殺したのは、自身で持ち歩いていた致死性の毒。それはガラス瓶に入っていた。それが、強い熱で中の空気が膨張し割れ、その破片で傷が生まれる。その傷に運悪く、毒が入ってしまったのだ。










 ピ―――――――


「人族ごときが決勝まで残って来るとは、いけませんねぇ」

「そうか」


 とうとう青年は決勝まで勝ち残ってしまった。会場は、人族が優勝するなど許しがたい。しかし、ここでなんやかんや文句をつけて青年を失格にするのは、たとえ相手が人族であっても戦闘民族の誇りにかけてやる訳にはいかない。


 会場にいる全ての者の希望は、白スーツを着た魔族の男に託された。


「私は人族に恨みなどないのですが、貴方ごときに優勝を譲る気もありません。見たところ、貴方、戦闘経験がまるでないようですね。なぜここまで残ってこれたのでしょう?」

「そうか」


 まるで会話が成立していない。青年は、不気味な笑みを浮かべているだけだ。


「まあいいです。戦ってみれば分かること。行きますよ?」

「そうか」


 頭部に生えた二本の角が、青白く発光し始める。


 バチバチッ


 断続的に流れる弱い電撃。それは観客席にまで届いていた。


「フライト・ツイン・ライトニング!」

「――!? ブラックウェーブ」


 二羽の眩い光を放つ鳥と、光を吸い込む暗い波動がぶつかり合う。僅かな拮抗の後、光にかき消される暗い波動。そして、青年は白い鳥に貫かれた。


「グギィィィ」

「倒れないのですか? 私の雷撃魔術はまともに喰らって動けるほど弱くはないと思っていたんですけどねぇ」


 煙が立ち上り、準決勝の時に受けた傷から、血が地面に垂れる。だというのに、またしても青年は目を見開き、狂気的な笑顔を見せていた。


「理解できませんねぇ、どうして笑っているのでしょう? 死ぬ直前だというのにおかしな事です。――ダンス・ボルトニング」


 荒れ狂う雷竜が渦を巻き、青年を襲う。


「ダーク・ヒート」


 暗炎の領域が広がり雷竜を食い止めるが、かなり押され気味だ。このままだと雷龍は暗炎を突破し、青年の心臓は止まることとなるだろう。


「プレバランス・シャドー」


 雷竜の前に立ちふさがる漆黒の影。光を吸い込む性質を持つそれは、雷竜の勢いを多少弱めた。しかし、依然として雷竜は猛威を振るい、暗炎は押し込まれていく。


「無駄な足掻きはやめたまえ。――リーンフォース・ボルテックス」

「ヒート・エクスプロージョン」


 輝きを増した白金の雷竜。青年をも巻き込む暗炎の大爆発。互いを喰らいあい肥大化していき、最後は雷火紛れる衝撃波となった。それは観客席までをも破壊し尽くし、有志が周りの者を守らなければ死人が出ていたことだろう。司会は誰も守ってくれず、白目をむいて倒れているが。


「ウケケケケケケケケッ!」


 奇怪な声の主は、青年。彼は、何もかもが変わっていた。


 サメのようなギザギザの歯に、爬虫類のような目玉。黒く変色した肌は、硬質化している。その姿はまるで悪魔のようだ。全身にどす黒い瘴気を纏いながら、白スーツの魔族を凝視していた。


「なるほど。それが貴方の本性ですか。まあ、殺すことには変わりはありません――シャイニング・ボルテックス」


 一筋の稲妻が、上空から青年に襲い掛かる。しかし、青年は何の反応も示さない。そのまま、雷撃が直撃するも、青年は不動を貫いた。


「クヒ クヒヒヒヒヒッ 良い、素晴らしい攻撃だ。これぞ戦い。お前ならば多少は渇きを満たせそうだぜぇ」


 人が変わったかのように、饒舌になった青年。いや、もう彼は人ではない。化け物と呼んだ方が正しいだろう。


「私の攻撃が、効いていない? いや、効いているはずだ。決定打になるほどのダメージではないということか」


 余裕のあった表情が消え失せ、冷や汗を垂らす魔族。化け物を倒す算段がつかない。しかし、誇りにかけて逃げるわけにもいかない。彼は、得体の知れないものへの恐怖と、打開策を見つけられないことへの焦りを感じ始めていた。


「死ねぇ! ダークネス・インフェルノ!!!」

「ライトニング・ガードボルト」


 さきほどとは桁違いの黒炎が、化け物から全周囲に発せられた。それは、観客のほとんどを焼き尽くし、なんとかガードした者たちをも死の間際に追いやる。


「ガッハ……」


 咄嗟に防御魔法を使った魔族だったが、標的にされた分、もちろん観客たちよりも襲い来る黒炎の威力は高い。白スーツは焼失し、全身に深い火傷を負ってしまう。それでも生きているのはさすがの実力だ。


「この程度かよ。期待して損したぜ」

「こんなところにいたのか」

「ッ!?」


 突如として、会場は白一色に染まる。そして、その閃光がだんだんと集まっていき、最後には聖なる光を放つ巨大な槍となった。


「ダークネス・コクーン!」

「死にな」


 正義執行の巨槍は、漆黒の繭など豆腐のように貫く。力の差は歴然だった。


「いつまで追ってきやがる、このクソ野郎が」

「邪悪を滅するのが勇者の使命だからな。てめえが死ぬまで追ってやるさ」


 なんとか耐えきった化け物だったが、纏っていた瘴気が薄れ、今にも天に昇りそうだ。突然現れた勇者と名乗るイケメンは、まだ生きているのかと言いたげな、面倒くさそうな表情で魔力を練り始める。必ず次で終わらせるという殺意を込めて。


「ふざけんな! 俺はまだ戦い足りねえんだ! こんな所で死んでたまるかよ!!!」


 そう言い放ち、化け物は逃走を試みる。しかし、それは瞬時に作られた金色の檻に阻まれ、失敗に終わった。


「なら俺と戦おうぜ?」


 そう言いながらも、繰り出すのは確実に滅ぼさんとする灼熱の太陽。巨大なそれが化け物を押しつぶし、塵すら残さず消し去る光景は、戦いとはほど遠い、絶対強者の殺戮でしかなかった。


「苦しまずに死ねただけありがたいと思え。戦魔は、全種族共通の敵なんだからな」











 人族の勇者が、多種族国家の危機を救った。


 そんな情報が出回った数年後、その多種族国家は、人族と他種族の架け橋となり、戦争のない世界平和への道のりを歩みだした。






 

 

 

 


 


 

 


 



 


 


 



 

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