覚醒
お母さんは私に言いました。
「もしも貴方が大人になって大切な人ができた時に本当のことを話しなさい。それまではこの秘密は絶対に話してはダメよ?」
優しい声だったのに、私を抱きしめる強さは痛いくらいだった。
私には生まれつき胸の上あたりに赤い刻印がされている。代々伝わる魔女の刻印。私の一族では刻印を持つものを0と呼ぶ。0と呼ばれるということは、一族には認められず蔑まれて生きていくことを意味する。決して1人として認められないから0なのだ。0にはそれぞれ特殊な力がある。目覚める時期にはそれぞれ個体差があって幼いころに覚醒すると、自らの力で消滅してしまうこともあるらしい。
私が覚醒したのは小学校1年生の時だったと思う。それまではみんなと同じように暮らしていた。刻印を見られないように過ごす以外は。幼心に見つかればなにかが壊れることを悟っていた。だから出来るだけ静かに暮らしていた。その日は学校終わりに、ジリジリと肌を照らす太陽を校庭で見上げていた。あの太陽はあんなに遠くにあるのになんでこんなに近くにいるように熱気を放つんだろう。そんなふうに思っていたときだった。
「セナちゃん、なにを見てるの??」
ニッコリと私に笑いかける女の子は同じクラスのマリアちゃんだった。綺麗な髪を一つに結んで、大きな目はいつもキラキラと光っていた。
「なんでこんなにあついんだろっておもって…」
私がモゾモゾとはなすとまたニッコリとわらって
「こんなにぽかぽかあったかいとうれしい!マリアはね、夏が大好きなんだぁ!」
と、私の手を握って嬉しそうにはなす。ぽかぽかという表現があの時の暑さに見合うものなのか私にはわからなかったが、マリアちゃんが手を握ってニッコリと笑ったことがなんだか嬉しかったのは覚えている。そのまま私たちは手を繋いで下校した。
「セナちゃん、私トイレにいきたくなっちゃった…公園によってもいい??」
私が頷くとマリアちゃんは私の手を引いて公園のトイレに向かった。夏のトイレはすごく嫌な匂いがする。二人で鼻を摘んで入っていく。マリアちゃんは1番手前の個室に入っていった。私はというと、どうしても鼻をつく匂いに耐えきれず、外へ出た。マリアちゃんはそれから10分経っても帰ってこなかった。私はマリアちゃんをトイレに迎えにいくことにした。
「ねぇ、マリアちゃんまだー?」
トイレを覗き込むと、体の大きな男とマリアちゃんがいた。マリアちゃんは大きな目から涙を流している。男に手で口を塞がれており、鼻血が男の手を流れていた。男はニヤリと笑って
「今楽しいことしてたんだよね」
とマリアちゃんの真っ赤に腫れ上がった頬に舌を這わせ、マリアちゃんのスカートへと手を伸ばす。
その時私の中の何かが動いた。この男を消さなきゃ。そうおもった瞬間に、男の足から炎があがった。男は叫びながらマリアちゃんをトイレの床に叩きつけた。みるみるうちに男が焼けていく。近くにいたマリアちゃんにもそのうち火が移る。
「あつい!やめて!!!!いやぁあ!!!!」
マリアちゃんが私に近づいてくる。近づく程燃えあがる。私に触れるころには真っ黒な灰になった。
それが私の覚醒だった。それからのことはあまりよく覚えていない。跡形もなくなったマリアちゃんは行方不明とされ忘れられていった。