台風王女再び
23
家に戻った俺達はグライドを納屋の横に降ろした。コンテナから降りたマリエちゃんは直ぐに卵の様子を見に行き、アーウラさんは眠そうに自分の部屋に戻っていった。
ギーベルグさん達は畑で農作業をしているらしく、家には居なかった。
ひとまず納屋に行き、卵の様子を見ることにした。
「孵化までにはまだ数時間かかると思われます」
超音波で卵の内部を確認したエリシエルが俺にそう告げてきた。
「私はここで卵が孵るのを待っています」
マリエちゃんは卵が孵るまで、ここで待っているようだ。
それじゃ俺はどうするかな、と思っていると何か外の様子が騒がしいのに気がついた。
外に出てみると強い風が吹き付け、白い機体が納屋の直ぐ横に降りてきた。これは、あの三人組の隊長の機人だな。
機人のハッチが開くと中から隊長が現れた。隊長はハッチからそのまま飛び降りると、華麗に着地を決めた。下が柔らかい地面だとは言え、3mはあるというのに飛び降りてよく平気だな。
隊長はにこやかに手を振りながらこちらに近づいてくる。
「隊長。どうしてこんなところに?」
「久しぶりだなケーチ君。ドラゴン戦以来かな?」
俺の問いには答えず、こちらに話しかけてくる。ニコニコと笑っているが、その笑いがどうにも固い。これは何かあるな、と思っていると。
「今日は高貴なお客様を連れている。くれぐれも無礼のないように」
隊長機は機体が大きいため、コクピットの後ろにもう一人乗れるだけのスペースがあるようだ。
「さあ、殿下。降りてきて下さい」
殿下?王族には知り合いはいないぞ。いや、一人だけいたな。
嫌な予感を覚え、機体のハッチを見上げる。
予想通り、現れたのはあのワガママ王女だった。
「ふ、ふん。私が直々に来てやったぞ」
ユリーシア王女はコクピットから出るとハッチの横でない胸を張り、仁王立ちになった。
うーむ。来てやったぞって、こっちは呼んでないぞ。何で来たのだか?
「ところで、ここからどうやって降りればいいのだ」
意外な高さにちょっとビクついた様に、王女が言う。
隊長のように飛び降りるわけにもいかず困っているようだ。無礼のない様に、とか言っておきながら隊長自身が全然気遣いがないな。
「あ、申し訳ありません。ハッチの横に降着用フックがあるので、それをお使いください」
王女は降着フックのスイッチを入れようとしているが、どうにも危なっかしい。そう思っていると案の定足を滑らせてハッチから転げ落ちる。
「やばっ」
俺は機体に走り寄り、落ちて来た王女を受け止めた。が、支えきれずに王女を抱きかかえたまま倒れて転がった。王女に怪我はないようだが、俺も王女も泥だらけである。
「は、離せ。この無礼者!」
と顔を赤くして王女が言う。助けてやったのにそれはないだろう。
それでも王女を下ろし、泥を軽く払いながら俺は言った。
「これは失礼いたしました。ユリーシア王女様。それで、このような汚い家にどの様な御用件でしょうか?」
とちょっと皮肉っぽく俺が言うと。
「あ〜、実はだな。あの後父上と爺に散々怒られて、お主にちゃんと謝ってこいと言われてなあ」
ほう、それでわざわざここまで来たのか。意外とキチンと教育しているな王様。
「あんまり五月蝿いので、ルクシールに頼んで城から逃げて来たのじゃ」
隊長の名前、ルクシールって言うのか。いや、それよりも城から逃げて来たって言ってるぞ。ダメじゃん。
「逃げるついでに、せっかくだからお主に謝っておくかな、と思ってここに来たのだ」
俺に謝るのはついでか。まあ、いいけど。
「殿下、取り敢えずその泥だらけのお召し物をなんとかしないと」
隊長ことルクシールさんが王女にそう言った。確かに王女の服も顔もドロドロになっている。
と言ってもここに王女様が着れる服なんてないし、どうするかなあ。
仕方ないので、ひとまずお風呂に入ってもらい泥を落としてもらおう。その間に服は洗濯して、乾くまではマリエちゃんの服でも着ていてもらうしかないな。
アーウラさんに頼んで風呂を沸かしてもらおう。
開拓村とは言え水は潤沢にある上、お湯は魔法で簡単に沸かせるので大抵の家にはお風呂がある。
俺は王女の服を洗う準備を始めた。なにせ豪華な服なので下手な洗い方をすれば型崩れしたり、縮んだりすかもしれない。ちょっと考えてナノマシンを洗剤がわりに使うことにした。贅沢な使い方だがこれなら失敗はないだろう。
水を張った桶に、王女の服とプログラミングし直したナノマシンを入れる。泥汚れがみるみる落ちて行くので、しばらくそのまま放置することにした。
「ぷぎゃ〜〜〜」
風呂場からカエルを踏みつぶしたかのような王女の悲鳴が響く。急いで風呂場に向かうと、脱衣所から王女がすっぽんぽんで飛び出して来た。
「カエルが、大きなカエルが〜」
本当にカエルをふんずけたらしい。田舎だとカエルがよく風呂場に入ってくるからなあ。
慌てていたせいか王女は、滑って大股を広げてひっくり返る。
「いたたた」
したたかに打ち付けた腰をさすっていた王女だが、すぐ前に俺がいるのに気がつくと
「うぎゃ〜、見たわね!見たわね!」と顔を真っ赤にして騒ぎ出す。
横を向いてバスタオルを王女に差し出す。
「大丈夫。そんなツルツルペッタンでちんちくりんの裸見ても何も感じないから」
「ううう、覚えてなさいよ」
そう言って王女は泣きながら走り去っていった。
「ちょっとあの言い方は酷すぎないですか。泣いてましたよ王女」とエリシエル。
流石に可哀想だったか。後で謝りに行こう。
ーーーーー
その後しばらくして、農作業を終えたギーベルグさん達が帰ってきた。
「ん、誰だね、その子は。マリエの友達かな?」
マリエちゃんの服を借りて着たユリーシア王女は、普通のそこいら辺にいる女の子にしか見えなかった。王女は俺の方を見て困った顔をしている。下手に王女だとか説明して騒がれると色々厄介そうなので、そのままマリエちゃんの友達だと言うことにしておく。
「それで今日の大会はどうだったのかね?」とギーベルグさんが聞いて来たので、大会の結果をかいつまんで説明した。その説明の中にはアーウラさんがはまってコクピットからでれなくなった話もあった。
「それで、ケーチったら酷いのよ。私のお尻を掴んで無理矢理に」とアーウラさんが言い出すと。
「な、なに、ケーチ君。君は嫁入り前の娘に何をしているんだ。これでアーウラに酷い評判がついたらどうしてくれるんだ」と怒り出した。
「それは、マリエちゃんが暴走して棄権せざるを得なかったので、代わりをアーウラさんがやるって言い出してコクピットに無理に入った所為で…」
そこまで話すと、それまで黙って聞いていたミシェールさんが急に話に割り込んできた。
「ケーチ君。マリエが暴走したって言うのは本当なの?」
「あ、はい、本当です。申し訳ありません。まさかあんな無理をするとは思ってなくて」
「…」
しばらく無言で考え込んでいたミシェールさんだが
「ケーチ君。アーウラのことは後で責任を取ってもらうとしても、悪いけどマリエはもうグライドには載せられないわ」
「え」
俺は少し驚いたが、考えてみれば当然のことである。マリエちゃんの命を危険にさらしたのだから、もうそんな危ないことをさせるわけにはいかないだろう。
「おかあちゃん、それは…」マリエちゃんが抗議しかけたが
「マリエ。あなたの性格からして、また何かあったら無理をして今回のようなことを繰り返すでしょう。そうなったらあなただけじゃなくて、周りの人にも迷惑をかけるのよ」
「…」
ミシェールさんの正論にマリエちゃんは一言も言い返すことができなかった。
俺も、今急にダメだと言われるとは思っていなかったが、今回のような事を繰り返さないためにマリエちゃんに降りてもらうのは仕方ないと思う。
しかしそうなると、今後のグライドのエネルギーをどうするか考え直さないといけない。
「ケーチ、ちょっと」ユリーシア王女が俺の袖を引っ張って呼びつける。
「何、あの機人ってあなたじゃなくて、あの子マリエが動かしてたの?」
「えーと、正確にはマリエちゃんがリアクターを動かして、俺が操作するって感じかな」
「そんな二人三脚みたいな真似をして、あの機体を動かしていたんだ。ふ〜ん」
ユリーシア王女は少し考えていたようだが、ニヤリと笑うと俺に向かって言った。
「ね、マリエの代わりに私があの機人に乗ってみようか」




