005
「お二人ともわたくしを疑ってらっしゃるの!?」
「疑ってる」
推しの西門に即答されて早くも心が折れそうな私。
「即答するなカズ。一応半々だよ。ただ、白鳥さんへの怨恨の線よりはこっちの方が可能性が高そうだからさ。ごめんね、白鳥さん」
ああ……眩暈がする……。善行を積んだつもりなのに……。
さっさと意識を手放したかったけれど、気を失うどころか貧血に見舞われたこともない私。空腹で倒れられたらいいのにな~。というか私お昼食べる時間あるのか!? これはさっさと説明して終わらせた方が良さそうだ。疑われているとはいえ、私にはちゃんとアリバイがある。仕方なくため息を吐いて、口を開いた。
「授業に遅れた理由ですが、制服が濡れてしまったので、替えの制服が自宅から届くのを待っていたのですわ」
「なんで濡れたんだ? プール開きにはまだ早いだろ」
「花野井さまが件の花瓶に水を入れようと思って歩いてらっしゃったところにぶつかってしまったんです。お互いに不慮の事故ですよ」
さり気なく、第三者によって起こされた偶然の産物感をアピールする。ぶつかった相手が助さん格さんならまだしも、透子ちゃんならこの二人も疑う余地はないだろう。
「不慮の事故……本当にそうかな?」
「そうに決まってるじゃありませんか。わたくしが花野井さまに水を入れるようお願いしたわけじゃあるまいし、花野井さまが水を入れたじょうろを持っていたことも、わたくしとぶつかったことも偶然。ならばわたくしがたまたま制服を待って授業に遅れたことも偶然の産物でございましょう?」
「ああ。だけど、透に水を淹れるように誘導することは出来るよね?」
「……どういうことですの?」
「おかしいと思わない? あの花瓶、今まで花が生けられていたこと、あった?」
「ああ…………」
花山院の試すような物言いで、私の中でも糸が繋がった。
――確かに、その手なら透子ちゃんを誘導することは簡単だ。
「……この学院の生徒は何処かのご令息・ご令嬢であることがほとんどですから自らそういった行動に出ることはありませんが、外部生であり、一般的な生活を送る花野井さまなら水の入れ替えといった思考に至るのも自然ですし…………確かに、花が生けてあれば特に何も言わなくとも誘導することは可能ですわね」
「ご明察。そうなると、白鳥さんのアリバイは偶然ではなく、作られたものになる」
「そもそも体育だったんだから着替えてさっさと行けばよかっただろ」
「セキュリティの問題で、白鳥家の荷物をはいどうぞと素直に守衛が受け取るとお思い?」
「だとしても、顔見知りの運転手からなら受け取ったんじゃない? わざわざ白鳥さんが待つ理由はないように思ったけど」
「結果、受け取るまでの待ち時間や、受け取ってから授業に向かうまでの時間、白鳥にはアリバイがない」
くうう……全部が全部秒で論破されていく……。
これは私が馬鹿過ぎるからじゃなく、お腹が空いて頭が回っていないからだと思いたい。
私は出来るだけ、何があっても焦っていると見られないように冷静な表情で臨んだ。ミステリーを読み漁った経験上、犯人は焦るか笑うかの二択。そうしたが最後、そのフラグを回収されて犯人にされてしまう。それだけは避けたい!
「百歩譲って、わたくしが花野井さまを陥れようと目論み、犯行のために花を生け、花瓶を割ったとしましょう。だとしたら、わたくしは先ほど菜々緒さん達を止めるよりも皆様の前で花野井さまを断罪したと思いますが」
「それがさすが白鳥さん、と僕らが思った所以なんだけどね」
「大っぴらには花野井が怪しいなんて一言も言わず、更には花野井にも疑ってるなんて一言も言わない。だけど、白鳥が個人的に話す、というだけで『花野井に温情を掛ける白鳥エリカ』の図が完成するんだよ」
「うそでしょ!?」
「え?」
素の物言いが出てしまって、慌てて咳払いをして誤魔化した。
けど……良かれと思ってやった事なのに、まさかそう見られる可能性があるなんて考えなかった……。あのままだと助さん格さんがそのまま断罪しちゃいそうだったし、私的には二人を諫めて、透子ちゃんにも疑ってない事を伝えればそれで十分だと思っていたんだけど……。
って事は、私が「犯人を捜すつもりがない」と言ったのもマイナスに働く。私が事の首謀者なら犯人なんて見つからない方が都合がいいし、その方が透子ちゃんを犯人と思わせたまま、その効果を周りの生徒に最大限に与える事が出来る上に自らが悪役になる要素は何一つない。
これを原作『わたとげ』の白鳥エリカが思いついていたら悪役として天才だと思うけど、私は本当にやってないんだよ~~~!?
「……別に、白鳥さんに犯人として名乗り出て欲しいわけじゃないんだ。君にも立場がある事を僕達は知っているしね」
「いや、あの、わたくし犯人じゃな……」
「何優しい事言ってんだよ平馬。このままだとこいつ、また同じ事繰り返すぞ」
「ちょっと、だから違」
「いや、透が犯人だと思われてるその誤解を解いて貰えればそれで十分でしょう。僕達がこの事実を知っている限り、透への悪事は働かないと思うし」
「……………」
―――――私はここで、悟ってしまった。
もうこの二人の中では、透子ちゃんが犯人じゃないのなら、白鳥エリカこそが犯人であるという構図が成り立ってしまっているということ。そしてこの構図は、きっとひっくり返ることはないだろう。
真犯人が、見つからない限り。
プツッ、と、頭の中で糸が切れる音がした。
「……いいですわ、分かりました」
「あ、分かってくれた?」
「お二人がわたくしの事を犯人だと思うなら! このわたくしが! 見つけて差し上げましょうこの事件の真犯人!!」
「えっ」
「―――この、白鳥エリカの名にかけてッッ!!!」
花山院と西門にブチ切れた瞬間、無情にも予鈴が鳴り、私は昼食を食べないまま午後の授業に臨む事となったので、何がなんでも真犯人を見つけてこの二人に正式な謝罪をさせてやると私は心に誓った―――。